2021年2月 5日

首相自ら試食の国も 期待と不安が交錯する培養肉規制

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「首相自ら試食の国も 期待と不安が交錯する培養肉規制」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

2021年 培養肉をどう受け入れる?

本連載ではたびたび培養肉の話題を取り上げ、昨年末には、シンガポールイスラエルで一般消費者への提供や販売が始まったことなどもお伝えしてきました。

商業化に向けて技術的な課題はクリアされつつある培養肉ですが、今後は培養肉の必要性と安全性の双方に注意を払いながら、社会としてこの新たな技術をいかに受容するかの検討が課題となってきます。

シンガポールやイスラエルなどの一部の国では培養肉の社会的な受け入れに向けた準備が本格的に進められていますが、求められるのは、培養肉の可能性に期待を持ちつつ、安全性も同時に確保するための規制のあり方です。培養肉への期待と不安が入り混じるなか、米国やEUなど各国で培養肉の受け入れに向けた試行錯誤が始まっています。

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培養肉を成長産業に
シンガポール・イスラエル

世界各国のなかでも、とりわけ培養肉の可能性に注目し、積極的にこの先端技術を推進しているのがシンガポールです。

シンガポール食品安全当局・SFAは昨年12月2日、米・Eat Just(イート・ジャスト)が開発し、同国で販売認可を申請していた培養鶏肉「GOOD Meat」について、申請内容を承認すると発表。イート・ジャストはプラントベース卵液などを展開する代替食品スタートアップで、この認可により、同社は培養肉を販売することができる世界で初めての企業となりました。

イート・ジャストはこの販売承認の約2週間後、12月19日にはこのGOOD Meatをシンガポール国内の高級レストランで販売することを発表。レストランでは、中華風、南米風、アメリカ風にそれぞれ調理された培養鶏肉が、23シンガポールドル(約1800円)で提供されており、実際の提供の様子などは下記に引用したTwitter投稿をご覧ください(食べた感想は00:47~)。


こうしたシンガポールでの活発な動向の背景にあるのが、政府が推進する
「30x30」と呼ばれるプロジェクトの存在です。気候変動やコロナ禍によって食料安全保障環境が厳しさを増すなか、食料の約90%を輸入するシンガポールは、2030年までに食料自給率を30%へと引き上げることを目標に掲げており、食品関係の先端技術(フードテック)の産業育成に力を入れています。

培養肉についても、シンガポール政府は有力なフードテックと位置付け、早い段階で培養肉の販売承認に係る基準を公表するなど対応を進めてきました。

また、中東・イスラエルも、シンガポールと同様にフードテックの産業育成に積極的な姿勢を見せています。

本連載では以前にも取り上げたように、ユダヤ教の宗教観念や国が支援する幹細胞研究の素地を背景に、イスラエルでは多くのスタートアップが培養肉の研究開発を行っています。なかでも、培養牛肉ステーキの開発を目指すAleph Farms(アレフ・ファームズ)は今年に入り、日本市場進出に向けて三菱商事との提携を発表したことが話題となりました。

さらに、イスラエルのネタニヤフ首相は昨年12月、このアレフ・ファームズ社を訪問し、同社が開発する培養肉を実際に試食。イスラエル政府広報は、ネタニヤフ首相が「培養肉を口にした最初の国家首脳」になったと伝えました。

ネタニヤフ首相は試食後のコメントで、「世界の代替肉および代替タンパク質の産業をイスラエルが主導していく」と述べ、培養肉産業の育成に力を入れることを改めて強調しました。

イスラエルはシンガポール同様に、培養肉には販売前の承認が必要とされており、一部の培養肉企業はすでに当局との調整を開始しているとも伝えられています。アレフ・ファームズをはじめ多くのメーカーが今後、安全性審査等をクリアし、早ければ2021年中にも一般販売に乗り出すものと見られます。

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成長産業への期待と不安
難しいバランス探る各国

シンガポールやイスラエルなどが国をあげて培養肉の産業育成に取り組む一方、気になるのは米国、EUなどの状況です。

米国では2019年に、食品医薬品局(FDA)と農務省(USDA)が培養肉の安全性審査について共同で担当することで合意。昨年には培養肉の販売表記をめぐってパブリックコメントの募集が開始されるなど、培養肉の社会的な受容と規制に向けた体制の整備を進めています。

また、EUでも培養肉などの新規食品(ノーベル・フード)は食品安全当局のEFSAによる販売前の事前審査が必要で、培養肉の規制枠組み自体はシンガポールやイスラエルとそこまで差はありません。

しかし、シンガポールやイスラエルとは異なり、米国やEUは多くの人口を抱え、国内の社会規模もはるかに巨大です。したがって、培養肉の安全性は慎重に検討される必要があり、特にEUでは、EFSAによる審査に申請から3年は要するとも言われています。

慎重な培養肉の審査プロセスは安全性が保証される反面、培養肉メーカーにとっては負担が大きくなります。特にEUにおける認可プロセスは、培養肉メーカー各社が欧州市場を敬遠する要因になっているとも指摘されます。

政治ニュース専門メディア・ポリティコによると、シンガポールで販売認可を取得したイート・ジャストも当初は欧州での販売開始を計画していましたが、結果的に断念してシンガポールでの販売に踏み切った経緯があります。また、オランダに拠点を持つ有力メーカー・Mosa Meatも2022年中の販売開始を目指していますが、「最初の販売国は間違いなく欧州以外だ」という同社幹部のコメントが伝えられています。

培養肉はこれまで人間が経験したことのない人工的な細胞培養によって作られる食品です。将来の成長産業の可能性を期待しつつ、いかに安全性を確保するか。難しい判断を今後、日本を含めた各国は迫られることになるでしょう。

2021年21日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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