2021年11月15日

肉税騒動で揺れるイギリス 国境炭素税の導入はあり得るのか

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「肉税騒動で揺れるイギリス 国境炭素税の導入はあり得るのか」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

英国開催のCOP26
食の分野ではメタンが話題に

2021年1031日から、英国グラスゴーで開催されているCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)。日本のメディアでもCOP26の話題を目にすることが多くなりました。

COPは国連気候変動枠組条約の締約国が参加する年に一度の国際会議です。今回のエシカルフードニュースでは、今回のCOP開催国であるイギリスでの話題を取り上げたいのですが、本題の前に少しだけCOP26での農業関係の話題も整理してみたいと思います。

農業分野からどれだけの温室効果ガスが排出されているかについてはデータ元や国によってバラつきがありますが、地球全体でみると排出量全体の20%25%が農業分野に関係する産業からの排出であることが通説となりつつあります。

COP26では、Nature and Land-Use Dayとして設定された116日に農業分野での温室効果ガスの排出対策を議論。同日中にはイギリスが主導する形で、日本やアメリカを含む45カ国による共同声明を発表。自然環境の保護と持続可能な農業への移行に向けて各国が行動と投資を早急に進めることが合意されました。

また、今月2日にはアメリカとアラブ首長国連邦(UAE)の主導で「気候変動に対応する農業イノベーションミッション」、通称「AIM4C」も発足。このAIM4Cは、気候変動に対応できるスマート農業への投資を加速させるための枠組みで、日本を含む31の国と48の民間団体が資金拠出のパートナーとして参加しています。

こうした農業イノベーションへの投資以外の分野では、今月2日、アメリカとEUが共同で呼びかける形で、温室効果ガスのメタンを2030年までに2020年比で30%削減するための国際枠組みが発足。日本を含む97の国と地域がこの枠組みに参加しました。

メタンは牛の体内での消化過程や水田の土壌から発生することで知られ、今回のメタン排出抑制の国際枠組みの行方は農業や畜産業にも大きく関係してきます。事実、筆者が確認した限りで言うと、この国際枠組み発足と代替肉の動向などをセットで取り上げるテレビのニュース番組も多く見られ、メタン抑制への注目と同時に代替肉への関心も高まるかもしれません。

ついにイギリスも検討か
肉税騒動の経緯

さて、ここからが今回の本題です。

農業イノベーションへの投資やメタン抑制についての国際枠組みがCOPで発足した一方で、今回のCOP開催国であるイギリスではCOPと並行して食料政策で非常に大きな動きがありました。

その大きな動きとは、イギリス政府がついに肉類への特別な課税、いわゆる「肉税」を導入する方向で検討に入ったというもの。英紙テレグラフが報じた内容によると、英政府で農業政策を所管するユースティス大臣は1029日のテレグラフとのインタビューのなかで、温室効果ガスの排出量が多い肉類などの食品に対して、2027年以降を目処に新たな課税措置を設ける方向で検討していると発言し、英国内で大きな反響を呼びました。

実は、このユースティス大臣の発言の1週間ほど前にも、「肉税」の導入検討を示唆する政府の報告書がインターネット上で一時的に公開され、数時間で削除されたことが大きな話題となっていました。そうした背景もあって、ついに閣僚から「肉税支持」とも取れる発言が飛び出したことに注目が集まりました。

しかし、テレグラフとのインタビューから約1週間後の10月7日、今度はBBCとのインタビューのなかでユースティス大臣は、「国内での肉税の導入は選択肢にない」と一転して肉税導入の可能性を否定。その一方で、外国産の環境負荷の度合いが高い輸入肉類については、国境炭素税の導入によって課税を行うことを検討していることを明らかにしました。

COP26のお膝元であるイギリスで起きた肉税をめぐる一連の騒動ですが、その詳細を確認してみると、なかなか興味深いことも見えてきます。以下、もう少しだけこのイギリスでの肉税騒動を掘り下げてみたいと思います。なお、肉税については以前の本連載記事もぜひご覧ください。

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課題の多い肉税
消費者型か、生産者型か

公開から数時間で削除されてしまったイギリス政府の"肉税検討文書"ですが、その内容を報じたテレグラフによると、検討されている肉税のあり方には様々なオプションがあり、そのなかには肉類の生産者を課税対象とする選択肢も含まれていたと伝えられています。

この生産者を対象とする肉税というのは、これまでにない画期的な議論と言えます。というのも、以前に本連載記事ではお伝えしたように、肉税導入の議論が進んでいるドイツでは、肉類についてVAT(日本の消費税に相当)の軽減税率を適用しないことで実質的な肉類への課税を行う方針で議論が進んでいます。

つまり、このドイツの場合は肉類を購入する消費者が税を負担することが想定されているわけですが、ここで問題になるのが低所得者層の負担の増大です。

消費税など、所得に関わらず一定の税率が適用される課税類型は、低所得者ほど税の負担割合が大きくなる「逆進性」と呼ばれる性質を持つことが知られています。特に、肉類は生活必需品であるだけに、消費者負担型の肉税ではこの逆進性の問題が極めて深刻になる可能性があります。

この消費者負担型に代わる次の選択肢として考えられるのが、イギリス政府が検討していた生産者負担型の肉税です。しかし、この生産者負担型にも大きな問題点があります。それが輸入品の扱いです。

肉税に代わる選択肢か
国境炭素税とは何か

肉税を、消費者ではなく生産者に課税すると仮定すると、輸入される肉類の商品には課税することができません。そうすると、肉税が課税されない外国で生産された安い肉類の消費が拡大し、国内生産者が市場で不利になることはもちろん、肉類の消費抑制という本来の政策目的も達成できません。

そこでユースティス大臣が検討していると明かした選択肢が、輸入される肉類への「国境炭素税」の適用だったわけです。これは一体どういうことなのでしょうか?

英紙ガーディアンの報道によると、環境負荷が高い外国産の肉類に対して輸入時に炭素税をかけ、国内市場において環境負荷の少ない国産商品の競争力を高めるというのが、国境炭素税の導入についてイギリスが意図することのようです。つまり、この制度の特徴は、イギリス国内では今後、研究開発や技術革新によって畜産業からの温室効果ガス排出量が削減できることを前提としている点にあります。

また、こうした相対的に環境負荷の高い輸入品への特別な課税措置は、電力などを対象にEUが2026年から実施する計画案をすでに発表しています。

もちろん、この国境炭素税も導入に向けての課題は大きく、自由貿易を原則とするWTO(世界貿易機関)のルールとの整合性が問題となる可能性が指摘されています。ですが、国内で一律に肉税を課税するよりも、国内の畜産業の環境負荷を少なくするためのイノベーションを促進するための前提になり得るという意味では、国境炭素税のメリットは大きそうです。

COP26で発足したメタン排出抑制の枠組みの動向も踏まえて、畜産業による環境負荷を軽減するために各国がどのような政策を打ち出すのか。今後の動向に注目です。

2021年1110日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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