2021年10月18日

アメリカとEU 世界の食料システムの主導権を握るのは?

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「アメリカとEU 食料システムの主導権を握るのは?」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

見直しか、現状維持か
食料システムの今後をめぐる対立

前回の記事では、20219月に初開催された国連食料システムサミット(UNFSS)について、その概要をお伝えしました

このサミットは世界の食料システム(生産から消費までの全ての段階)を持続可能なものに変革すべく、世界各国の政府関係者や関係団体などがオンラインで会したイベントでした。しかし、そのなかでは食料システムの大胆な転換に反対する利益団体などが強引とも捉えられる議論を展開していたことも明らかになっています。

この議論の内幕に関する問題は前回の記事で詳報しましたが、そこでの対立軸を簡単に振り返ると、問題は集約型の生産で生産性を高めることこそが、資源の節約として有効」という意見をどう捉えるか、という点にありました。

一般に持続可能な食料システムというと、化学肥料や農薬を極力使用しない有機農業や、家畜動物への負担を減らしたアニマル・ウェルフェア(動物福祉)を重視した畜産業がイメージされます。ただ、この方法論には生産性の低下という課題が指摘されており、畜産業界の利益団体などはこの点を突いて、集約型の畜産業を維持しようと試みています。

もちろん、こうした利益団体の主張の背景には既得権益の確保という思惑がありますので、その点は割り引いて考える必要はありますが、その主張にある程度の説得力があることもまた事実です。

つまり、先の食料システムサミットで明らかになった対立軸とは、食料システムのあり方を「抜本的に移行(transition)させる」のか、あるいは「現状を維持しながら生産性のさらなる向上によって持続可能性を高めていく」のか、この二項対立にあったと整理することができそうです。

さらに着目すべきは、この対立がサミット関係者の間だけではなく、国と国の間でも農業政策のあり方をめぐって顕在化し始めていることです。

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アメリカ型とEU
世界を巻き込む対立の行方は

食料システムのあり方をめぐり対立し始めているのが、EUとアメリカです。もう少し正確に言うのであれば、「持続可能な食料システムの実現」というゴールは共有しながらも、そのアプローチのあり方をめぐって方針の相違が明らかになりつつあります。

この連載でもたびたび取り上げているように、EUはファーム・トゥ・フォーク戦略(通称 F2F戦略)と呼ばれる食料政策で、有機農業の推進などを核とした食料システムの移行を目指しています。さらに、このEU型の食料システムの実現を貿易協定などによって他国にも求め、世界的な食料システムの移行でリーダーシップを発揮したい考えです。

こうしたEUのアプローチに対して、明確に異を唱え始めたのがアメリカです。国連食料システムサミット開催の1週間ほど前に、イタリア・フィレンツェでG20農業大臣会合が開かれましたが、これに前後して、米国のヴィルサック農務長官が「EUとゼロ・イミッション(温室効果ガス排出の実質ゼロ化)という目標は共有していながらも、アプローチは様々だ」とたびたび強調していたことが報じられています。

G20会合の後、米国有数の穀倉地帯であるカンザス州での農業関係者の会議にヴィルサック長官は出席。ここでのスピーチでは、「重要かつ必要なことは、EUのアプローチに対する代替案を米国が表明し、これに共鳴する国々と連携していくことだ」とコメントしています。

ここでいう「代替案」の要素として、ヴィルサック長官は「自主的である」(voluntary)、「市場のニーズに対応できる」(market-based)、「科学的な根拠に基づく」(science-driven) の3つを挙げています。

EUのF2F戦略は、有機農業の達成目標を政策的に決定していますが、農産物への需要に対応できるだけの生産性が維持できるかは不透明で、かつ、ゲノム編集技術などの生産性を高めるための科学技術の導入には慎重です。

米国としてはこうしたEUの方針とは異なる要素を重視する姿勢を掲げ、アメリカ型のアプローチを推進したいわけですが、この方針の背景にあると考えられるのが、EU型のアプローチに基づく食料システムのルール形成が世界的に進むことへの警戒感です。

米国が得意とする農薬や遺伝子組換え技術の利用に加えて、集約的畜産などの慣行農法を維持しながらもゼロ・イミッションは達成可能と示すことで、米国産農産物の国際的な競争力の低下を防ぎたい思惑があると見られます。さらに、ヴィルサック長官はG20会合で複数の国の閣僚とこうした方針の重要性を確認したともコメントしています。

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米国がEU型アプローチに反発を見せている一方、EU内部でもF2F戦略への支持は盤石とは言えません。この連載でも以前ご紹介したように、F2F戦略による有機農業の推進には生産性の観点で根強い反発があります

農業の生産性低下は食料安全保障に関わる重大な問題です。EUとしては食品ロスの改善などによってこれを乗り切りたい考えですが、先月23日には、欧州委員会で農業政策を所管するヴォイチェホフスキ委員が包括的なF2F戦略の影響評価を実施することに言及しました

高コストながら環境に配慮した農業を域内で定着させたいEUは、安価な輸入農産物の流入を防ぐためにも貿易相手国にEUと同レベルの生産水準を求めたい考えです。しかし、それを阻止したい思惑を米国が持っている以上、食料システムのあり方をめぐるアメリカ・EUによる陣取り争いが今後加速するのか、今後の動向が注目されます。

2021年1013日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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