2020年12月17日

シンガポールで培養肉が発売 2021年の代替肉はどうなる

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「シンガポールで培養肉が発売 2021年の代替肉どうなる」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

プラントベースが成長した2020
来年は培養肉に?

2020年もいよいよ残り2週間となりました。2020年は世界的な新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け、世界の食事情にも大きな地殻変動が生じた一年となりました。本連載でも様々な世界の食の動向を取り上げてきましたが、やはり特筆すべきは代替肉市場の急速な成長でしょう。

春先には欧米各国では屠畜場をはじめとした食肉業界で相次いで感染拡大のクラスターが発生し、各国で食肉の供給不足が深刻になると同時に、食肉価格が高騰。それまで価格面がネックとなっていた代替肉に消費者の関心が集まった結果、コロナ禍のなかで欧米の代替肉市場は活況に沸きました。

しかし、ひと口に代替肉と言っても、その内容は実に様々です。

今年、世界的に急速に広がったのは、代替肉のなかでもプラントベースと呼ばれる、大豆やエンドウ豆などの植物性タンパク質を原材料としたもの。その一方、代替肉には培養肉と呼ばれるもう1つのジャンルが存在します。

培養肉とは、動物から採取した細胞を人工的に培養し、さらにそれらの細胞を組織化させることで生産される代替肉のこと。細胞培養に対する安全性の懸念もあって、プラントベースに比較して普及の面では遅れをとっています。

しかし、2020年にプラントベースがそうであったように、2021年は培養肉が一気に社会、そして我々の食卓へと広がる年となるかもしれません。そんな来年の培養肉事情を探る手がかりとなる報せが、この年末に東南アジアはシンガポールから届きました。

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シンガポールが販売承認
ついに培養肉の販売開始へ

培養肉は生産に高度な科学技術を要するのに加え、これまで我々が食べたことのない未知の食品であるため、販売するにあたっては一般に各国政府当局の販売認可が必要となります。先日、本連載でも取り上げたイスラエルのレストランでの培養肉の提供は、代金が不要のあくまで"提供"という形をとっており、販売のための認可を出している国はこれまで存在していませんでした。

しかし、今月、シンガポール政府がついに世界初の培養肉の販売を承認します。シンガポール食品庁は今月2日、米・Eat Just(イート・ジャスト)社が開発し、同国で販売認可を申請していた培養鶏肉「GOOD Meat」について、申請内容を承認すると発表。イート・ジャストはプラントベース卵液などを展開する代替食品スタートアップで、この認可により、同社は培養肉を販売することができる世界で初めての企業となりました。

GOOD Meatの販売認可について伝えるロイター通信

そして、それから約2週間後の今月15日、同社はシンガポール国内のレストランで、今月19日からGOOD Meatを使用したメニューの販売を開始すると発表。メニューの価格等の詳細は明らかとなっていませんが、同社はこのメニューについて、「世界最大の鶏肉生産国である中国、ブラジル、アメリカの三ヶ国の食文化のエッセンスをひと口ずつ楽しみながら、食のシステムの過去、現在、未来を体験する旅へと誘うものになる」とコメントしています。

さらに、GOOD Meatが提供される最初のディナーには「より良い地球のために行動を起こしている14歳から18歳の若者が参加する」とも発表されており、メニュー内容も含めて、土曜日にも開催されるとみられる"最初のディナー"の様子に注目が集まっています。

なお、今回、GOOD Meatとコラボをするのは、シンガポールに3年前にオープンした会員制ラウンジ「1880」内のレストラン。エグゼクティブシェフのコリン・バカン氏は、ロンドンの星付きレストラン出身で、最近はデイビッド・ベッカム夫妻のプライベートシェフを務めていた人物です。このラウンジは原則会員制であるものの、一般向けにもレストランを一部開放しており、培養鶏肉もこのレストラン内で提供されるものと見られています。

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培養肉は受け入れられるか?
2021年、培養肉の課題とは

イスラエルやシンガポールでいよいよ培養肉が一般消費者に提供されることとなり、きたる2021年は培養肉にとって飛躍の年となる可能性がある一方で、培養肉の普及のためにはハードルが多くあることも事実です。各国政府による販売のための審査はもちろんのこと、仮に販売が可能になったとしても、消費者がそれを受け入れるのかという点はまだまだ不透明です。

シンガポールでの培養肉の認可をめぐっても、こうした培養肉に対する意識の対立が浮き彫りとなった出来事がありました。フランスのジュリアン・ドノルマンディー農業・食料大臣は自身のツイッターに、シンガポールでの培養肉認可を伝える仏紙・ルモンドの記事を引用してコメントを投稿

これが、我々が子供たちのために望んでいる社会なのでしょうか?私はそうは思いません。はっきりさせておきますが、肉は生命からくるのであって、実験室からやってくるものではありません。
-ジュリアン・ドノルマンディー大臣のTwitterより

培養肉に不快感を示したこのツイートは波紋を呼びましたが、12月16日現在も削除はされていません。フランスは今年6月、ハンバーガーなどの肉類に関係する表記を代替肉商品について使用することを禁止する法律を施行しており、多くの畜産農家を抱える同国の農業事情がこうした代替肉への厳しい姿勢の背景にあるものと考えられます。

しかし、培養肉への抵抗感を示す声は一般消費者の間でも多く上がっています。

豪・シドニー大学とカーディン大学は今年、18歳から25歳までのいわゆるZ世代を対象に、培養肉に関する意識調査を実施。その結果、アンケートに回答したZ世代のうち41%が培養肉は環境問題などの社会課題の解決のために必要であると理解を示したものの、培養肉を受け入れるかについては、72%がまだ準備ができていないと回答しており、若い世代の間でも培養肉への心理的な抵抗が高いことが明らかとなりました。

2020年の年末にかけて、培養肉の実用化への機運は急速に高まりました。培養肉の技術的な側面も、今年一年で大きな進展を見せました。来たる2021年が培養肉にとってさらなる飛躍の年となるかどうかは、培養肉の必要性と安全性を消費者にどう拡げるかにかかっているといえるでしょう。本連載では2021年も引き続き、培養肉を含めたエシカルな代替肉の動向をお伝えしていきます。

2020年1216日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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