2021年3月10日

「肉税」に賛成?反対?欧州での議論を追う

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「『肉税』に賛成?反対?欧州での議論を追う」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

肉税はなぜ必要か?
過剰な畜産による多様なリスク

本連載では昨年11月、「『肉税』に未来はあるのか その背景と現実味を考える」と題した記事で、ヨーロッパを中心に検討されている肉類への特別な課税、通称「肉税」についてご紹介しました。

肉税は、タバコ税などと同様の、いわゆる「悪行税」(Sin tax)と呼ばれるもので、人間による温室効果ガス排出量の約15%を占めるとも言われる畜産業の環境負荷や、牛肉や豚肉の大量摂取による発ガン性リスクへの懸念を背景に、肉類の消費と生産を抑制するために近年導入の検討が進んでいます。

前回の記事でもお伝えしたように、2016年には英・オックスフォード大学の研究チームによって、効果的な肉税の税率試算も行われています。それによると、世界各国で平均して、牛肉で40%、ラム肉で15%、鶏肉で8.5%、豚肉で7%、鶏卵で5%、それぞれ価格が上昇するよう税率を設定すれば、全世界で年間10億トンの温室効果ガスが削減されると試算されています。

2018年度の日本の温室効果ガス排出量が12億トンですから、少なくとも試算の上では肉税の効果はかなり大きいと言えそうです。

また、前回の記事ではお伝えできなかったものの、環境負荷や発ガン性以外の観点から肉税の導入を主張する声も一部にはあります。

ロイター通信によると、昨年10月、EUの国際的な公衆衛生分野の研究者らは、工業的な集約型畜産業の現場が感染症の温床になっていることに加え、畜産の過剰供給が生物多様性を脅かし、気候変動の要因となっていること、そして気候変動によりダニ媒介性脳炎などの感染が拡大するリスクがあることを示し、感染症対策の一環として肉税を導入すべきとする提言を発表しました。

コロナ禍によって世界的に感染症への関心が高まったことで、畜産業の現場から感染症が流行する危険性についても昨今関心が高まっていますが、そのなかで肉税の必要性を訴える声も今後増えてくることでしょう。

しかし、前回の記事でも議論したように、肉類は重要な生活必需品であり、これに特別な課税をすれば、低所得者層ほど税の負担が大きくなってしまいます。

昨年発表された中国での研究結果によれば、家計の所得額と二酸化炭素の排出量は比例関係にあるとされており、環境問題対策のための負担が相対的に低所得者層ほど重くなることは不合理と言わざるを得ません。

すなわち、肉税は環境問題や公衆衛生の問題にとってポジティブな効果が期待される一方で、慎重に検討されるべき側面も多く持っています。そこで今回は、肉税をご紹介した前回記事の続きということで、実際に肉税が検討されている国の状況や、そうした国において消費者は肉税をどう捉えているのかについて、動向をお伝えします。

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肉税の検討進む
ドイツの動向

世界で最も肉税を具体的に検討している国のひとつがドイツです。

EU政策専門メディア ユーラクティブによると、ドイツでは2019年夏頃から環境保護政党「緑の党」によって、肉税の検討が提案されています。さらに、20201月にはドイツ北西部・ニーダーザクセン州の農業大臣も肉税の必要性に言及し、与党CDU所属の議員を含め、複数の連邦議会議員も肉税の導入に賛成していると伝えられています。

ドイツでは、VATと呼ばれる日本の消費税率にあたる税率が通常19%のところ、生活必需品の食料品に対しては軽減税率の7%が適用されています。2019年夏以来、緑の党などが主張しているのは、この7%の軽減税率の対象から肉類を除外することで、肉類に事実上特別な課税を行うというものです。

連邦環境庁の試算によると、この課税によって52億ユーロ(約6550億円)の税収が見込めるとされており、肉税推進派はこの税収を畜産業のアニマル・ウェルフェアの改善に向けた予算に充てることを主張しています。

このように肉税による税収をアニマル・ウェルフェアの対策予算に充当する場合、畜産業界に税収を還元することになるため、畜産業界からの肉税に対する反発はある程度抑えることができるかもしれません。

しかし、低所得者層ほど税負担が重くなる、いわゆる逆進性への対応という面では課題が大きいとも言えます。

前回の記事でもご紹介したように、食料品へ「悪行税」を課す場合には、課税と並行して、より"望ましい"食料品を低所得者層が購入しやすくなる対策を同時に講じる必要があるとされています。

例えば、メキシコで2014年から実施されたソーダ飲料への「ソーダ税」では、その税収が学校での水の無償提供のための予算に充てられました。その結果、貧困家庭を中心に安全な水を飲むことが容易になったことで、肥満の原因となるソーダ飲料の消費減につながったことが知られています。

すなわち、肉税を仮に導入するのであれば、"より望ましい食料品"である野菜類などを低所得者層が購入しやすくなるように対策をとることが必要と考えられますが、では、当の消費者は、肉税についてどのように考えているのでしょうか。

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50%以上が支持?
肉税を消費者はどう考えているか

大手代替肉メーカーのビヨンド・ミートなどプラントベース食品会社、保健機関、動物福祉および環境団体で構成され、EUにおける肉類や乳製品の消費抑制に向けた取り組みを行っている非営利団体TAPP Coalitionは、昨年10月、フランス・ドイツ・オランダの3カ国で計1558人を対象に肉税に関する意識調査を実施しました。

その結果、アンケートに回答した約1500人のうち、12%が肉税に反対した一方で、55%は肉税に賛成すると回答。また、肉税による税収の使途としては、「農業者による環境対策等への支援」が45%と最も多くの回答を集め、次いで「野菜類の税率(VAT)を限りなく0%に近づける」が41%の回答を集めました。

肉税による肉類価格の具体的な上げ幅については、ドイツにおいて53%の消費者が、100gあたり0.25ユーロ(日本円にして約30円)の課税を許容すると回答し、同様の回答がフランスでは39%、オランダでは32%の消費者から得られたとTAPP Coalitionは発表しています。

このアンケート結果について、TAPP Coalitionは「西ヨーロッパでは多くの消費者が、政治リーダーに肉税の導入を求めており、EU全体での肉税導入に向けた法規制の整備を期待したい」とコメントを発表。EUに対して肉税導入の検討を進めるよう働きかけを強めていくものと思われます。

その一方で、英大衆紙サンは、ジョンソン首相が肉税導入の可能性を否定したことを好意的に伝えるなど、ヨーロッパといえども、肉税が広く支持されているとは言い難い状況にあります。

ドイツをはじめヨーロッパ各国で今後議論が本格化することが予想される肉税。議論の行方に、今後も注目が集まることになりそうです。

2021年35日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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