2020年7月23日

Soy-Lessに向かう世界

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「Soy-Lessに向かう世界」。大豆は日本だけでなく、世界中で重要なタンパク源としてその役割を果たしてきましたが、その大豆の存在を見直そうとする動きが近年、欧米で盛んになっています。
ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

世界はますますSoy-Less

長らく肉食が一般的ではなかった日本人にとって、大豆は最も馴染み深いタンパク源のひとつ。そして、これは日本に限ったことではなく、ある時は食料としてある時は家畜の飼料として、世界中で重要なタンパク源として重宝されています。しかし、いま世界では、大豆に依存する現代の食のあり方を見直そうとする動きが活発になっています。

大豆の使用をこれまでより減らしていこうとするSoy-Lessとも言うべきこの風潮は、これまでも欧米を中心に一部では存在していたものの、今年になって本格的に食の世界のメインストリームとなりつつあります。この背景のひとつは、長年指摘され続けてきた大豆栽培と森林破壊の関係性。そして、ここ最近の大豆にまつわる関心としてクローズアップされているのが、代替肉をはじめとした植物性食品(プラントベースド)の普及の上での大豆代替の必要性です。さらに今年に入り、コロナ禍をきっかけとして大豆依存脱却が叫ばれるようになったことで、Soy-Lessに向かう世界の流れはますます加速しています。

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輸入大豆からの脱却へ
ヨーロッパのSoy-Less事情

ヨーロッパでは大豆が重要な家畜飼料として利用されていますが、その大半を日本同様にアメリカやブラジルからの輸入に依存しています。そのヨーロッパがいま、世界のSoy-Lessムーブメントの中心にあり、背景にあるのはヨーロッパで極めて関心の高い気候変動の問題と大豆栽培の関係性です。

ブラジルからEUへの輸出品 違法開拓で栽培か
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ヨーロッパにとって、そして日本にとっても、大豆の主要な輸入相手国であるブラジルでは、長年にわたって大豆栽培によるアマゾンの熱帯雨林破壊が世界から問題視されてきました。そうした批判を受けて、ブラジル国内の多くの大豆農家では近年森林環境に配慮した農業が行われるようになっていると評価されてきましたが、昨年就任したボルソナーロ大統領のもとで改善の機運が逆行していると指摘されます。ボルソナーロ大統領は、アマゾンの環境問題は「国内問題だ」として各国からの環境保護要請に強く反発しており、開発優先政策を掲げていることで知られる存在です。

先週結果が公表された大規模な国際調査は、ブラジルからEUへと輸出される大豆のうち、少なくとも約20%が違法に森林を開拓した土地で生産されていると指摘。ブラジルではすでに森林環境保護のための規約も整備されており、大きな問題は政治家による森林保護に向けたリーダーシップの欠如にあると調査は批判します。日本にとってもブラジルは大豆輸入の約20%を占める輸入相手国であり、こうした大豆による環境問題と無関係ではありません。

ヨーロッパではこうした問題を受け、ブラジルなどからの大豆輸入を削減し家畜飼料を大豆以外のタンパク源に切り替えるための動きが活発になっています。本連載の前回記事でもお伝えした昆虫をはじめ、様々な代替タンパク源の研究が進んでおり、先日発表されたEUの新食料政策「ファーム・トゥ・フォーク戦略」でも輸入大豆に頼らず、飼料の自給を目指すことが明確に宣言されました。

また、昨今のコロナ禍も、ヨーロッパの大豆脱却を少なからず推進している要因です。コロナ禍で食料のサプライチェーンの問題性が浮き彫りとなったことで、食料安全保障上、食料生産の基盤になる家畜飼料などを輸入に依存することのリスクへの関心が高まり、タンパク源の自給がより重要な課題となっています。

世界一の大豆生産国
アメリカのSoy-Less事情

大豆を輸入するヨーロッパに対して、世界一の大豆生産国であるアメリカでSoy-Lessが進む理由はどこにあるのでしょう?そのヒントが、アメリカ最大のオーガニック食品スーパー「ホール・フーズ」が昨年末に発表した『2020年食の10大トレンド』にあります。


ホール・フーズ 2020年食の10大トレンド


この10大トレンドのひとつが「Plant Based, Beyond Soy」。つまり、大豆の次の植物性食品ということ。代替肉をはじめとしたプラントベースドの分野でアメリカは世界の最先端を行っていますが、豆腐などこれまで主流だった大豆由来のプラントベースドから、エンドウマメなどの他の植物由来のプラントベースドが主流となるだろうと予測を発表しました。

この背景のひとつにあるのが、ヴィーガンやヴェジタリアン以外にもプラントベースドが広がるなかで、大豆アレルギーを持つ層への対応が求められることがあります。アメリカでは8大アレルゲンに牛乳などと並んで大豆が含まれるほど大豆アレルギーを抱える人の数が多く、対応が重要な課題となっているのです。また、アメリカでは大豆の遺伝子組み換えに批判的な声も根強く、遺伝子組み換えへの懸念もSoy-Lessの要因と考えられます。

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今後大豆は一体どうなる?
日本がとるべき方針は

ヨーロッパやアメリカで活発になるSoy-Lessの動き、今後の見通しはどうでしょうか?

プラントベースドの原材料としてのSoy-Lessに注目すると、昨年末のホール・フーズによる予測が現実のものとなりつつあります。コロナ禍を受けたいま、アメリカを中心に植物性肉の市場は拡大の一途を辿っていますが、このなかで特にめざましい成長を遂げているのが、大豆を使わずエンドウ豆を原料とするビヨンド・ミートです。同社は先月、初のヨーロッパでの製造拠点をオランダに開設し、ヨーロッパでの本格的な事業拡大に着手。その一方で、ライバルと言われるインポッシブル・フーズは、原材料の大豆の遺伝子組み換えが障壁となりヨーロッパでの販売には至っておらず、大豆を使用しないビヨンド社がコロナ禍の植物性肉ブームでは一歩リードしていると言えるでしょう。

しかし、家畜飼料の分野ではまだまだ大豆の存在感は大きく、森林環境に配慮して生産された大豆に対する認証制度等を利用しながら、森林環境と大豆の栽培を両立させていくことが求められます。この観点から、EUや日本などの大豆輸入国が果たし得る役割として注目されるのが貿易協定による各国への働きかけです。

EUの貿易協定こそが森林破壊を食い止める
2020710 EURACTIV

EU政策に特化したWebメディア・ユーラクティブは社説で、世界各地の森林破壊を食い止めるためにはEUが各国との貿易協定で「アメとムチ」を使い分けることが重要と主張。森林伐採によって生産された大豆などの商品をボイコットすることは問題の解決にはつながらず、重要なのはいかに相手国に対して森林環境に配慮した農業へのインセンティブを与えるかだと論を展開します。そのためには、環境破壊につながる商品に対してはノーを突きつけつつも、環境基準を遵守した商品については積極的に受け入れるというアメとムチによる働きかけが必要とされます。

こと、大豆と環境問題については日本も無関係ではいられません。そして、コロナ禍を受けたいま、飼料の安全保障の観点からも大豆との関係性を見つめ直す必要があるでしょう。そのとき、EUはじめ世界で進むSoy-Lessの動向はきっとヒントになるはずです。

2020年720日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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