2021年2月28日

培養チキンが800円で生産可能に 最先端「肉作り」のいま

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「培養チキンが800円で生産可能に 最先端『肉作り』のいま」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

培養肉に、3Dプリント肉
最先端の"肉作り"

本連載では昨年8月、「培養肉と3Dプリント肉 新時代の肉作り」で、アメリカ、ヨーロッパ、さらにはイスラエルで開発が進んでいる細胞培養技術や3Dバイオプリント技術を利用して生産される代替肉の動向をお伝えしました。

細胞培養技術で生産する培養肉については、昨年12月ついにシンガポールで販売が開始され各国で規制の運用に向けた検討も本格化しています

前回、世界各地の培養肉や「3Dプリント肉」の開発動向をお伝えしてから、はや半年。この間、世界の最先端"肉作り"事情は大きな進展を見せており、今回はそのアップデートということで、2021年の最新動向を取り上げてみたいと思います。

培養肉のリブアイステーキも
各地の最新動向

2021年、世界各地から多くの代替肉に関するニュースが飛び込んでくるなか、とりわけその動きが激しいのがイスラエルです。

イスラエルは、以前に「世界初!培養肉レストランがイスラエルにオープン!」で詳報したように、建国以来の地政学的リスク、あるいはユダヤ教の宗教理念を背景にして代替肉、とりわけ培養肉の研究開発が活発に行われています。

イスラエル政府も培養肉の産業育成に前向きで、昨年12月にはネタニヤフ首相自ら培養肉を試食「世界の代替肉および代替タンパク質の産業を、イスラエルが主導していく」と強い決意を述べました。

このとき、ネタニヤフ首相の試食用に供されたのは、同国の有力スタートアップのひとつであるAleph Farms(アレフ・ファームズ)社が開発している培養肉でした。このアレフ・ファームズは、培養牛肉ステーキの開発を目指して2016年に創業。そして、同社は今月、ついに世界初の「培養リブアイステーキ」を発表しました。

リブアイといえば、ステーキの本場・アメリカでは最もポピュラーな部位で、日本ではリブロースという名前で馴染みがあるかもしれません。アレフ・ファームズは生きている牛から採取した細胞を培養した上で、それらを3Dバイオプリンターで肉に成形し、牛肉の組成を完全に再現したリブアイステーキの生産に成功しています。

イスラエルの培養肉業界では他にも、飲食店などで培養肉を生産するための装置を開発するFuture Meat Technologies(フューチャー・ミート・テクノロジーズ)社が、培養鶏肉100gあたりの生産コストを7.5ドル(日本円にして約800円)にまで低廉化することに成功したと発表したことも大きな話題となりました。

オランダで世界初の培養肉が開発された当初、培養肉の価格は200gで3000万円とも言われ、その低廉化の実現は長年の課題でありました。フューチャー・ミート社は動物細胞と植物細胞をハイブリッド的に利用することによって培養肉を既存の畜肉と十分対抗可能な価格帯にまで押し下げることに成功。同社は現在、イスラエルと米国を含む、複数の政府と販売開始に向けた検討を行っているとされています。

ここで、イスラエル以外のメーカーの動向も見てみましょう。

スペインに拠点を置く培養肉メーカー・Novameat(ノヴァミート)社は、植物ベースの"足場"と呼ばれる土台を使って動物細胞を成形した培養肉の開発を進めています。同社はスペイン政府からの出資を受け、さらに地元バルセロナの星付きレストランの協力も得ながら商品開発を行なっています。

さらに、細胞培養や3Dプリントによる商品開発が進んでいるのは肉の分野にとどまりません。

オーストリアはウィーンに拠点を持つRevo Foods(レヴォ・フーズ)社は、エンドウ豆などの植物細胞を3Dバイオプリンターで成形したスモークサーモンを開発。3月6日にウィーン市内のレストランで初めての試食会を開催するとしています。

また、米国の培養シーフードメーカー・BlueNalu(ブルーナル)社は、カリフォルニア州サンディエゴに大規模な製造拠点を建設。今後6ヶ月から9ヶ月程度で細胞培養によって生産した魚介類の販売を開始する予定で、同社は政府当局からの販売認可も下りる見込みであると説明しています。

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ヘムの安全性問題
藻類で大きな進展か?

最後に、培養肉や3Dプリント肉の話題ではありませんが、代替肉業界で注目の話題をひとつご紹介したいと思います。

大豆などをベースとした植物性肉、いわゆるプラントベースの代替肉の大手メーカーのひとつに、米国に拠点を置くインポッシブル・フーズ社があります。同社は大手ハンバーガーチェーン・バーガーキングとコラボしたインポッシブル・ワッパーで、一躍その名を全米に知られることとなりました。

しかし、ライバルのビヨンド・ミートが世界各国に販売網を広げる一方、インポッシブル・フーズの商品は米国、カナダ、シンガポール、香港といった限られたマーケットでの販売にとどまっています

その原因となっているのが、インポッシブル・フーズが「肉感」を出すために使用しているヘムと呼ばれる物質の安全性への懸念です。

同社では大豆由来のタンパク質であるレグヘモグロビンを合成する遺伝子を酵母に注入し、この遺伝子改変された酵母を培養することでヘムを生産しています。しかし、レグヘモグロビンや遺伝子改変酵母については、EUなど各国政府からその安全性への懸念が指摘されており、EUや中国本土などではヘムを使ったインポッシブル・フーズの商品は販売できない状態が続いています。

また、米国でもヘムの安全性を疑問視する消費者団体が、インポッシブル・フーズによる食品へのヘムの添加を認めた政府当局の決定を不服として訴訟を提起しており、遺伝子改変酵母によって生産されたヘムをめぐっては各国で混乱が生じています。

そんななか、今年に入ってにわかに注目を集めているのが、シカゴに拠点を置くスタートアップ・Back of the Yards Algae Sciences社が開発中の「ヘム2.0」です。

同社は藻類のスピルリナを利用して着色料の研究開発を行なっていた際に、偶然、スピルリナからレグヘモグロビンを抽出することに成功。ヘム2.0はこのレグヘモグロビンを利用して開発されたもので、インポッシブル・フーズのヘムとは異なり、遺伝子改変などのプロセスを必要としません。

これまで安全性を疑問視されていたヘムに代わって、ヘム2.0の利用が拡大するのか、今後の動向が注目されます。

培養肉などの科学技術を活用した食品の生産は環境保護などの側面で有益な一方、いかにその安全性を確保するか、また消費者が受容できるのかどうか等をめぐっては、まだまだ議論の余地が大きい分野です。最新の動向を注視しながらも、社会への受け入れについては慎重に議論を進めることが求められます。

2021年225日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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