2020年8月25日

農業を「問題」から「解決策」へ カギは土壌にあり

北海道大学大学院 市村敏伸

「現代の農業は気候変動の大きな原因である」相次ぐ気候変動による異常気象に直面するなか、いま農業の世界に変革が求められています。気候変動には人間のあずかり知らない自然的要因も大きく関係しているものの、それを急速に後押ししているのが人間による温室効果ガス排出などの人為的要因。そして、人間による温室効果ガスの排出量のうち約25%が農業に由来すると言われるなか、多くの土地と水を必要とする農業は気候変動の主たる要因のひとつです。これから先、農業は地球環境といかに共存していくことができるのでしょうか?

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農業を「問題」から「解決策」へ
パタゴニアが取り組みを始める認証制度

気候変動への影響が強く指摘され、今後世界で必要とされる農業のあり方とはいかなるものかが問われるなか、これまで気候変動を悪化させる「問題」として扱われてきた農業が、気候変動を食い止める「解決策」に変わる可能性に注目が集まっています。大手アウトドア企業・パタゴニアはこの可能性に注目し、農業を「問題」の一部から「解決策」にすべく新たな認証制度に取り組むことを発表しました。カギとなるのは、健康な土壌を構築するリジェネラティブ・オーガニック農業です

CO2をはじめとする温室効果ガスの大気中での増加を農業の力でいかに食い止めるか。注目されるのが、農地における土壌有機炭素と呼ばれるものの存在です。土壌有機炭素は農地に投入される堆肥や、植物の枯死根などによって土壌中に蓄えられる炭素で、このうち微生物によって分解されたものが二酸化炭素として大気中に放出されます。地球全体の農地における土壌炭素量を0.4%増加させれば、大気中で1年間に増加している炭素量を相殺できるとも言われ、この土壌炭素は気候変動を食い止める大きな可能性を持ちます。

ここで重要なのは、土壌中の有機物が増えるほど、より多くの炭素を土壌中に貯留しておくことが可能という性質。すなわち、土壌中の有機物を増やすことは土壌炭素量の増加につながり、気候変動緩和のための対策として非常に有効な手段となり得ます。この土壌炭素量を増やすための農法としていま注目されているのが、農地を耕さずに地表を植物で覆い、さらに同じ農地内で複数の作物を育てる混作・間作・輪作によって土壌の生物多様性を向上させる手法です。

この手法、実はただ単に土壌炭素量を増やして気候変動への解決策になるだけではありません。雨や風による土壌侵食への耐性が増し、さらに保水力も高まることで干ばつをはじめとした災害への対策にもなるとも考えられています。すなわち、農地そのものの生産性が大きく向上し高い生産効率での収穫が期待されるのです。

パタゴニアが支援し取り組む「リジェネラティブ・オーガニック(RO)認証」は、このような健全な土壌を構築することのできる農法や健全な土壌から生産された農作物であることを保証する国際認証です。

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リジェネラティブ・オーガニック認証(ROC)ロゴマーク

農業の新たなスタンダードとなるか
RO認証とはいったい

パタゴニア 公式ウェブサイト「なぜ、リジェネラティブなのか?」

「リジェネラティブ」とは再生の意。すなわち、土壌や環境を再生させる農業を支援していく意思が表れているこの新たな認証制度では、「土壌の健康」「動物福祉」「社会的公平性」3つの柱をもとに、土壌や畜産動物の生産環境に関する基準から、労働者の人権状態までを幅広く網羅して認証を実施。同社によると、それぞれの分野で既存認証の所持を前提とし、各分野を包括的に要件化することでこれまでにない、より高いレベルの農産物の認証制度となることが期待されるとのこと。「土壌の健康」に関しては、耕起の度合いや農地の植物による被覆の割合などに応じて、「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」のいずれかの認証レベルに該当することになります。

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パタゴニア社日本支社 オンライン説明会での発表資料より

すでにインドと中米・ニカラグアでは、それぞれコットンとマンゴーの分野で実証実験が始まっており、今年8月には一般向け認証制度の情報もアップデートされる予定のRO認証。こうした土壌を物理的に保全し、土壌や農地の生物多様性を向上させて環境貢献を目指す農業のあり方は、アメリカを中心に世界的な関心を集めている分野です。

世界で注目される
再生農業の可能性

気候変動をはじめ環境問題への積極的な働きかけをしつつ、同時に生産性を高める農業のあり方は、世界で広がりを見せています。米大手スーパーマーケットのホール・フーズは、2019年末に発表した2020年食の10大トレンドのなかで、再生農業の拡大を予想。再生農業は「気候変動に対してポジティブな影響をもつ」ものであるとして、再生農業を支援するブランドを買い求めるよう呼びかけます。また、アメリカでは6月に、再生農業を政府として推進するための法案が下院に提出され、現在成立に向けた審議が行われています。

カーボン・ファーミングは農業を真に「グリーン」にする
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この法案では、カーボン・ファーミングと呼ばれる土壌の質の改善によって大気中のCO2を削減する農法を奨励。さらに、カーボン・ファーミングによるCO2の削減計画を提出し承認を受けた農家に対しては、その削減量に応じてCO2排出量取引制度による報酬を受け取る仕組みとなります。また、イギリスでは再生農業を普及させるため、農業者間でノウハウを共有する団体「BASEBiodiversity, Agriculture, Soil & Environment)」が10年前に発足し、定期的にカンファレンスを開催するなど取り組みを進めています。

こうした世界的に広がりを見せる再生農業は、不耕起技術の採用などによって空気中の炭素を土壌中に埋め戻すことができるため、炭素貯留という側面からは環境再生に貢献していると言えますが、必ずしもオーガニックではなく、殺虫剤や除草剤などを採用している場合があります。

一方、パタゴニアが取り組みを発表したリジェネラティブ・オーガニックは有機認証(USDAオーガニック)を取得したうえで、省耕起栽培や不耕起栽培、被覆作物の利用、輪作といったリジェネラティブな手法を採用しています。また、リジェネラティブ・オーガニックは第三者機関であるリジェネラティブ・オーガニック・アライアンスから世界最高水準の包括的な有機認証を取得することで、土壌や動物、生産者や地球環境に対する健全性を保証しています。

リジェネラティブ・オーガニック農業の普及によって農業が「問題」から「解決策」へ生まれ変わるために、行政による支援や農業者間の連携と並んで欠かせないのは、消費者による購買を通した支援です。持続可能を超え、再生可能な農業によって生産された農産物を買い求め、消費を通じた農家への支持を表明することでリジェネラティブ・オーガニックは世界各地に拡大していきます。そして、そうした消費者による支援は、それぞれの商品への適切な認証制度と管理なしには成立し得ないもの。今回のパタゴニアが支援する新たなRO認証は未来のエシカルな食におけるスタンダードのひとつとなるか、今後の動きに注目が集まります。

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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