2020年6月 2日

コロナがもたらす 植物性肉の時代

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか? 
一橋大学在学中で佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「コロナがもたらす プラントベースド(植物性)肉の時代」。この数年、日本でも大いに注目されている分野です。
もっと知りたい方は、ぜひリンク先(※英語)の記事をご覧ください。

メイン画像(rblfmr / shutterstock.com/ )

コロナ禍を追い風にする
プラントベースドミート

コロナ禍による食へのダメージばかりが報道されるなか、今このコロナ禍を追い風に世界で急成長を遂げている食の分野があります。

それは、プラントベースドミート。日本語に訳すと、植物性肉です。「プラントベース」「植物肉」「植物性代替肉」などとも表現されます。

植物性肉は、大豆やエンドウ豆を原料としたいわゆる代替肉と呼ばれるもの。アメリカを中心としてめざましいスピードで技術革新が進み、近年では本物の肉と遜色ない完成度を誇る商品も続々と登場。アメリカでは多くのスーパーで植物性肉のバーガーパテやソーセージが販売され、いま最もホットな食の分野と言っても良いでしょう。

そんな植物性肉、これまでは、おもに地球環境への配慮の側面から評価されてきました。人間活動によって排出される温室効果ガスのうち、約15%が家畜の飼育によって発生していると言われています。さらに、家畜を飼育するためには広大な土地が必要で、地球上で進む森林減少の大きな要因となっているという批判もあるのです。こうした背景から、欧米ではコロナ前から脱肉食の動きが徐々に広がりを見せていましたが、まだまだ一般的にはお肉を食べる方が普通。その状況が、今回のコロナを機にひっくり返るかもしれません。事実、植物性肉メーカーは記録的な売上増加を達成。消費者は確実に植物性肉を求めるようになっており、その背景にはコロナ禍による既存のサプライチェーンの崩壊があります。

なにがいま、人々を植物性肉へとかき立てるのか?そして、植物性肉は世界のスタンダードとなるのか?

今回は、コロナ禍で急速に変化する植物性肉を取り巻く環境にスポットライトを当てます。

ichimura_news2020060_02.jpg

コロナ以前から注目されていた
植物性肉の可能性

大豆やエンドウ豆を原料とした植物性肉の開発は、約10年前からアメリカで本格的に始まりました。この背景にあるのは、畜産業が地球環境に与えている深刻な影響。人間が大気中に排出する温室効果ガスのうち、およそ25%が食料生産に由来すると言われるなか、そのうち畜産業が占める割合は56%と極めて高く、大量の家畜を飼育する現代の畜産業が温室効果ガス排出による地球温暖化の大きな原因であるという批判は古くから存在していました。

また、温室効果ガスの排出だけでなく、もうひとつの大きな問題が、畜産業が必要とする広大な土地とそれに伴う森林減少です。家畜の飼育には多くの土地が必要で、エシカル情報誌「Ethical Consumer」によると、もし地球上の人類全員が動物性食品を口にしないヴィーガンになったとすると、農畜産業が利用する土地の面積は75%削減することができるとも言われています。

こうした地球環境への畜産業の影響を背景に、今から11年前の2009年、アメリカで2つの植物性肉ベンチャーが誕生します。それが、「Beyond Meat」(ビヨンド・ミート)と「Impossible Foods」(インポッシブル・フーズ)。どちらもいまや世界の植物性肉市場におけるトップランナーです。

Beyond Meat

http://www.beyondmeat.com

Impossible Foods
https://impossiblefoods.com

この両社はともに数年をかけた研究の末に、本物の肉とほとんど遜色ない見た目と風味を誇る植物性肉を開発。ビヨンド・ミートの商品は、高級スーパーマーケット「ホール・フーズ」をはじめ多くのスーパーで販売され、インポッシブル・フーズはハンバーガーチェーン「バーガー・キング」とコラボしたヴィーガンバーガー「Impossible Whopper」を全米で展開するなど、コロナ以前から植物性肉への注目度は着実に高まっていたのです。

コロナ以前から注目はされていた植物性肉。しかし、一般的にはまだまだ普通の食肉の方が圧倒的に人気で、植物性肉が普通の肉と肩を並べる存在になるまでは相当な時間がかかると見られていました。また、植物性肉においてネックとなっていたのは食肉に比べて割高な価格です。これまで、アメリカでの小売価格では、植物性肉は食肉に比べて1ポンドあたり3倍から4倍ほど高く、コストダウンが植物性肉メーカーの大きな課題となっていました。

しかし、コロナ禍を受けたいま、状況が一変しようとしています。

ichimura_news2020060_03.jpg

Sundry Photography / shutterstock.com

追い風となったコロナ禍
売上は前年比2.6倍に

代替肉メーカーの第1四半期 記録的な業績

https://www.ft.com/content/edf2db2f-bbcc-42f2-8aa4-233c0c46b4c6
(2020年5月13日 FINANCIAL TIMESより)

コロナ封鎖が植物性肉の売上に拍車をかける ロックダウン前と比べ264%増https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-05-15/americans-boost-plant-based-meat-purchases-264-during-lockdown?fbclid=IwAR08g_Y2_ukSfdBWow7fLWOTkD1AfRmJukybucqXameuqRKcDG16aDoGf5k (2020年5月25日 Bloombergより)

屠畜場での新型コロナウィルス感染拡大で食肉業界が大きなダメージを受けるなか、アメリカ国内の植物性肉市場は、4月中旬までの8週間で前年比265%という驚異的な売り上げを記録します。特に、ビヨンド・ミートは2020年第1四半期の売上高が前年比241%となり、2030年までに到達が予想されていた売上高1000億円の目標が今年中に達成される見込みとなるなど、植物性肉市場は活況に沸いています。

コロナ禍で人気を博すプラントベースドミート

https://www.nytimes.com/2020/05/22/dining/plant-based-meats-coronavirus.html

(2020年5月22日 The New York Timesより)

コロナ禍のなかで記録的な成長を遂げている植物性肉について、米紙ニューヨーク・タイムズは3つの要因から分析を試みています。

まず、屠畜場での新型コロナウィルス感染拡大によって露呈した、食肉業界の劣悪な労働環境問題に消費者の関心が高まったこと。以前のエシカルフードニュースでも詳報した通り、屠畜場で働く移民を中心とした従業員たちは低い賃金で長時間の労働を強いられており、それに起因する劣悪な生活環境が今回の感染拡大につながったと考えられています。こうしたニュースが報じられることで、食肉業界の在り方に「ノー」という意思を突きつけ肉離れをする消費者が増加していると推察されています。

また、2つ目の大きな要因は、食肉との価格面での対抗です。今年に入って以降、植物性肉メーカー各社は商品の低価格化を実現しつつありましたが、それ以上に供給の不安定化による食肉の価格高騰で、植物性肉商品が相対的に食肉と十分対抗可能な価格になってきたと考えられます。こうした食肉の価格高騰が、消費者の肉離れをさらに加速させていると記事では分析しています。

最後に、インターネット上でのオンラインショッピングの増加も植物性肉の活況の要因となっています。オンラインショッピングの利用が増えたことで、メーカー各社のネット広告が目に入る機会が増えたことも消費者がコロナを機に植物性肉に手を伸ばすきっかけとなっているのでしょう。

いずれの要因にせよ、現在販売されている植物性肉が本物の肉と比べて遜色ない出来栄えであることを踏まえると、植物性肉を食べるきっかけさえあれば、その消費は拡大していくものと考えられます。

世界への広がり
安全性に懸念も

ここまで、アメリカにおける植物性肉市場の広がりを見てきましたが、最後に、この植物性肉の世界への広がりについて、簡単にご紹介いたします。

まずは、世界最大の市場を持つ中国での動き。

スターバックス 中国でビヨンド・ミートの代替肉ランチメニュー提供へ

https://jp.reuters.com/article/starbucks-beyond-meat-china-idJPKBN2230IG

(2020年4月21日 ロイター通信より)

中国では、ビヨンド・ミートがスターバックスと提携して、植物性牛肉を使用したパスタやラザニアなどをランチメニューとして販売することが発表されました。また、インポッシブル・フーズも、香港やマカオで植物性肉を販売しており、中国では今後、植物性肉市場の拡大が見込まれています。

一方で、アメリカ発の植物性肉に慎重な構えを見せているのが、多くのビーガンを抱えるヨーロッパです。

インポッシブルフーズ プラントベースドバーガーをEUが審査へ
https://www.cnbc.com/2019/10/23/impossible-foods-seeks-european-approval-of-its-plant-based-burgers.html

(2019年10月23日 CNBCより)

インポッシブル・フーズは、昨年10月にEUへ販売許可を申請しましたが、現在ヨーロッパでの販売には至っていません。その背景にあるのが、インポッシブル・フーズが「肉感」を出すために使用しているヘムと呼ばれる物質の安全性への懸念。同社では、レグヘモグロビンという大豆由来のタンパク質を合成する遺伝子を酵母に注入し、この遺伝子改変された酵母を培養することでヘムを製造しており、レグヘモグロビンや遺伝子改変酵母の安全性への懸念から、厳しい食品安全規制を持つEUでは販売開始に至っていないと考えられます。

さて、日本での植物性肉の動向はどうでしょうか。

ビヨンド・ミート、インポッシブル・フーズの両社とも現時点では日本に進出しておらず、今後の展開が待たれますが、日本でも国内メーカーによる植物性肉は数多く販売されています。森永や日本ハムなど大手企業も参入しており、国内における市場拡大が期待されます。しかし、欧米に比べて日本は畜産由来の環境問題などへの認識は一般的に低く、植物性肉やビーガニズムが広がりにくい環境とも言われます。環境問題や社会問題への食からの貢献の意識が世界的に広がるなか、日本でも食を通じた社会への問題意識を高めることが必要とされているのではないでしょうか。

2020年6月1日執筆

※本サイトに掲載の文章の部分的な引用を希望される場合は、サイト名・記事タイトル・著者を明記の上でご利用ください。また引用の範囲を超える文章の転載・写真の二次利用については編集部の許諾が必要です。

プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
市村敏伸の記事一覧

最新記事

人気記事