2020年8月12日

肉食革命を牽引するファストフードのいま

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「肉食革命を牽引するファストフードのいま」。本連載では肉食文化の急速な情勢の変化には度々触れてきましたが、そのなかで大きな役割を果たしているのがファストフード業界の存在です。ファストフード業界ではいま、どのような変化が起きているのでしょうか。そしてそこから見える未来とはどのようなものでしょうか。
ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

肉食革命の進展
牽引するファストフード

昨今、環境問題への関心の高まりなどを背景に世界中で急速に進んでいる「肉離れ」の現象と代替肉の普及。本連載ではこれまでも、この「肉食革命」ともいえる世界的な潮流に注目し、様々な視点から動向をお伝えしてきました。

まずは、家畜の飼育が環境に与える影響という観点。これには家畜そのものから排出されるメタンガスなどの問題に加えて、家畜飼料である大豆の栽培を目的としたブラジル・アマゾンの貴重な熱帯雨林の伐採が指摘されています。家畜飼料をブラジルからの輸入大豆に大きく依存するEUは特にこの問題への関心を強めており、昆虫飼料の活用を進めるなどしてSoy-Less化、すなわち大豆依存からの脱却を推進。今後は世界的にもこの傾向が拡大することが予想されます。

こうした環境問題に与える畜産の負の影響についての認識の広がりは、各国政府の政策レベルでも影響を与え始めています。EU5月末に発表した新食料政策「ファーム・トゥ・フォーク・ストラテジー」で鶏肉などを除く大型動物の肉類の摂取を控えるよう呼びかけ、ニュージーランドでは中学校カリキュラムで肉類や牛乳などの畜産物の消費を控え、週に数日は肉類を摂取しない「ミートレス」の日を設けることを推奨するなど、各国で肉類の消費を抑制させる取り組みが広がりつつあります。

環境問題の観点に加えて、今年に入ってのコロナ禍が代替肉の普及にとって追い風となりました。世界各国で新型コロナウィルスの感染拡大による屠畜場の閉鎖が相次いだことで肉類の価格が上昇。高騰した肉類に代わって代替肉への需要が急速に高まりました。一方で、感染拡大の背景にある屠畜場での労働者の人権問題や、大規模な工業的畜産が感染症の温床となっていることへの注目が集まっていることも肉類の消費を減退させるひとつの要因となっています。

様々な要因を背景に進展する肉食革命。この動きを牽引し、特に代替肉の普及においてカギとなっているのが、グローバルなファストフードチェーンの役割。すなわち、世界各地に展開するファストフード各社が代替肉の提供を進めており、欧米を中心に肉食革命を牽引する一翼を担っています。では、ファストフードチェーンの現在の動向、そして今後の展望はどのようなものなのでしょうか。

ichimura_news20200811_02.jpg

世界各地で相次ぐ
プラントベースド商品の台頭

世界各国で台頭しているファストフードチェーンの代替肉商品。特に成長著しいのは、大豆やエンドウ豆などの植物由来の代替肉、いわゆるプラントベースドと呼ばれる分野です。ファストフードにおけるプラントベースド商品として成功をおさめた先駆けとも言えるのが、大手ハンバーガーチェーン・バーガーキングが米国で販売している「Impossible Whopper」。バーガーキングと植物性肉ベンチャーのインポッシブル・フーズがコラボし、大豆ベースながらバーガーパティを見事に再現したこの商品以降、ファストフード業界ではプラントベースド商品が次々に登場しています。

マクドナルド カナダでのプラントベースドバーガーの試験販売拡大へ
2020年1月8日 ロイター通信

バーガーキングに遅れをとる形でプラントベースドへ参入したのが、世界最大のハンバーガーチェーン・マクドナルドです。マクドナルドは、エンドウ豆を使用したビーフパティの開発で知られるビヨンド・ミート社と提携し、カナダ国内の一部店舗でプラントベースドバーガー「PLTバーガー」の試験販売を実施。しかし、試食した専門家などからは先行するバーガーキングのImpossible Whopperに比べ、パティの風味が不十分であることやソースの多用が指摘されており、先日同社はPLTバーガーの試験販売の中止を発表。ビヨンド・ミートとの提携は解消しない方針で、今後の改めてプラントベースド分野に参入するものと見られます。
バーガーキングがプラントベースド分野の地位を確立しつつあるバーガー業界の一方、新たな展開を見せているのがフライドチキン業界です。

KFC プラントベースドのフライドチキンを発売開始
2020716 CNN

大手フライドチキンレストラン・KFCは、今年夏から米国・カリフォルニア州で、ビヨンド・ミートと提携したプラントベースドのフライドチキンの発売を開始。また、同社はカナダでも地元の植物性肉メーカーと提携したプラントベースド商品の発売をスタートさせており、いよいよ本格的にプラントベースド市場への参入を開始します。

バーガーパティやフライドチキンなどに使用する肉類をプラントベースドに代替する動きが加速する一方、代替肉を使うのではなく、環境に配慮した「エシカルな畜産」によって生産された肉類を原材料として使用することで、持続可能な肉食のあり方を模索する動きも一部では現れています。

ichimura_news20200811_03.jpg

プラントベースドのその先へ
肉食革命の現実的な方向性は

ナンドス 新たな「チキン・ウェルフェア」計画を発表
2020年7月28日 INDEPENDENT

南アフリカ発祥で、イギリスを中心に世界35ヵ国でグリルチキンを提供するレストランチェーン・ナンドス(Nando's)は、同社が調達する鶏肉について、過度な成長促進を行わない鶏にとって健全な飼育方法を採用することでCO2排出量の削減を目指すと発表。この「チキン・ウェルフェア」への取り組みと並行して、同社は昆虫や植物プランクトンの飼料研究を進める方針で、イギリス及びアイルランドでの事業を統括するコリン・ヒル氏は「この取り組みが業界における力強い先例となり、本質的な変化のきっかけとなる」と意気込みを語ります。

肉類をプラントベースドへと切り替える動きについては、畜産農家を中心に各国の農業団体などから批判が相次いでおり、畜産業と持続可能性の共存をいかにして実現するかが課題です。大手ファストフードチェーンがプラントベースド商品の充実へと動き出しているなか、「エシカルな畜産」を促進するナンドスの取り組みは、畜産業とのバランスを図る現実路線の好例と言えるでしょう。

また、北米でプラントベースド商品を拡大させているKFCも、ロシアでは新たな商品を開発すると発表。動物細胞をベースに3Dバイオプリントの技術でつくる「3Dプリントナゲット」です。

KFC 世界初の3Dプリントチキンナゲットを開発
2020721 INDEPENDENT

「Meat of the Future」と名付けられたこのプロジェクトでは、KFCがロシアのバイオベンチャーと共同で、動物細胞をベースに3Dバイオプリンティングの技術でチキンナゲットを生産。肉の質感や風味を3Dプリントで再現することで従来と変わらないチキンナゲットの生産を目指しており、今年秋のロシア国内でのテスト販売を目指します。
このナゲットは動物細胞をベースにしていることからプラントベースドではなく、ヴィーガン対応でもありません。しかし、わずかな動物細胞から大量の商品を生産できるようになれば、大規模な肉類消費に対する代替策のひとつとなるでしょう。この技術は「培養肉」と呼ばれ、屠殺を減らすことつながるうえ、炭素排出量も大幅に削減できるという発想から近年注目が集まっている分野。この培養肉分野の動向は本連載のなかで改めて取り上げます。

これまでのファストフード業界におけるプラントベースドの台頭は、畜産業における様々な問題点を社会に広く認識させる観点から大きな役割を果たし、事実、肉類の消費に対する考え方には大きな変化が生まれつつあります。しかし、それは同時に畜産農家を中心とした反対勢力からの批判をうむ結果となり、畜産業と持続可能性のバランスのあり方が次なる課題として顕在化しています。こうしたなかで、エシカルな畜産、すなわちアニマル・ウェルフェアの重視やフードテクノロジーの活用は、中道的であると同時に現実的な方針といえ、ナンドスやKFCの動きに今後注目が集まります。

肉食革命に大きな影響力を持つファストフード業界におけるプラントベースドの次となる潮流はどこに向くのか。そのヒントになる動きが徐々に現れています。

2020年810日執筆

※本サイトに掲載の文章の部分的な引用を希望される場合は、サイト名・記事タイトル・著者を明記の上でご利用ください。また引用の範囲を超える文章の転載・写真の二次利用については編集部の許諾が必要です。

プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
市村敏伸の記事一覧

最新記事

人気記事