
皆さんは「ネオニコチノイド」という言葉を聞いたことがありまか?ネオニコチノイドとは殺虫剤の成分のこと。この成分を使った農薬は通称「ネオニコチノイド系農薬」と呼ばれ、日本を含め世界各地で広く使用されています。日本で農薬問題というと、除草剤のラウンドアップの問題が有名ですが、いまヨーロッパではネオニコチノイド系農薬の問題が大きな議論を呼んでいます。今回はそんなネオニコチノイド問題について、ヨーロッパのエシカル事情に詳しい小林先生にお話を伺います。
【聞き手:市村 敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】
ミツバチの減少と関係あり?
ネオニコチノイド系農薬とは何か
ーー小林先生、最初に、ネオニコチノイド系農薬とはいったいどのようなものですか? 中学生に話すつもりで教えてください。
小林先生(以下、敬称略):いきなりハードルが高いですね。できるかな(笑)。
まず、農薬にはいくつか種類があります。なかでも、ネオニコチノイド系農薬(以下、ネオニコ系農薬)は「神経系」に作用する農薬というグループに属すものです。
神経系に作用する農薬とは、神経の伝達を阻害することで昆虫を殺すという仕組みのもので、簡単に言うと、神経を機能させないようにして昆虫を殺すということです。植物にとって危険なウィルスは虫が媒介することによって広まりますので、昆虫を殺せば植物をウィルスから守ることができるというわけです。
ーーなるほど、昆虫の神経を阻害して殺すタイプの殺虫剤なんですね。神経系に作用する農薬の中でも、ネオニコ系農薬の毒性は強いのでしょうか?
小林:ネオニコ系農薬が開発される以前は、人間への毒性も非常に強い農薬があったんです。その中で「安全な農薬を開発しよう」と研究が進められ、ネオニコチノイドという物質が開発されました。そして、その分子の一群を含んだネオニコ系農薬が1990年代から世界中で使用されるようになりました。
ネオニコ系農薬は種子にコーティングすれば、根から植物全体に浸透する性質があり、葉の表面に散布する他の農薬と比べて便利です。製造が比較的簡単なことも特徴として挙げられていますね。
ーーつまり、ネオニコ系農薬が開発されたきっかけは「より安全な農薬」を求めてのことだった、と。
小林:そうですね。なので、人間を含め哺乳類への影響はないとされてきました。昆虫と人間では体の作りが違うように、神経細胞の作りも違いますからね。
ただ、「実際には哺乳類への影響があるんじゃないか」という研究結果が出始め、特に赤ちゃんの健康への影響を指摘する研究が2000年代にかけて出てきました。人体への影響についてはいまだに科学的に決着がついておらず、個人的には「人間への影響があるとは言えない段階」だと思っています。もちろん「影響がない」とも言えません。
むしろ、より強く心配されているのが、生態系への影響。とりわけ、ミツバチの数の減少との因果関係です。
ーーミツバチですか。
小林:そう。ミツバチが減っていることが大きな問題となっています。
ネオニコ系農薬はナタネの栽培などでよく用いられており、ナタネの主要生産国であるフランスなどでは、2000年頃から蜂の群れが大幅に減っていることが養蜂家から報告され始めました。ヨーロッパでは、この現象が社会的にも大きな関心を集め、ドキュメンタリー作品なども作られるようになったんです。
ミツバチの数が減ってしまうと、植物の受粉に支障をきたします。ミツバチの数の減少は農業にとって深刻な問題なのです。
「疑わしきは使わず」
予防原則はEUの規制キーワード
ーーネオニコ系農薬の使用とミツバチの減少との因果関係は科学的に明らかにされているのでしょうか?
小林:それが非常に難しい問題でして、人体への影響と同様に、いまだに議論が割れている状態です。科学的にみて、ミツバチの減少とネオニコ系農薬の使用が関連しているという研究もある一方で、ミツバチの減少は地球環境の大きな変動が原因という研究もあります。
ネオニコ系農薬のミツバチへの影響について、科学的には結論が出ていないですが、EUではすでにネオニコ系農薬の使用を規制する流れになっています。EUには「予防原則」という環境保全の柱になる考え方があり、これは「疑わしいものはとりあえず使わない」という原則なんです。
この予防原則をもとに、EUは2013年にナタネなどの特定の作物についてネオニコ系農薬の使用を禁止します。科学的に因果関係が確実とはいえなくても規制する。これがアメリカや日本とは大きく異なる、EUの特徴的な考え方といえるでしょう。
ーーネオニコ系農薬を使えなくなると農家にとっては大きなダメージでしょうし、確かにそういう思い切った判断は日本では出来なさそうですね。
小林:EUはその後、花が咲かない作物であっても原則として屋外でネオニコ系農薬の使用を禁止する方針を2018年に打ち出して、さらに規制を厳しくしています。
当然、農家はこの規制強化に激しく反発しました。実際、イギリスではウィルス病の流行で昨年のビート(てん菜、砂糖の原料となる)の収量が非常に落ち込んだ結果、今年1月に政府が緊急措置としてネオニコ系農薬の使用規制を緩和すると発表しましたね。
このように何か緊急事態が生じた場合に規制緩和をするというのは、EU時代に決まった枠組みだったんですが、ちょうど今年1月に正式にEUから離脱したイギリスでは、EU時代の枠組みを踏襲することに反対する声や、あくまでも生態系保全を重視するべきという声が多く上がりました。
ーーなんと。ブリクジットの影響が思いがけないところに。
小林:そうなんですよ。今年の春が比較的気温が低い状態で推移しそうで、害虫の発生の心配が少ないだろうということもあり、結果的に政府は規制緩和を撤回したと聞いています。ただ、これが本当に気候的な見地からの判断なのか、はたまた、世論に押された結果なのかははっきりしませんね。
ーーしかし、そもそも、なぜヨーロッパは農業における環境や生態系への影響にここまで敏感なのでしょうか? 3月下旬公開予定の後編では、EUへの環境保護に対する意識の高さと、その背景を小林先生に伺います。
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