2021年12月 2日

米EUの異なる「食料システム観」アメリカの危機感の背景に何が?

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「米EUの異なる「食料システム観」米の危機感の背景に何が?」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

新たな注目ポイントに
食料システムをめぐる"攻防"

世界の食にまつわる重要なテーマの一つとして、EUなどが取り組む「食料システム改革」。本連載でも継続的に取り上げてきているテーマです。

食料システムの改革とは、食料の生産から消費に至るまでの全ての段階を持続可能なものへと進化させるというもの。世界のなかではEUが昨年、ファーム・トゥ・フォーク戦略と呼ばれる食料政策の方針のなかで、いち早く有機農業の普及などによる食料システムの刷新を目指すことを明らかにしました。

日本でも今年に入って「みどりの食料システム戦略」が政府から発表され、9月には国連の主催で世界食料システムサミットも初めて開催されました。世界的にもキーワードとなっている「食料システム」のあり方を巡って、アメリカとEUの対立が鮮明になっているということが話題となっています。

この米欧間での食料システム対立の模様は以前の記事でもお伝えしたところですが、改めてその概要を簡単に確認しておきましょう。

EUが目指すのは、食料システムの抜本的な刷新(Transition)です。農薬や化学肥料の使用を削減して有機農業を強力に推進しながら、食品ロスの削減や環境負荷の大きい畜肉の消費削減といった消費者レベルでの目標も盛り込んでいます。

つまり、現在の食料の消費のあり方そのものにまで手をつけて持続可能性を追求する方針で、EUは貿易協定などを通じて各国にも同様の転換を求めていく考えです。なお、「なぜEUが他国への呼びかけを強めているのか?」というポイントについては、こちらの記事もご覧ください。

一方、アメリカの主張はEUとは対照的です。アメリカは、既存の食料消費のあり方は基本的に変えずに、生産性を最大限高めるという方針を示しています。言い換えるならば、生産に必要な資源量などを減らしながら現在の生産水準を維持する方針とも言えます。

その背後に見えるのは、米国産農産物の巨大な市場を維持したいという意図です。EU型の食料システムが世界的に広がれば、有機農産物以外の農産物が排除され、米国産農産物は市場を失う可能性があります。

また、「食料主権」と呼ばれる概念の広がりも、米国産農産物の市場にとっては重要な動きと言えます。

食料主権とは、食料システムがグローバルな大企業ではなく、ローカルな生産者や消費者自身によってコントロールされるべきという考えです。現在アメリカが農産物を輸出している国々で食料主権が重視され始めると、米国産農産物はその国の市場から閉め出されてしまう可能性もあります。

そして、EUを中心とする有機農業化の波や食料主権の重視による米国産農産物の市場喪失の実例は、すでに出始めているとも指摘されています。

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メキシコによる有機農業計画
警戒強めるアメリカ

その実例とは、メキシコでの動きです。メキシコは米国の最大の貿易相手国の1つであり、メキシコは遺伝子組換えトウモロコシなどを米国から大量に輸入しています。

そのメキシコでは、2018年に左派系のオブラドール氏が大統領に就任。先住民保護などにも積極的なオブラドール大統領は就任以来、メキシコの伝統的な作物であるトウモロコシの生産保護を重視する姿勢を示してきました。メキシコはトウモロコシの原産国でありながら、近年は遺伝子組換えされた米国産などの輸入が増加しており、メキシコ伝統のトウモロコシ品種の保護を訴える運動「コーンなくして国はない」(Sin Maíz No Hay País)は全国規模に広がりつつあります。

そうしたなか、オブラドール大統領は2019年末の演説で、遺伝子組換えトウモロコシの流通と、トウモロコシ栽培で使用される農薬「グリホサート」の使用を2024年までに禁止する計画を発表。これがアメリカに大きな衝撃を与えました。

米国の通商交渉を統括するキャサリン・タイ通商代表は今年5月、メキシコ政府高官との会談のなかで「科学とリスクに基づく規制が重要」としてメキシコ政府の計画を批判。この背景には、グリホサートを販売するモンサント社の親会社であるバイエル社や、米国内の農業ロビイストらがメキシコ政府に圧力をかけるよう米政府に要請していたことが明らかになっており、アメリカの農業界と政府は今回のメキシコ政府の計画を強く警戒しています。

また、生産性の低下を懸念するメキシコ国内の一部の農家組織もメキシコ政府の計画に反発しており、政府計画の凍結を求める複数の訴えが提訴されています。しかし、現在までに凍結の訴えを認めた例はなく、政府の計画が予定通り実施される見込みが高まっています。

メキシコで広がる食料主権の重視と脱遺伝子組換え・脱農薬の流れは、米国からすれば市場喪失の脅威に他なりません。メキシコ政府の計画はここまで言及はしていませんが、今後は残留農薬の度合いによって輸入農産物が制限される可能性もあり、そうなれば米国産農産物への影響はさらに大きくなります。

EUが有機農業への転換を各国に呼びかけるなか、メキシコと同様の動きがさらに広がる可能性は大きく、現にメキシコ農業当局の高官はEUによる呼びかけに好意的な見解を示しています。では、生産性を重視するアメリカはこうした流れにどう対応するのでしょうか。

米国型ビジョンの"輸出"
米欧間で対話のチャンネルも

EUを中心とした食料システムの広がりに対抗してアメリカが進めようとしているのが、生産性重視の食料システムビジョンの"輸出"です。

米農務省は今年9月、アメリカの主導のもとで「持続可能な生産性向上のための連合」(SPG連合)が多国間で発足したと発表。生産性の向上による持続可能な食料システムへの移行を目標に掲げるこのSPG連合には、202111月時点でオーストラリア、ブラジル、フィリピンなど14の国と多数の民間関係者が参加しており、いわばアメリカによる"囲い込み"のための連合と見ることもできます。

また、EUに対する直接的な牽制もアメリカは強めています。

アメリカのヴィルサック農務長官は113日、EUで農業政策を担当するヴォイチェホフスキ欧州委員(EUの閣僚に相当)と会談。このなかでヴィルサック長官は、有機農産物などを優遇するEUの貿易上の措置について、WTO協定違反となる可能性にも言及しながら厳しく牽制しました

この会談では、食料システムでの立場の違いが鮮明になる米欧間での相互対話のチャンネルとして「環大西洋農業協力プラットフォーム」を創設することで合意するなどの進展も見られましたが、この対立の行方は相変わらず不透明なままです。

この対立のなかでアメリカが危機感を募らせる一方、有機農業などを促進するEUの側にも懸念点は多くあります。次回記事では、この点をもう少し深掘りしていくことにしましょう。

2021年1126日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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