2021年12月13日

EUファームトゥフォーク戦略 有機農業は拡大するのか?

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「EUファームトゥフォーク戦略 最新の動向と課題」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

EUファームトゥフォーク戦略
実現への最近の動向は?

前回の記事では、最近、世界の食にまつわる重要テーマとなっている「食料システム改革」について、アメリカとEUの方針が対立している構図をご紹介しました。

EU20205月に発表した食料政策の基本方針「ファームトゥフォーク戦略」を発表。そこでは2030年までに達成することとして、下記のような目標を掲げています。

①化学農薬の使用量とリスクを50%削減
②農地面積に占める有機農業の割合を、現在の8%から25%まで拡大
③化学肥料の使用量を20%削減

また、同じ時期にEUは生物多様性の保護を推進するための「生物多様性戦略」も発表しました。EUは有機農業への転換による"農業のグリーン化"へ大胆に舵を切っています。

前回の記事では、こうしたEUを中心とする有機農業化の波が世界に広がることを警戒するアメリカの動向をお伝えしたわけですが、今回はEU側の最近の食料システム改革の動向をお伝えしようと思います。

ここのところEUからはファームトゥフォーク戦略の目標達成に向けた前向きなニュースが多く入ってきています。

例えば、1123日にはEUの議会にあたる欧州議会が2023年1月以降の農業政策とそれにともなう予算措置の内容を可決しました。この農業政策は通称、「CAP」と呼ばれるもので、補助金によって有機農業への転換をどう推進するかをめぐり数年にわたり論争が続いてきましたが、2023年以降の予算分が決着したことで、ファームトゥフォーク戦略の実現に向けた準備がようやく整った格好です。

CAP以外にも、農業のグリーン化のための取り組みは進みつつあります。EUの行政府にあたる欧州委員会は来年5月ごろに農薬に関する法令の改正を検討しており、同時に農地の土壌に大気中の炭素を隔離するためのカーボン・ファーミングと呼ばれる農法の研究開発に多額の投資をすることも発表しています。

ということで、一見順調かのように見えるEUの食料システム改革ですが、EUの内部ではまだ課題が山積しているのが現状です。

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「生産量減少は確実」
EUが直面する課題

EUのファームトゥフォーク戦略が直面している最大の課題は、なんといっても有機農業による生産性の低下です。この問題については、本連載で以前から繰り返しお伝えしている部分ですが、いま一度、その概要を確認してみましょう。

もし仮にEUが掲げる目標通り、農地面積の25%が有機農業となり、現在使用されている農薬や化学肥料の使用量がEU全体で減少すれば、EU域内の農産物の生産性が下落することは避けられません。

この減少幅の具体的な数字は報告によって様々ですが、例えば、欧州委員会附属の調査機関である合同調査センターが8月に発表したレポートでは農産物全体では5%から15%の生産量の低下が見込まれるとされています。

また、アメリカ政府が昨年11月に発表した試算では12%の低下が予想され、オランダの有力な農業研究機関であるワーゲニンゲン大学が今年10月に発表した試算でも10%から20%の生産量の落ち込みが見込まれています。

このように具体的な減少幅の見立ては様々ですが、ファームトゥフォーク戦略の実現で農産物の生産量が減少すること自体は、どの報告でも共通の認識となっています。もっとも、EUの戦略は生産だけではなく、消費側の変革も盛り込んだ目標であることには注意が必要です。そして、この点こそが前回取り上げたアメリカ型のビジョンとの重要な違いでもあります。

ファームトゥフォーク戦略のなかでは、2030年までの一人あたり食品ロスの50%削減や、レッドミート(牛肉などの哺乳類動物の畜肉)の消費削減などにも言及しており、生産量の減少という側面だけを切り取って議論するべきではないとの声も上がっています。

しかし、この生産量への影響は農家の収入にも直結する問題であるだけに、多数の加盟国が慎重な影響評価を実施するよう欧州委員会に求めているとも伝えられており、重要な課題であることに変わりはありません。

また、EUが直面している課題のもう1つに、輸入農産物の取り扱いの問題があります。EU域内で有機農業が普及したとしても、農薬や化学肥料を使用して育てた農産物が外国から輸入されてしまっては取り組みの効果が弱まるためです。特にEU域内での生産量が減少すれば農産物の輸入が拡大する可能性もあり、この課題への対処も非常に重要です。

そこでEUは、EU域内と同等の生産基準をクリアしたものに輸入品を制限する方向で検討を進めており、他国にもEU型の生産方法を広めていきたい考えです。しかし、EUが設定するハードルの高い生産基準がどこまで広まるかは不透明であり、先日もEUに先がけて急進的な有機農業化を進めた国が、その計画を断念したというニュースが入ってきました。

アジアでEUの理想は実現可能?
スリランカでの事例

インドの南端近くの島国であるスリランカは、今年5月に環境保護を重視する観点から化学肥料の輸入を禁止する措置を発令し、事実上の強制的な"有機農業転換政策"をスタートさせました。

ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領は「これによって有機農業技術への投資が加速する」などとメリットを強調していましたが、スリランカの代表的な農産物である紅茶や、主食用のコメなどの生産量が急速に低下し、深刻な食料不足が発生。市民による反対運動も加熱し、ついに10月19日に化学肥料の輸入を解禁しました

日本のジェトロによると、ラージャパクサ大統領は有機農業の普及を主要政策の1つに掲げており、今後も有機肥料の開発などによって有機農業化を進める考えですが、有機農業への転換による生産量への影響という問題の難しさが浮き彫りとなった形です。

また、日本の農研機構なども参加した国際研究チームの最近の報告によると、地球温暖化の影響で今世紀末にはトウモロコシの収量は24%減、大豆とコメの収量は2%減となることが予測されており、温暖化の進行も生産性に大きな影を落とすことになりそうです。

特に、スリランカや日本などのモンスーンアジアと呼ばれる地域は気候条件などが欧米とは大きく異なっており、有機農業への転換もEU以上に難しいと考えられます。つまり、アメリカやヨーロッパでの食料システムの議論をそのままアジアに当てはめることができるのかについては疑問も残ります。

そうしたことを踏まえると、世界的に影響の大きい米EUの食料システム観の対立には注意を払いつつも、日本を含めたアジア地域は、独自の食料システムのあり方を模索する必要があると言えそうです。次回記事では、今年「みどりの食料システム戦略」を発表した日本が目指そうとしている食料システムのあり方を考えます。

2021年128日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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