2021年4月25日

EUは絶てるのか?貿易による森林破壊への関与

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「EUは絶てるのか?貿易による森林破壊への関与」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

貿易と森林破壊の関係性は?
最新報告を読み解く

先週水曜(414日)、世界最大の自然環境保護NGOWWFが、世界各地で進む森林破壊の現状について興味深いレポートを発表しました

このレポートは、貿易を通じた各国の森林破壊への関与の実態を数値化。森林破壊された地域で生産された農畜産物などの輸入によって、各国貿易が森林破壊にどれほど関与しているかを示しています。

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出典:Politico

このグラフは、WWFの発表をもとに政治ニュース専門メディア・ポリティコが作成したもの。各国が貿易により、どのくらい森林を破壊しているかという、いわば森林破壊への"貢献度"を示しています。2017年時点では、中国が最も高く24%、次いでEU16%。さらにその後をインド(9%)、米国(7%)、日本(5%)が続いており、この5カ国だけで全体の61%を占めます。

この内容に特に関心を寄せているのが、環境保護への関心が高いヨーロッパです。貿易に関わる森林破壊の16%で原因となっていることが試算されたEUですが、EU27カ国から構成されており、その構成国ごとでも森林破壊への関連度合いは様々です。

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出典:Politico

この表は先ほどと同じく、ポリティコがWWFの発表を踏まえて作成した、2017年時点の森林破壊の実態。EU各国が、貿易によりどれだけ森林破壊したかをヘクタール単位で表しています。これによると、最も森林破壊との結び付きが強い貿易を行なっているのは、域内最大の人口を抱えるドイツ。その後にイタリア、スペインが続いています(このデータは英のEU離脱前のため、英を含む)。

EUは、アマゾンの森林破壊が進行するブラジルから大豆や牛肉をはじめ多くの農畜産物を輸入しています。このWWFレポートでは、品目別の森林破壊との関連度合いも示されており、大豆はその影響がとりわけ大きいことも指摘されています。

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出典:Politico

これまで本連載では何度もお伝えしてきたように、EUは環境意識が高く、食料生産の環境負荷への関心も非常に高い国です。EUが昨年発表した新しい食料政策「ファーム・トゥ・フォーク戦略」では、「公正で健康的な環境に配慮したフードシステム」の構築を目指すことが明言されました。

しかし、その目標達成には今回のWWFレポートで明らかとなった森林破壊の問題をはじめ、難題が山積しています。さらに、その対処の方向性をめぐってEU加盟国のなかでも意見の衝突が起きる事態となっています。この象徴的な問題が、EUと南米諸国間での貿易協定の問題です。

アマゾン森林破壊への対策
EUは団結できるのか?

EUでは昨今、メルコスール(南米共同市場:アルゼンチン、ブラジルなどが加盟)との自由貿易協定(FTA)締結をめぐる問題に注目が集まっています。

メルコスールはアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイの南米4カ国が加盟する貿易圏で、域内人口は約27000万人。EUとメルコスールは20年以上にわたって自由貿易協定締結に向けた交渉を続け、20196月にようやく政治的合意に達しました。

この協定発効にはEU、メルコスール共に加盟各国の議会等での批准が必要となります。しかし、長年の交渉の末に結んだ合意であるにも関わらずEU加盟国での批准作業は難航しています。

その大きな要因の一つとなっているのが、ブラジルで進むアマゾン森林破壊への懸念です。ブラジルでは20191月に大統領に就任したボルソナーロ大統領のもとで森林破壊が悪化の一途を辿っていると指摘されています。

あるフランス政府関係者は、仮にメルコスールとのFTAが発効した場合、牛肉の対EU輸出が活発になることでアマゾンでの森林破壊が25%増加すると試算。環境問題に拍車をかけるFTAには各国で根強い反対の声があります。

余談ではありますが、このFTAに期待を寄せているのが産業界、とりわけ自動車産業です。自動車産業が盛んなドイツでは、貿易協定による関税引き下げで輸出が促進されることに期待の声が上がっており、ドイツ・メルケル首相も当初はこのメルスコールFTAに期待感を示していました。しかし、日々深刻化するアマゾンの森林破壊を前にメルケル首相も昨年夏には態度を硬化させるなど、ドイツの国内議論の行方は定まっていません。

食料の話に戻しましょう。メルコスールとのFTAをめぐるEU内での意見の対立は加盟国国内だけでなく、加盟国間でも顕在化しています。

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フランスはFTAの合意直後から環境問題を理由に批准へ否定的な態度を見せており、今年1月にはマクロン大統領が自身のツイッターで「森林破壊につながるブラジル産大豆に依存せず、欧州での大豆栽培の可能性を探るべき」という旨の発言を投稿。これにブラジルの副大統領が公式に反論する事態にまでなりました

この問題を解説したポリティコは記事の中で「フランスの強い反対の背景には、国内農家の保護という農業国ならではの事情もある」と指摘。フランスは大統領選挙を来年に控えており、国内の政治事情が貿易問題にも影響していると思われます。

否定的な態度をとるフランスに対して、スペイン、イタリアなど9カ国(チェコ共和国、デンマーク、エストニア、スペイン、フィンランド、イタリア、ラトビア、ポルトガル、スウェーデン)は、新たな環境保護条項を取り決めた上での早期のFTA発効を求めており、EU行政をつかさどる欧州委員会への働きかけを強めています。

早期発効を求める国々は「FTA発効を遅らせることは、環境保護意識の低い国々とブラジルとの貿易を拡大させ、森林破壊を悪化させるだけだ」と主張。事実、ブラジルでは対中国の牛肉輸出が増加しており、フランスと発効推進派の対立は鮮明になっています。

以前の記事でもお伝えしたように、持続可能なフードシステムの構築はEUにとって大きな政治目標ですが、その推進にあたっては各国で調整が難航しているのが現実です。

メルスコールFTA問題の他にも、農薬問題畜産物の代替製品の表記問題など、持続可能なフードシステムに向けて課題は山積しています。野心的な政策目標を掲げるEUが足元の課題にどう対処して、歩みを進めていくのか。今後の動向にも注目が集まります。

2021年421日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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