2020年11月25日

世界初!培養肉レストランがイスラエルにオープン

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「世界初!培養肉レストランがイスラエルにオープン」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

培養鶏肉のチキンフィレフライを
バーガースタイルで

今月、世界で初めての培養肉を提供するレストランが、中東・イスラエルはテルアビブにオープンしました。培養肉とは、動物から採取した細胞を人工的に培養し、それらの細胞を組織化させることで生産される代替肉の一種。培養肉のこれまでの開発の経緯などは、本連載でも取り上げてきましたが、世界各地で研究開発が進んでいる培養肉の一般消費者への提供は過去に例がありません。

今回、そんな世界初の培養肉レストラン「The Chicken」を立ち上げたのは、テルアビブに拠点を置く培養肉スタートアップであるSuperMeat(スーパーミート)社。同社は自社工場に併設したレストラン「The Chicken」において、培養鶏肉を使用したハンバーガーの提供を行っています。同レストランのメニューリストによると、培養鶏肉を使用したメニューは2種あり、どちらもフライされたクリスピーな"培養チキンフィレ肉"をサンドしたハンバーガーとのこと。

なお、現在、この培養鶏肉を使用した商品は代金不要で、実際にレストランで商品を注文した顧客はフィードバックを行うことが求められるとされており、同社としては実際の顧客からの感想・意見などをもとに量産体制に向けた体制を整えるものと見られます。

実は世界一のヴィーガン率
イスラエルの食文化とは

今回、世界初の培養肉レストランがオープンしたイスラエルですが、実は、動物性食品を一切摂取しないヴィーガンの割合は世界一とも言われ、"ヴィーガンの首都"とも称されています。

米国のユダヤ系メディア・フォーワードによると、イスラエルの人口に占めるヴィーガンの割合は5.2%。英国などの欧米各国が1%2%といわれていることと比較すると、非常に高い割合ということが分かります。世界的な大手ピザチェーンであるドミノ・ピザは、2013年に牛乳不使用チーズの"ヴィーガン・ピザ"を発売しましたが、その最初の販売国も実はイスラエルだったのです。

こうしたヴィーガン文化の浸透なども相まって、現在、イスラエルでは培養肉の研究開発が盛んに行われています。今回の培養肉レストランの開業は、そんなイスラエルの培養肉開発の先進性を象徴するものと言えるでしょう。まさに"培養肉の先進国"とも言えるイスラエルですが、それほどまでに培養肉の研究開発が進む背景には、一体どのような事情があるのでしょうか?

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アニマルウェルフェアの先駆者
ユダヤ教の肉事情

言うまでもなく、イスラエルはユダヤ教信者が国民の多数を占める国家であり、ユダヤ教の独特の食に関する観念こそが、イスラエルの食事情を紐解くカギとなります。ユダヤ教の聖典では、イスラム教などと同様に「食べても良い清浄な食品」について規定が設けられており、ユダヤ教ではこれをコーシャと呼びます。

このコーシャの規定は非常に厳格で、動物性食品については「分かれた蹄ひづめを持つ反芻動物」(牛、羊など)および特定の鳥類(鶏、アヒルなど)由来のもののみが認められ、豚由来の食品は食べることができません。また、牛や鶏などであっても、食べることができるのは健康な個体に限られており、専門の資格を持つ者(ショケット)によって家畜の苦痛に配慮した特別な屠殺方法(シェヒター)で屠殺されたのち、病気などの健康上の問題がないか個体が検査されます。

こうしたユダヤ教の家畜に対する考え方は、現代でいうアニマル・ウェルフェア(動物福祉)の理念に非常に近く、近年ではユダヤ教の取り組みをアニマル・ウェルフェアの先進事例として見直す動きも出ています。培養肉はこうした観点から、コーシャ規定との親和性が高い、つまり「清浄な食品」であるとされています。

培養肉はコーシャであると語るユダヤ教の宗教指導者

一方、イスラエルの1人あたり牛肉消費量はOECD加盟国の中で4番目に多く、生体の牛などの多くをオーストラリアなどから輸入しています。したがって、諸外国で慣行とされている家畜の集約的な飼育方法や、飼育の効率性を高めるための除角の方法などへの関心は高く、エシカル(倫理的)な観点からヴィーガンを選択する人々が多いとも言われます。

したがって、畜産が抱える問題への解決策であり、かつ肉食自体もこれまで通り続けるためのアプローチとして、培養肉を含めた代替肉に大きな期待が寄せられていると考えられます。

建国以来の高い起業家精神
新時代 "肉づくり"の原動力に

ユダヤ教の動物福祉を重視する価値観に加え、イスラエルを"培養肉の先進国"たらしめているのが、"中東のシリコンバレー"とも呼ばれる科学立国としての姿です。イスラエルは、四国ほどの狭い面積の国土に、900万人ほどの人々が暮らす国で、資源に恵まれている訳でもありません。また、建国以来、周辺地域との緊張関係が続いていることでも知られます。

こうした環境において、経済発展と充実した国防体制を実現するため、イスラエルでは科学技術政策が重視されてきた歴史があり、高い起業家精神を持つ人材が多いこともこの国の特徴です。この高い起業家精神が養われる背景には、政情が不安定で、かつ移民が多いために、リスクを恐れない挑戦思考の国民性が培われてきたことが指摘されます

なかでも、イスラエルが特に得意とするのが、幹細胞研究などの再生医療分野であり、培養肉の研究開発にはこの幹細胞研究の成果が応用されています。

現在、イスラエルには複数の培養肉スタートアップが存在していますが、各社の商品領域は実に多様です。すでにご紹介したスーパーミート社が培養鶏肉の研究開発を進める一方、培養牛肉ステーキの開発を目指しているのが、2016年に創業したAleph Farms(アレフ・ファームズ)社です。同社は今年中に試作段階を終了する予定で、2021年の工場稼働を目指しています。また、ハンバーガーパテ・タイプの培養肉の研究開発も進んでおり、BioFood Systems(バイオフード・システムズ)社は今年中にバーガーパテやミートボールタイプの研究開発を終え、製造段階に移行するための準備を始めるとされています。

一方、培養肉そのものではなく、培養肉を生産するシステムを販売しようとする動きもあります。ヘブライ大学の研究者らが立ち上げたFuture Meat Technologies(フューチャー・ミート・テクノロジーズ)社は、飲食店などで培養肉を生産するためのバイオリアクターと動物細胞の販売を目指しており、この製造システムを利用すれば2週間ほどで"自家製培養肉"が完成すると同社は説明しています。

こうした培養肉分野のスタートアップの他にも、植物細胞をベースとした3Dバイオプリント・ステーキの生産で知られるRedefine Meat(リディファイン・ミート)社などもイスラエルに拠点を構えており、宗教なども含めたイスラエル独自の土壌が育てた代替肉文化が世界の研究開発を牽引しています。中東発の最先端培養肉が世界へ羽ばたくのか。今後もイスラエルの"肉事情"に、世界の注目が集まることになるでしょう。

2020年1124日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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