2020年7月14日

気候変動で注目される、昆虫飼料の可能性

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは、気候変動で注目される「エシカルな昆虫飼料の可能性」。近年にわかに注目を集めている昆虫と人間の食の関係。昆虫食はハードルが高いとしても、家畜の飼料として昆虫を利用しエシカルな食を実現しようという動きが、いま世界では広がりつつあります。
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気候変動がもたらす
人間と虫の新たな関係

世界がまだ新型コロナウィルスの話題で持ちきりになる以前から、世界的な食料事情における大きな脅威としてその動向が注視されていた問題があります。それはバッタの大量発生による災害「蝗害(こうがい)」の問題。東アフリカからアラビア半島にかけて大量発生したサバクトビバッタによる農作物への被害が拡大しているのです。

「一瞬で何もかも奪う」アフリカの大地を食い尽くす蝗害、バッタ博士が解説
2020220 Forbes JAPAN

2018年にアラビア半島に上陸したサイクロンによってバッタの餌となる植物が増え、バッタの群れが増殖。さらに2019年には「アフリカの角」とも呼ばれるソマリア北部、エチオピアでもサイクロンの上陸や洪水によってバッタが増殖したことで、アフリカ東部からアラビア半島にかけて大量のバッタの群れが繁殖し、農作物への甚大な被害を与えながら近隣地域に徐々に拡大していきました。特にアフリカ東部での被害は深刻で、ケニアに到達した群れは縦60km、横40kmに及ぶ大きさで、1日で100万人分に相当する食料を食い尽くすとも。

今年に入るとインド・パキスタンの国境付近にまでバッタの群れが広がり、事態はさらに深刻化。国連食糧農業機関(FAO)は、各国に殺虫剤を提供し地上と空中から殺虫剤を散布して対策にあたってきました。しかし、コロナ禍で空輸物流が停滞したことで現地では殺虫剤などが不足しており、今なおアフリカ東部からインド北部にかけての地域では蝗害との戦いの終息の目処は立っていません。

このバッタの大量発生の直接的な原因と考えられるのが、立て続けに発生したサイクロンと例年にない大雨。むろん、こうした異常気象は世界的に問題となっている気候変動との関係が指摘されており、二酸化炭素排出量の増加や森林減少などの人為的な要因が今回の蝗害を引き起こしている可能性が疑われます。

本連載でもたびたび取り上げてきたように、人間による食料生産、とくに家畜の飼育とその飼料はCO2排出量の増加や森林減少における大きな要因として考えられ、相次ぐ環境問題や気候変動への対策では、畜産のあり方を見直す動きが世界で広がっています。そんななか、蝗害の被害が深刻な地域では、このバッタの大量発生を逆手にとって新たな畜産のあり方に活かそうとする動きが出ています。バッタをはじめ、昆虫こそが未来のエシカルな家畜飼料になりうると注目を集めているのです。

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エシカルな飼料としての
昆虫の可能性

昆虫と人間の食の関係というと最近では昆虫食が注目を集めていますが、昆虫食は世界的にもまだまだ心理的なハードルが高いもの。しかし、昆虫は高いタンパク質含有量を誇る良質な栄養源であることに間違いはなく、これまで主なタンパク源として利用されてきた大豆と森林減少の関係が問題視されるいま、昆虫利用の可能性を追究することはエシカルな食の実現のためには必要とされます。

そこで注目を集めているのが、昆虫の家畜の飼料としての可能性。気候変動が原因の今回の蝗害が皮肉にも、昆虫を家畜の飼料として活かすエシカルな食料生産に向けたきっかけの一つになろうとしています

バッタの大群 鶏の餌に
2020619Poultry World

蝗害に苦しむ国のひとつ・パキスタン政府は、殺虫剤が散布されていないバッタの捕獲を農家に推奨し、捕獲量に応じて農家からバッタを買い取るテストを実施。夜間には動かず木の上や砂漠のなかでじっとしているというバッタの習性を利用して、日没後の時間帯にバッタの捕獲を行ったところ、ある村では一晩で約7トンのバッタを捕まえ、各農家は一晩あたり125米ドルの収益を手にしました。

捕獲されたバッタは近隣の養鶏場に飼料として売り渡され、ブロイラーに飼料としてバッタを与えた農家からは「栄養的には何ら問題がなく、もし殺虫剤の散布前に捕獲できるのなら、バッタの価値は非常に高い」との声も。通常飼料として使用される輸入大豆に比べてタンパク質の含有率は1.5倍ほどバッタの方が高く、殺虫剤散布前に大量に捕獲できるオペレーションが確立されれば、有力な飼料として利用への期待が高まります。

こうした、ブロイラーなどの家畜飼料として昆虫を利用する動きは、今回の蝗害に限らず、以前からヨーロッパを中心に本格的な検討が進みつつあります。

大豆に代わる新たな飼料に
昆虫飼料の有効性

家畜飼料としての昆虫の可能性が模索されている背景にあるのが、現在世界の多くの地域で家畜の主な飼料となっている大豆の生産と森林伐採との関係です。大豆栽培はアマゾンの熱帯雨林減少の大きな要因のひとつとして近年世界的に問題視されており、家畜飼料においても大豆依存からいかに脱却するかという課題は、EUなどで本格的に議論が進んでいます。

昆虫と植物プランクトンが未来のブロイラーの餌に
202078Poultry World

ブロイラーに対して、大豆、アブの幼虫、スピルリナ(植物プランクトンの一種)を餌として与えてその反応を観察したドイツでの実験では、いずれの飼料でも鶏の反応には有意差がなく、さらに幼虫と大豆とでは鶏肉の品質にも差が見られず、スピルリナを与えた場合には肉の食味が改善されたという結果が報告されました。

さらに、昆虫を飼料として与えることで、より少ない飼料の量でブロイラーを成長させることができるという研究結果も報告されています。

鶏は幼虫の摂取を好む研究結果
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ブラジル・サンパウロ大学の研究では、ブロイラーに従来の配合資料を与えた場合と、幼虫(ミールワーム)を混ぜた配合飼料を与えた場合とでの、飼料要求率(家畜が1kg増体するために何倍の飼料を必要とするかを示すもの)の差を検証。実験開始から3週間目以降の結果を見てみると、従来の飼料を与えたグループでは飼料要求率が1.591.63と推移していったのに対し、ミールワームのグループの要求率は1.221.36と低く、幼虫を利用することで飼料の効率性が高まる可能性が指摘されています。

このように、昆虫を家畜飼料とくにブロイラーの飼料として利用することの有効性は多くの研究で証明されつつあり、気候変動の要因とも言われる森林減少に歯止めをかけるべく、大豆の代替飼料としての昆虫の可能性に期待が高まっています。特に、EUでは昆虫飼料の研究推進が先日発表された新食料政策「ファーム・トゥ・フォーク戦略」にも盛り込まれ、現在魚の養殖飼料に限定している昆虫利用に関する規制の緩和を目指します。

近年、昆虫食も含め注目を集めている、食としての昆虫の可能性。昆虫食の広がりには食べ手の心理的ハードルが高そうですが、家畜の飼料としての昆虫の価値は急速に高まってきています。人間の食が環境に与える影響を踏まえ、可能なところからより良いエシカルな食のあり方を実現させていくことが求められます。

2020年713日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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