2021年2月20日

アメリカ、表示規制をめぐる代替肉・乳業界の混乱

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「アメリカ、表示規制をめぐる代替肉・乳業界の混乱」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

畜産業界 vs 代替食品業界
表示をめぐる混乱の行方は

大豆やエンドウ豆を原料とした代替肉や、アーモンドやオーツ麦を原料とした代替乳製品の存在感が世界的に大きくなりつつあります。

なかでもアメリカは、代替肉のパイオニアであるビヨンド・ミートやインポッシブル・フーズの商品が多くのスーパーで販売され、植物性ミルクに至っては市販乳市場のおよそ15%を占めるほどです。

そんな代替肉、代替乳の市場先進国であるアメリカでは、代替食品の業界でいま大きな混乱が起きています。それは、代替肉や代替乳製品の表示をめぐる問題です。

本連載では以前にもこの問題を取り上げたことがありますが、簡単に言えば、問題となるのは、「プラントベース(植物性肉)が、本来は動物性食品であるはずの『バーガー』を名乗って良いのか?」ということです。

一見すると細かい言葉の問題に見えるかもしれません。しかし、代替肉の台頭が激しくなるなか、既存の畜産業界は代替肉に「バーガー」などの表記を使わせないよう、議会や行政機関への活発なロビー活動を展開しています。

畜産業界側の言い分としては「消費者の混同防止が必要である」とされていますが、当然、代替肉メーカーなどはこれに納得していません。代替食品業界はこうした規制を、"solution in search of a problem"(解決できる問題を探している状態)だと批判して激しく反発しており、米国の代替肉・代替乳業界の混乱は深刻になっています。

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各地で相次ぐ訴訟
表示規制は違憲?

米国では各州が独自の州法を議会で制定していますが、畜産業界からのロビー活動を受けて、一部の州では「バーガー」や「バター」などの肉類・乳製品に関連する表記の使用を、代替肉・代替乳に認めない州法が成立しています。

先ほども触れたように、こうした州法などによる規制に代替食品業界は強く反発しており、一部の州ではこうした表示規制が合衆国憲法で保証される表現の自由を侵害しているとして、訴訟に発展するケースも増えています。

例えば、2019年、米国南部のルイジアナ州は、代替肉製品が「バーガー」や「ソーセージ」などの表記を使用した場合、1日あたり最大500ドル(約5万3千円)の罰金を課す州法を施行。これに対して、植物性代替肉を販売するTofurky社らは、州法が違憲であるとして、昨年10月に訴訟を提起しています。

このルイジアナ州の事案は裁判所の判断が現時点で示されていないものの、気になるのは、裁判所がこうした規制を本当に違憲として判断するかどうかです。

もちろん、この問いへの答えはケースごとに異なってきますが、以前に本連載でも取り上げたカリフォルニア州での同様の訴訟事例や、アーカンソー州オクラホマ州などの先行する事例を分析すると、法的にどこからが違憲なのかという、ある種の判断ラインが見えてきます。

先行事例のうち、カリフォルニア州とアーカンソー州で問題となった規制は、「ヴィーガン」や「プラントベース」(植物性)などが併記されているかに関わらず、一律に「バーガー」や「バター」などの表記を禁止するものでした。州側の言い分としては、「消費者の混同を防ぐ」というのが目的だったわけですが、これにはどちらの州の訴訟でも、裁判所が「根拠がなく、説得力に欠ける」と一蹴する形になりました。

しかし、オクラホマ州で問題となった州法は性質が前者2州とは異なっています。ここでは商品パッケージのなかで、動物由来の食品ではない旨をブランド名と同じ大きさで示すことを条件に「バーガー」などの表記の使用が認められていました。したがって、裁判でも表現の自由を侵害しているとまでは言えないとして、一審では原告である代替肉メーカーが敗訴しています(なお、現在は控訴中)。

つまり、一律に「バーガー」などの表記を禁止せずに、プラントベースであることを併記することを求める規制については、現時点では法的に問題なしと判断される可能性が高いと言えるでしょう。その意味では、先のルイジアナ州の州法は一律の表記禁止を含むものであるため、裁判では厳しい判示が下されるのではないかと予想されます。

巨大市場でも規制に向けた動き
日本でも議論を

一部の州で代替肉の表示規制について訴訟が起こされる事態となるなか、同様の趣旨で新たに州法を制定しようとする動きは続々と現れてきています。

南部テキサス州では昨年11月に代替肉の表示を規制する法案が議会に提出され、ニューヨーク州議会でも現在、「チーズ」「アイスクリーム」などの表記を動物性食品に限定して認める法案の審議が行われています

テキサス州とニューヨーク州はともに米国内の50の州のなかでも人口が2番目と3番目に多く、食品メーカーにとっては重要な市場です。仮にこれらの州法が成立すれば、メーカー側は商品パッケージの変更などに多大なコストを負担することになるでしょう。したがって、この両州での規制をめぐってはこれまで以上に激しい攻防戦が繰り広げられることも予想されます。

代替食品の表示をめぐって混乱がつづく米国の情勢ですが、これは日本にとっても他人事ではありません。米国同様に代替肉や代替乳製品が浸透しつつあるヨーロッパでも、代替食品の表示については規制のあり方が大きな問題となっており、この問題が米国固有のものでないことは明らかです。

したがって、日本でも代替肉などが市場で広がりを見せつつある今、米国などの動向を見ながら、こうした混乱が起きないよう事前の議論を進めていくことが必要となるでしょう。

2021年218日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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