2021年10月 3日

国連食料システムサミット開催も、顕在化する対立の行方

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「国連食料システムサミット開催も、顕在化する対立の行方」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

People's Summitを掲げた
国連食料システムサミット

毎年9月はアメリカ・ニューヨークで国連総会が開催される時期ですが、今年はこの国連総会にあわせてもう1つ、注目の会合が開かれていたことはご存知でしょうか。

国連は、923日に国連食料システムサミット(通称UNFSS)を初開催しました。当初は各国首脳らがニューヨークで一同に会する予定でしたが、コロナ禍の状況変化もあって、その後オンライン方式に変更。日本からも菅首相がビデオメッセージを出す形で出席しました

日本ではほとんど話題になっていないことが残念なこのサミットですが、食料の生産から消費までの食料システムの変革によるSDGsの達成を目指すという非常に画期的なイベントでした。

このサミットは「People's Summit」("人々"のサミット)の理念を掲げ、大きく分けて5つのテーマが議論されました。

農林水産省の資料を参考に、5つのテーマを順番に挙げていくと「質・量 両面にわたる食料安全保障」、「食料消費の持続可能性」、「環境に調和した農業の推進」、「農村地域の収入確保」、「食料システムの強靭化」となっています。

どれも重要な話題で一つ一つ取り上げたい気持ちは山々ですが、「エシカルはおいしい‼︎」編集部が特に着目するテーマは「食料消費の持続可能性」です。ここでは、この連載でもたびたび議論している肉類消費の環境負荷が重要なトピックとして挙げられており、いよいよ肉の消費のあり方が国連の場でも議論される時代になりつつあることが分かります。

日本もこの食料システムサミットの開催にあわせて、今年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定。農業関係者などの間では、ここでの目標があまりに現実と乖離していることなどが批判されていますが、来年にはこの戦略の実施のための新たな法律も制定される見込みとなり、いよいよ日本でも食料システムの変革が本格的に議論されることになりそうです。

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初の食料システムサミット
その裏側で何が

今回のサミットは食料システムを世界的に変革していくためのキックオフ的な位置付けに過ぎませんが、実際にこれから各国がどのような取り組みを進めていくのか注目が集まっています。

食料システムサミットをきっかけに各国の食料システムがどのように変化していくのか。その行方が注目される一方、「People's Summit」の理念を掲げていたサミットそのものが一部の大企業や利益団体に牛耳られていたのではないか? そんな疑惑を報じるメディアもありました。

その一つが、環境保護団体・グリーンピースによるリークを報じた英紙ガーディアンです。

今回のサミットでは、「クラスタ」といわれる専門家で組織されたワーキンググループで、テーマごとに議論の方針などが事前に決められていきました。

しかし、「クラスタ」主要メンバーである大企業や利益団体が中心となって事前準備を進めたことで、サミットで議論された方針そのものが「People's Summit」の理念から乖離したものになっていると、NGOや人権団体からの批判が集まっています。

では、具体的にどのように大企業などがサミットに関与していたのでしょうか。一例として「持続可能な畜産」クラスタでの議論をもとに見ていきましょう。

英紙ガーディアンによると、「持続可能な畜産」クラスタでの議論は今年6月初旬からスタート。このクラスタのメンバーは国際鶏卵委員会をはじめ、畜産業に関する国際的な利益団体が中心でした。

そして、615日時点での最初の報告書では「集約的な畜産システムの向上」が、資源節約の観点で持続可能性に寄与するという旨の方針で議論が進んでいたとされています。しかし、これは肉類や鶏卵など畜産物の消費の削減や、動物の飼育環境への配慮が重要という昨今の世界的な論調からはかけ離れた内容です。

その後、サミット事務局側が環境保護派の学者メンバーなどをこのクラスタに追加。すると、クラスタのオリジナルメンバーらは、新たに加わった学者らが「イデオロギー的な反畜産の立場」をとっているとして事務局に抗議します。

さらに626日には、「共通の目標がクラスタ内で共有されなければならない」とした上で、複数のオリジナルメンバーがクラスタからの脱退を警告する文書を事務局に送付。結果的にクラスタからの脱退は起きませんでしたが、最終的にクラスタから発表された報告書では畜産物の消費削減への言及は限定的な扱いとなり、生産性向上の重要性が強調されました。

「People's Summit」と銘打つ会合の裏側でこうした強引な議論が行われていたことは注目すべき問題であることは間違いありません。「Food Systems 4 People」と名付けられたサイトでは、食料システムサミットのあり方に抗議する署名が呼びかけられ、現時点で600以上の団体や個人からの署名が集まっています。

ですが、「どう持続可能な食料システムを作るのか?」という方法論において、畜産業の業界団体が主張する、「集約型の生産で生産性を高めることこそが資源の節約として有効」という点にも説得力があることは事実です。たとえ、その主張に畜産業界の既得権益を守るという目的が含まれていたとしても、今後の議論でその存在感は無視できません。

持続可能な食料システムを作るためのアプローチとして、有機農業のような方法をとるべきか、もしくは生産性の向上を目指すべきなのか。図らずも、今回のサミットをめぐる"いざこざ"を通して、今後の世界的な議論の的になる問題が浮き彫りになったと言えるかもしれません。

次回もこの問題について、もう少し深掘りしながら考えていきます。

2021年929日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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