2021年12月28日

2022年、日本の食料システム改革はどうなる?

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「2022年、日本の食料システム改革はどうなる?」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

2021年、ホットな話題となった
食料システム改革

2021年も残りわずかとなりました。今年も「週刊エシカルフードニュース」では、世界のエシカルな食に関する動向を数多くお伝えしてきました。一年を振り返って今年のエシカルな食についてのキーワードを考えると、「食料システム改革」がその1つでした。

「食料システム改革」とは、食料の生産・流通・消費の各段階を持続可能なものに進化させること。今年に入ってから、アメリカのバイデン大統領が就任早々の1月に「米国の農業は世界で初めてネット・ゼロ・エミッション(温室効果ガスの実質排出量ゼロ)を達成する」と明言し、日本政府も5月に「みどりの食料システム戦略」を発表しました。

また、9月には国連主催で「国連食料システムサミット」も初めて開催されました。持続可能な食料システムのあり方が、国際的な議論のトピックに躍り出た一年だったと言えるでしょう。

しかし、直近2回の本連載でお伝えしたように、改革の方向性をめぐり国際的な対立が顕在化したこと2021年のハイライトでした。

その議論の焦点となったが「農業の生産性をどう考えるか?」ということ。EUを含めた欧州各国では、有機農業の推進や家畜頭数の削減など、環境への負荷を減らすために抜本的な農業の見直しを進める動きもあります。しかし、この方針では現在の食料生産のレベルを維持することはできず、アメリカなどはこの点に強く反発しています。

アメリカはEUが進めようとしている食料システム改革にともなう生産性の低下を強く問題視しており、アメリカのヴィルサック農務長官は「問題なのは、『どれだけ肉を食べて生産するか』ではなく、生産方法をより持続可能にすることだ」ともコメントしており、ヨーロッパで一部検討されているような畜産業の縮小にも否定的です。

食料システム改革の議論が本格化するなか、来たる2022年、日本では食料システムの持続可能性についてどのような議論が進むのでしょうか。今回は、特に有機農業と畜産改革にスポットライトを当てて、世界の動向を日本がどう見るべきなのかを考え、2021年最後の記事としたいと思います。

EUが来年以降に強化か
有機農産物の輸入規制

まずは有機農業についてです。

有機農業をめぐっては、日本でも今年5月に農林水産省が発表した「みどりの食料システム戦略」で2050年までに化学農薬の使用量をリスク換算で50%削減し、耕地面積に占める有機農業の割合を25%にまで拡大する目標などが示されたところ、農業界からは「非現実的だ」という批判が多く寄せられました

もちろん、こうした具体的な目標値のあり方や達成の見込みについては問題があるかもしれません。しかし、農産物の輸出なども見据えて世界の動向に目を向けると、日本も今後、有機農業をこれまで以上に推進する必要はあると言えそうです。

食料政策の基本方針「ファームトゥフォーク戦略」に基づいて有機農業を推進しているEUでは、来年前半に農薬規制の見直しが行われる見込みです。そこで農薬規制がこれまで以上に厳しくなれば、EUではより一層、有機農業の"推進感"が強くなるわけですが、問題なのはその厳しい生産基準を輸入品にも求めてくる可能性が高いことです。

EUとしては域内の農家に厳しい生産基準を求める以上、それと同等の基準をクリアしていない農産物を輸入すれば不公平が生じてしまいます。現在もEUは輸入品に対して生産基準に応じた規制をかけていますが、来年以降、この規制がさらに強化される可能性が高くなっています。

その背景にあるとされるのが、2022年4月に大統領選挙を控えるフランスの存在です。

フランスは2022年1月から半年間、EU理事会と呼ばれるEUの意思決定機関の議長国を務める予定です。このEU理事会とは10の政策分野ごとにEU加盟国の閣僚から構成されるEUの機関で、立法や国際協定の締結を行います。議長国は加盟国が輪番制で務め、フランスは大統領選を挟んだ2022年の上半期の議長国となります。

そこで、大統領選での再選を目指すマクロン大統領は、農家層からの支持を集めるべく、EU理事会の議長国である間に輸入農産物への規制を強める方針とされています。つまり、日本としては今後EUへの輸出のハードルはさらに高くなりそうなのです。

また、EUのような有機農業推進の動きは各国に広がる可能性もあります。例えば、メキシコは2024年からグリホサート系農薬の使用を禁止する予定です。

もちろん、こうしたEUを中心とする動きがどれだけ広がるかはハッキリしません。しかし、前々回の記事でもお伝えしたようにアメリカは有機農業推進の動きの拡大を強く警戒していると見られ、日本としても世界的な有機農業重視の動きにどう対応すべきか考える必要があるでしょう。

COP26のメタン削減目標で
畜産業改革はより重要に?

次に畜産業についての話題です。

最近、畜産業の環境負荷の問題には高い関心が集まるようになっていますが、特に来年以降の動向を考える上では注意したいポイントがあります。それが、今年イギリスで開催されたCOP26で、メタンの削減目標「グローバル・メタン・プレッジ」が掲げられたことです。

このメタン削減目標は2030年までに温室効果ガスのメタンを2020年比で30%削減するというもの。もっとも、国ごとの具体的な削減目標は決まっておらず実効性に欠けるという批判もあります。しかし、これまで「温室効果ガス」としてCO2などと一括りにされていたところから、メタンが削減対象として切り出されたことは画期的で、畜産業にも大きな影響を与えると見られます。

これまで畜産業では、牛の消化過程などからのメタン排出が問題視されてきましたが、温室効果ガスという広いカテゴリーで考えると、エネルギー分野などからの排出が圧倒的に多く、畜産業界もそのことを畜産業批判への反論として言及してきました。

しかし、メタン単独で考えると、畜産業は主要な発生源の1つになってしまいます。アメリカの環境保護庁の統計によると、アメリカ国内ではメタンの36%が畜産業(排泄物と消化過程からの排出量の合計)から発生しているとされています。

つまり、メタンに対象を絞った削減目標ができたことで、畜産業にとってはエネルギー分野との比較による、いわば"釈明の余地"を封じられたと見ることもできます。そうしたなかで、EUはもちろん、アメリカでも環境負荷の少ない畜産業への転換が進み始めています。

アメリカ農務省は今年12月、生産過程での温室効果ガス排出量が少ない牛肉であることを認証する「Low Carbon Beef」規格を認可したと発表しました。この認証規格を取得した牛肉は、通常の牛肉に比べて生産過程での温室効果ガスの排出量が10%ほど低くなっており、消費者が店頭などで環境負荷の少ない牛肉を選ぶことができるようになります。

こうした認証システムの整備が進めば、将来的には牛肉の環境負荷証明が世界のスタンダードとなるかもしれません。その可能性にも備えて、日本でも畜産業の環境負荷をいかに軽減するかの議論が必要です。

すなわち、世界のスタンダードへの対応、とりわけ日本産農産物の世界での市場拡大を見据えるのであれば、来年以降は有機農業と畜産業の環境負荷対策の双方に対応していく必要があると言えそうです。

有機農業も畜産業の問題も、外国からの影響が全てではありませんが、世界の基準に日本がいかに追いつくかという視点は必要です。週刊エシカルフードニュースは来年も、日本の食のあり方を考えるために重要な世界の動向を分かりやすくお伝えしていきたいと思います。

2021年1223日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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