2020年8月18日

培養肉と3Dプリント肉 新時代の肉作り

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「新時代の肉作りの現在位置」。これまで本連載で注目してきた植物性肉に加え、いま世界で注目を集めているのが細胞培養や3Dプリントなどの先端技術を駆使した肉作りです。
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培養肉に3Dプリント肉
最先端の肉作りとは

本連載ではこれまでプラントベースドと称される植物性肉の動向を数多くお伝えしてきました。2011年に米国でビヨンド・ミートとインポッシブル・フーズという2つの植物性肉ベンチャーが起こって以来、アメリカを中心に植物性肉市場は拡大を続け、その勢いはコロナ禍を経てますます大きなものとなっています。畜産の環境に与える影響の懸念などを背景にした従来の畜肉の代替は今後も進展が予想されますが、10年単位の将来をみると植物性肉を凌ぐ割合で畜肉を代替していくと考えられているのが、欧米では「Cultured Meat」(カルチャード・ミート)と呼ばれる、いわゆる培養肉の存在です。

培養肉は、動物から採取した細胞を人工的に培養し、さらにそれらの細胞を組織化させることで生産される代替肉の一種。一般的な肉類とは異なり細菌汚染のリスクが低く、また自然環境への負荷が少ないことから、こうした培養肉は「Clean Meat」(クリーン・ミート)とも称されます。米・大手コンサルティングファームのATカーニー社が2019年にまとめた報告書によると、2030年には肉類全体の市場のうち植物性肉が18%、培養肉が10%を占めるまでに成長し、2040年になるとこの割合がそれぞれ25%35%にまで拡大。すなわち、あと20年後には人類全体の肉類の消費のうち約3割が培養肉になると予測されています。

こうした培養肉の開発は目下、アメリカやヨーロッパ、さらにイスラエルなどを中心に進展しており、日本においても複数のスタートアップが培養肉の開発に取り組んでいます。また、昨今、細胞培養と並んで新たな肉類の生産手法として注目を集めているのが、3Dバイオプリントの技術を用いた"肉作り"です。近年、医療分野では3Dプリンターを使った生体組織の造形を目指す動きが加速しており、ここで開発が進む技術が肉作りにも転用されることで、3Dバイオプリントで生産された肉類の開発が急速に進んでいます。

細胞培養に、3Dプリント。これまで想像できなかった肉作りのあり方が、いま現実のものとなりつつあります。世界では細胞培養や3Dバイオプリントによる肉類の開発がどこまで進んでいるのか。今回はそんな最先端の肉作り事情に注目します。

培養肉の研究開発
世界ではどこまできている?

培養肉をスーパーで手に取る日は近いのか?
2020年217Forbes

培養肉開発の萌芽は2000年代初頭に遡ります。テクノロジー分野の研究者であったアメリカ人のジェイソン・マティーニ氏が2004年に培養肉の普及開発のためのNPO「New Harvest」を設立。この団体は大学などで培養肉の研究を行う研究者に資金提供を行う組織として、現在に至るまで培養肉分野において重要な役割を果たしています。そして、2013年にはオランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト教授が世界初の「培養ビーフパティ」を発表。世界に衝撃が走ります。

この世界初の培養ビーフパティ、価格は200g3000万円とも言われ、これほどまでに高価になる原因のひとつが、細胞を培養する際に使用する培養液の原材料のコスト。培養液には成長を促進するためにウシの胎児血清が必要とされるなど、従来の培養液の調達には非常に高い費用が必要とされ、商業化のためにはこの培養液のコスト削減が大きな課題となります。

マーク・ポスト教授はその後、培養肉の商業化を目指しスタートアップ・Mosa Meat(モサ・ミート)を設立。同社はウシの胎児血清を用いることなく培養肉を開発することに成功し、現在本格的な商業生産のための準備を進めています。日本を含め、世界では現在数多くのスタートアップが培養肉の商業化に向けた研究開発を行っていますが、そのなかでもモサ・ミートと並んで注目を集めている企業のひとつが、米・カリフォルニアに拠点を持つMemphis Meats社(メンフィス・ミーツ)です。
メンフィス・ミーツは現在、ビル・ゲイツやリチャード・ブランソンなどの著名事業家や食肉世界最大手・タイソン社などからの出資を受けて、細胞培養による牛肉、鶏肉およびアヒル肉の商業生産を行うための試験設備の稼働を計画中で、2021年中の商業生産と販売の開始を目標としています。

培養肉の商業生産に向けては、現在イスラエルなどでも複数の有力なスタートアップが欧米の食肉メーカーなどとのパートナーシップのもと研究開発を進めており、我々がスーパーマーケットなどの店頭で培養肉を手に取ることができる日もすぐそこまできているのかもしれません。

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一部ではすでに販売開始も
3Dプリント肉」とは何か

細胞培養による肉作りと共に、現在注目を集めているのが3Dバイオプリントの技術を用いた肉作りです。3Dバイオプリントは、細胞を積み重ねて臓器などの立体構造を再現する技術で、近年では再生医療目的で生体組織の再現を目指して世界中で開発が進められています。この3Dバイオプリントの技術で牛肉などの肉類を再現しようとする動きが、世界的に盛り上がりを見せつつあります。肉類は生体組織と同様、複数種類の細胞からなる組織ではありますが、生体に移植することがないため生体組織に比べると技術的ハードルが低く、医療目的の3Dバイオプリントの技術革新が進むなか、すでに高い再現度を誇る肉作りに成功する企業も現れています。

「肉の再定義」を社名に掲げ、イスラエルに拠点を置くスタートアップ・Redefine Meat(リディファイン・ミート)は、植物由来の細胞から3Dバイオプリントを用いて生産した「Alt-Steak」を開発。さらにAlt-Steakは今年中にハイエンドな高級レストランでの試供を開始する見込みで、同社のベン・シトリットCEOはレストランでの提供を開始する理由について、「料理人こそがこの調理の革命の牽引役になると我々は確信しており、料理人と組むことによって我々は商品を改善させ、より適切でより魅力的なものにすることができる」とコメント。新たな食文化である代替肉の普及にあたり優秀な料理人と連携することの重要性を強調します。

同社では2021年の本格的な商品の市場投入を前に、3Dバイオプリンターの製造体制などを強化する方針で、レストランでの試供を通じて得られたフィードバックをもとに今後さらなる商品の改善を進めるものと見られます。一方、3Dバイオプリンターで生産された肉について、一般消費者向けに販売を開始する動きもすでに現れています。

世界最大のフライドチキンレストランチェーン・KFCは「Meat of the Future」と名付けられたプロジェクトにおいて、ロシアのバイオベンチャーと共同で動物細胞をベースに3Dバイオプリントの技術でチキンナゲットの質感や風味を再現し、今年秋にはロシア国内でのテスト販売を開始すると発表。今回発表されたチキンナゲットは、リディファイン・ミートとは異なり動物細胞をベースとしているため、ヴィーガン対応商品とはならない見込みですが、ファストフード業界で従来の畜肉の消費を減らす動きが次々に現れているなか、今回のKFCの動向にも注目が集まります。

新時代の肉類の台頭
課題と展望は

培養肉や3Dプリント肉など、従来とは全く異なる方法で生産された肉類が食卓に並ぶ日も近いと言われるなか、今後の普及において大きな課題となるのが一般消費者にこうした新たな代替肉が受容され得るかという点です。欧州で実施された調査によると、環境への影響を考慮して畜肉の消費を減らしている消費者であっても、培養肉などには抵抗が強いとされており、ロシアにおいて3Dプリントしたチキンナゲットを販売するKFCに対して、消費者がどういった反応を示すのか注目されます。

一方、培養肉などの急速な成長を受けて、一般的な販売に向けての法制度を進める動きもあります。米国では食品医薬品当局と農務省が共同で、培養肉食品のラベリング規制についてパブリックコメントの募集を開始。代替肉をめぐっては、一般消費者に畜肉との混同を生じさせないラベリング規制が必要で、この点についてフランスでは代替肉を使用した食品で「パティ」や「ソーセージ」などの肉類を想起させる名称を使用することを規制。これに対し、代替肉メーカーなどから反発の声が上がっており、米国での議論の動向にも注目が集まります。

日本国内に目を転じると、日本でも複数のスタートアップが培養肉開発に取り組んでおり、世界的には数年以内の培養肉や3Dプリント肉の一般発売が現実のものとなり得る状況のなか、いまだ国内では代替肉に関する議論が十分とは言えないのが現状です。欧米など代替肉分野で先行する各国では、畜産業や食文化のあり方をめぐって大きな論争となるケースも見受けられ、今後の食肉のあり方をめぐっては各国の食文化を踏まえた慎重な議論や法制度の検討が必要とされます。世界的に肉食革命とも言える、食肉を取り巻く状況の変化が加速するなか、日本はこうした動きへいかに対応していくのか、十分な議論と慎重な判断が求められます。

2020年817日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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