2021年9月 6日

グリーンな農業の実現へ 課題のカーボン・リーケージとは?

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「グリーンな農業の実現へ 課題のカーボン・リーケージとは?」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

日本もついに法制化!
農業を「グリーン化」する国家戦略

農林水産省は今年8月、農業の環境負荷を減らすための「みどりの食料システム戦略」の実現に向けて、新たな法制度を創設することを決定しました。

みどりの食料システム戦略は、農薬や化学肥料の使用量を削減し、有機農業の割合を高めることなどによって、農業からのCO2排出量ゼロ(ゼロ・エミッション)を目指すものです。

農業のゼロ・エミッション化は、EUの「ファーム・トゥ・フォーク戦略」という食料政策のなかで強く推進するなど、日本に先んじて諸外国が積極的に進めています。つまり、日本が新法をつくり本格的に"グリーンな農業"の実現に取り組む中で何が課題になってくるのかを知る中で、EUの動きは大いに参考になるわけです。

実際に外国での動向に目を向けると、EUでは多くの課題が指摘され始めています。

本連載では今年(2021年)7月の記事で、EUのファーム・トゥ・フォーク戦略について紹介した際に、

  • 環境に配慮した有機農業の促進による生産性の低減で、食料安全保障が脅かされる危険性がある
  • 有機農業を促進するための農家への財政的な支援措置の行方が不透明である

この2つの観点から、2030年までに耕地面積の25%を有機農業化することなどを目指すEUの野心的な目標にも現実的には課題が多いことをお伝えしました。

今回はこのEUが農業のグリーン化を進めるなかで直面している課題について、さらに深掘りしながら続報をお伝えします。興味のある方は、本連載の「EUファーム・トゥ・フォーク戦略 理想と現実を隔てる課題」も合わせてお読みください。

有機農業への移行で発生
カーボン・リーケージ問題とは?

EUの行政機関にあたる欧州委員会の共同研究センター(Joint Research Centre=JRC)は今年8月、EUの共通農業政策(CAP)について、その影響を評価したレポートを発表しました。

それによると、ファーム・トゥ・フォーク戦略に基づく有機農業の拡大などを進めることで、2030年までに農業セクターからの温室効果ガス排出量は28.4%削減できると試算された一方、実現に向けたいくつかの課題も示されています。

なかでも注目したいのが、"Carbon leakage"(カーボン・リーケージ)と呼ばれる問題です。カーボンは炭素、リーケージは漏れ(漏出)を意味しています。EUの域内で有機農業が広がるほどに、炭素、すなわちCO2排出などの環境負荷が他の地域に漏れ出てしまう。この状態がカーボン・リーケージと言われるものです。

もう少し具体的にカーボン・リーケージが発生するメカニズムを見てみましょう。

有機農法への転換を進めることで農業生産高は一定程度、減少することが予測されています。その減少幅は最大で15%にもなるとされており、米国農務省の試算ではEU全体で12%の減少が想定されています。

特に生産高が落ち込むとされているのは畜産物です。米ニューヨーク大学での研究によると、米国全土で肉牛に与える飼料を牧草主体のグラスフェッドに転換した場合、供給可能な牛肉の量は現在と比較して27%にまで減少すると試算されています。

もちろん米国での研究とEUでの実態を単純に比較することはできませんが、有機農法への転換による生産高の落ち込みは避けては通れない問題です。

有機農法の推進によって生産高が落ち込めば、それに併せて農産物の輸入量は増加することが予想されます。そして、EUよりも有機農法への取り組みが進んでいない地域から農産物を多く輸入するようになれば、それは結果としてEUで発生するはずだった環境負荷を世界の他の地域に移転するだけになるのではないか。これが「カーボン・リーケージ」問題というわけです。

このカーボン・リーケージの問題について、前出の共同研究センター(JRC)はレポートのなかで、EUが貿易協定などによって輸入農産物の生産基準を保障することで、カーボン・リーケージの問題は解決できると指摘しています。現に、EUが中南米諸国と進めている貿易交渉では、EUが結ぶ貿易協定としては初めて、輸入する鶏卵について飼育環境をEU域内と同水準にすることを求める条項が入ることが決まりました。

今後、このような輸入農産物の生産基準の保障が貿易交渉のなかで進むことも予想されます。しかしながら、その基準設定は相手国にとって大きな負担となるだけに、交渉で相手国の了承を得ることは高いハードルとなるでしょう。

EU域内で有機農業を推進したところで、カーボン・リーケージが加速すれば農業のグリーン化はまさに有名無実となってしまいます。EUがどこまで他国を巻き込んで、世界的な潮流を作っていけるのかに注目が集まります。

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グリーンな農業を食べ手が支える
集まる「給食」への注目

生産高の減少やカーボン・リーケージの問題は有機農業の「生産側」の課題でしたが、EUが掲げるファーム・トゥ・フォーク戦略の実現には「消費側」の改革も重要であると指摘されています。

EUの行政機関にあたる欧州委員会は、今年6月、ファーム・トゥ・フォーク戦略で目標としている2030年を期限とした耕地面積の25%の有機農業化に向けて、「オーガニック・アクション・プラン」を発表。このなかで目標達成のカギとして重視されているのが、有機農産物への需要の促進です。

有機農産物をいくら沢山作っても、買って食べてもらえないと意味がありません。EU加盟各国の農業担当閣僚の多くも、有機農産物の需要確保を最重要課題に位置付けているとされ、一般的に高値になりがちな有機農産物の供給に、どう需要を追いつかせるのかが注目されています。

そこで着目されているのが学校給食など、公共セクターでの積極的な有機農産物の調達を糸口とした需要拡大のあり方です。

エストニアやスロバキアなどは今後、学校給食用の食材として有機農産物を積極的に調達する方針を示しており、学校給食を無料化しているフィンランドも同様の方針を進めるとされています。

日本でも千葉県いすみ市をはじめ、一部の自治体で学校給食に有機農産物を使用する動きが出ています。みどりの食料システム戦略の推進にあたっては、EUを参考にした場合、学校給食を活用して有機農産物の需要を増やす可能性があるかもしれません。

2021年9月1日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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