2020年6月 9日

EU発、未来のフードシステム その全貌

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか?
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「EU発 未来のフードシステム その全貌」。EUでこのほど発表された食の新たな政策、そこから見える未来の食のあり方についてのニュースまとめです。もっと知りたい方は、ぜひ記事タイトルをクリックして、リンク先(※英語)の記事をご覧ください。

将来の世界標準になるか
EU
発のフードシステム

世界で最も先進的な食への取り組みを行う国はいったいどこか。本連載でもたびたび取り上げてきたイギリスはもちろんその1つですが、政策レベルでの取り組みという観点では、EU(欧州連合)に並ぶ国はありません。いまや世界的に常識となっている環境保全型農業も、もとはと言えばEU発祥。EUは常に食や農業の分野で世界を牽引し続けてきた存在であります。

そのEUが先月末、食に関する新たな政策目標「Farm to Fork Strategy」(ファーム・トゥ・フォーク・ストラテジー)を発表しました。

「Farm to Fork Strategy」(ファーム・トゥ・フォーク・ストラテジー)
欧州委員会による公式サイト

Farm to Forkとは、農場(Farm)から、食卓で食べ物を口にする(Fork)までを意味し、食べ物の生産から流通・販売に至るまで、食に関わるあらゆる分野で目標を設定、フードシステム全体の改革を目指すものです。

ここで重要なのは、今回EUが目指すフードシステムのコンセプトである「a fair, healthy and environmentally-friendly food system」というもの。訳すならば、「公正で健康的な環境に配慮したフードシステム」とでも言えましょうか。
食の世界でもSDGsやエシカルな消費の重要性が言われて久しいですが、今回のEUの新たな政策は、まさにEUのフードシステムを持続可能にする、実に野心的でEUらしい先進的な目標・取り組みを数々取り入れています。

EUの世界最先端とも言える食への取り組みは、決して日本にとっても他人事ではありません。EUでの先進的な取り組みは、世界的に食の持続可能性が求められるなか、将来的なスタンダードとなり日本の食の在り方にも大きな影響を与えるでしょう。つまり、EUがいま目指しているフードシステムは、未来の日本のフードシステムのあるべき姿なのかもしれません。

そこで、今回はEUの新しい食の政策「Farm to Fork Strategy」に注目し、そこから垣間見える未来のフードシステムのあるべき姿にスポットライトを当てます。

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農薬使用を50%削減へ
EUが目指す新たな第一次産業

EUでは昨年12月、政策執行を担う欧州委員会のトップにドイツ出身のウルズラ・フォン・デア・ライエン氏が就任。フォン・デア・ライエン委員長率いる新委員会は、目玉政策として、2050年までに温室効果ガス排出の実質ゼロを目指す「欧州グリーンディール」を掲げ、環境政策を中心としてEUの経済構造そのものの転換を図る大規模な戦略を打ち立てています。

この欧州グリーンディールにおける、食分野の政策目標として520日に発表されたのが、「Farm to Fork Strategy」(ファーム・トゥ・フォーク・ストラテジー)。
正式には今後の欧州議会による承認を待たなければいけませんが、農場から食卓まで、食におけるあらゆる分野で持続可能性を追求した非常に野心的な内容です。

EU 農薬使用の50%削減と有機農業推進へ
2020520日 euro news

政策全体では27項目の目標が設定されており、特に関心を呼んでいるのが、有機農業の推進に向けた数値目標の数々です。例えば、2030年までには以下の数値目標が設定されています。

  • 農薬の使用とそのリスクを50%削減
  • 化学肥料の使用を20%削減
  • 畜産と養殖での抗生物質使用を売上ベースで50%削減
  • 有機農業の耕地面積を最低25%増加

これらの目標の達成によって、すでに盛んなEUでの有機農業はますます拡大することが見込まれますが、興味深いのは、畜産業における家畜の保護、いわゆるアニマル・ウェルフェアに関する詳細な規定の作成も目標として盛り込まれていること。

EU 抗生物質と農薬使用の削減目標を発表
2020521 Food Safety News

この記事内では、議会側の反応として、アニマル・ウェルフェアに関する規定を作成する目標を歓迎する動きを紹介。特に、議会側はここ数年、輸送中の家畜の扱いに関する規定の作成を求めており、今回、家畜の輸送に関する規定が作成されることを評価しています。さらに、今後の規定の中身として、EU域外への生体家畜の輸送禁止や、EU域内で生体家畜を輸送する場合の移動時間の制限を設けることなどを求めていく方針です。

一方、今回の第一次産業に関わる政策目標について、一部では疑問の声も。

アイルランド最大の農業者団体「Irish Farmer's Association」は、「EUが求める農薬や化学肥料の使用削減によって生産コストが増大する一方で、販売価格はこれまで通りの水準が求められることは理解に苦しむ」とするコメントを発表。有機農業の推進による農家の負担増加にあわせた支援策の具体的な設定が待たれます。

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フードロスや脱肉食への取組み
飼料の自給をも目指す

今回のファーム・トゥ・フォーク・ストラテジーで注目すべきは、第一次産業の改革とあわせて、フードロスや脱肉食など、あらゆる食の分野において持続可能性を追求するための施策が盛り込まれている点です。

ファーム・トゥ・フォーク・ストラテジーが示す、欧州の食の未来へとは
(2020年5月22日 Food Navigator)

まずはフードロスについて。日本でも近年、節分の恵方巻の廃棄問題で注目されつつあるフードロス。EUでも年間約9000万トンの食品廃棄が発生しており、このうち53%は家庭から発生していると言われるなか、持続可能なフードシステム構築にとってフードロスへの対応は避けては通れない問題のひとつです。

今回の発表では、フードロスについて法的拘束力のある2023年までの削減目標が設定されることとなり、具体的には、消費者にわかりやすい消費期限や賞味期限の表示基準が今後作成される見通しです。

また、前回のエシカルフードニュースでもお伝えした植物性肉をはじめ、プラントベースド(植物性食品)の普及に重点を置くことも発表され、こちらも注目を集めています。

ファーム・トゥ・フォーク・ストラテジー 代替肉の普及に注力
2020522 EURACTIV


本連載の前回記事でお伝えした通り、家畜の飼育による地球環境への影響は大きく、人間による温室効果ガスの排出量のうち約15%を占めるとも言われています。今回、当初公表されていた原案では、消費者に対して肉の消費を控える呼びかけ(レス・ミート)の文言が盛り込まれましたが、最終的には、赤肉と加工肉の消費を控えるよう呼びかけるにとどまり、レス・ミートについては態度を軟化させたと見られます。

しかし、プラントベースドの普及に向けた支援は今回の政策目標の重要項目のひとつに位置づけられ、植物、微生物、魚、昆虫などに由来する代替タンパク源の研究に力を入れると発表。また、地球環境に配慮したタンパク源への探究は、代替肉の分野だけでなく家畜の飼料における大豆依存からの脱却をも視野に入れている点が特徴です。大豆は、生産に必要な土地の開拓と森林伐採との関連が強く指摘されており、現在アメリカなどから輸入する大豆からEU域内で生産できる代替タンパク源へと、家畜飼料を移行させていきたい考えです。

コロナ禍のなかでのEUの発表
世界的な影響は

有機農業やアニマル・ウェルフェアの推進、さらにはフードロス対策から代替タンパク源の探究まで、現代の食における様々な課題に取り組むEUの姿勢が明らかとなったファーム・トゥ・フォーク・ストラテジー。有機農業に取り組む農家への支援策など、まだまだ不透明な部分もある一方で、ひとつひとつの課題設定と取組みの方針は、まさに今後の世界的な指針となる先進的なものばかり。

今般の新型コロナウィルスの感染拡大で明らかとなった、サプライチェーンをはじめとしたフードシステムの脆弱性への対応が世界的な課題となるなか、EUがこうした新たな指針を発表したことは多くの国に強い影響を与えることになると見られます。

そうした状況のもと、日本はどう対応していくのか。むろん、持続可能なフードシステムの構築は国内的にも大きな課題ですが、世界的にフードシステムの変革が進むことになれば、輸出やインバウンドなどの面からも日本の食への改革が求められます。いかに食を持続可能なものとしていくか、その方向性を検討していく上で世界的なフードシステム変革の流れから目が離せません。

2020年68日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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