2020年10月27日

EUに衝撃「代替乳はどう売ればいいのか?」

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「EUに衝撃 代替乳はどう売ればいいのか?」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

代替食品の表示規制
EUはついに採決を実施!

本連載では、「代替食品の表示規制 岐路に立つEU」で、「バーガー」や「ソーセージ」、あるいは「ヨーグルト」や「バター」など、肉類や乳製品の表記や名称のパッケージでの使用を、代替肉や代替乳製品に対して禁止する規制の改正が審議されているEUでの動向をお伝えしました。

また、「ブレグジットで揺れる 英国・食のエシカル」と題した前回記事では、ブレグジットに伴い各国との通商協定交渉が進む英国における、輸入食品の生産基準規制を求める農業界と、自由貿易を推進したい政府との間の攻防戦の様子をリポート。EU、イギリスは、ともに食については高いエシカル観を持ち、今後の世界的な「エシカルな食」の拡大では中心的な役割を担うことが期待されるだけに、エシカルの本場での混乱には大きな注目が集まっています。

そして、先週とうとうEUの議会にあたる欧州議会で表示規制案の採決が実施されました。その結果に、代替食品関係者の間では衝撃が走っています。

代替肉:ソーセージ、ステーキ、バーガーなどの表記はOK

欧州議会は代替肉や代替乳製品への表記規制を含む、一連の農産物市場政策の改正案について、現地時間20201023日金曜日に採決を実施

まず、代替肉の表示規制については、「『ソーセージ』、『ステーキ』、『バーガー』など、現在食肉製品に使用されている名称は、畜肉を含む製品にのみ使用が認められる」などを趣旨とした、改正案165号が、賛成289票、反対379票、棄権27票で、否決。よって、今後も「ヴェジバーガー」のような表記で代替肉を販売することが、ひとまずは可能となった形です。

代替乳:ヨーグルト、チーズ、バターなどに関係するあらゆる表記がNGに

しかし、「直接か間接かを問わず、あらゆる牛乳および乳製品に関する商業的な表記」を代替乳製品に使用することを禁止する、改正案171号は、賛成386票、反対290票、棄権16票で、承認という結果に。これにより、代替乳製品の商品名などに「ヨーグルト」や「チーズ」、「バター」などの乳製品に関連する名称の使用を禁止した2017年の欧州司法裁の判決に基づく規制に加えて、パッケージでの乳製品を想起させるイラストの使用や、「ヨーグルト・スタイル」などの間接的な名称使用も禁止になるものと見られます。

さらに、規制の解釈次第によっては、「牛乳使用の従来バターに比べて、CO2排出量が半分」など、マーケティングの文言で乳製品に言及することも規制対象となるのではとも懸念されています。

2017年の欧州司法裁の判決では、例外として、ココナッツミルク、ピーナッツバター、アーモンドミルクについては、長年使用されてきた事情を勘案して、ミルクやバターの表記使用を認めているものの、今回承認された改正案は当該判示に基づく規制を大幅に拡大するもので、今後、閣僚級で構成される理事会で議会の決定が承認され、正式に規制成立となれば、代替乳業界への影響は計り知れません。

この結果を受け、欧州乳業協会はツイッター上で、投票結果を歓迎する旨のコメントを発表。一方、この改正案の否決に向けて働きかけを行ってきた代替食品メーカーや消費者団体などの間には、失望感が広がっています。

EU最大の消費者団体である欧州消費者機関(BEUC)は、欧州議会が"不要な表示規制"を承認したことについて、「大変遺憾」とする声明を発表。今回の改正案は、消費者保護を謳い、乳業メーカーの権益保護を図っているとした上で、今後、理事会に対して議会の決定を承認しないようロビー活動を展開していくとしています。

乳業メーカーの"論理"
「環境保護」の説得力は?

代替乳の表示規制については、乳業メーカーや酪農家などが「消費者の混同防止」を掲げ、規制強化を推進する一方、本音の部分では代替乳製品の台頭への危機感があることは明らかです。

米国での調査によると、米国内では国内市販乳市場の14%を代替乳が占め、今年に入り、大手乳業メーカー2社が相次いで倒産。すでに、代替乳は既存の牛乳や乳製品を脅かす存在へと成長しています。

BEUCをはじめ代替乳推進派は、実際に消費者が代替乳の表記によって牛乳などと混同を起こす可能性は低く、逆に全く新しい表記を代替乳につけることはかえって消費者を混乱させると、規制推進派の主張に一貫して反発。さらに、米国・カリフォルニア州では、ヴィーガンチーズ・メーカーが販売する商品の、「Butter」表記の変更を州政府が求めたのに対し、裁判所が、「経験的な観点から説得力に欠ける」として州側の主張を退けた判例も出ており、規制推進派の論理には若干"無理がある"感も否めません。

こうした代替乳をめぐる推進派と規制推進派の対立とは別に、今回の規制案承認で注目されるのが、EU自身の政策との整合性です。EUは現在、2050年までに温室効果ガス排出の実質ゼロを目指す「欧州グリーンディール」を目玉政策に掲げ、コロナ禍からの「グリーン・リカバリー」を提唱するなど、国際的な環境保護政策の潮流を牽引しています。そうしたなかで、今年5月には持続可能なフードシステムの構築を目指す、新たな食料政策「ファーム・トゥ・フォーク戦略」、通称F2F戦略を大々的に発表します。

このF2F戦略では、家畜由来の温室効果ガスの削減のために、代替肉や代替乳の積極的な活用を重要な政策目標の1つに掲げていますが、今回の代替乳への規制強化はこうした政策とは逆行するものと捉えられかねません。

代替食品の推進だけでなく、F2F戦略で同じく重要な政策目標とされる家畜飼料の大豆への依存脱却なども含め、フードシステムの構造転換には既得権益との利害調整が不可欠です。今後、同様の事例に直面した際、どのようにEUは対応し、持続可能なフードシステムの実現を目指すのか。今回の代替乳規制への対応はその試金石ともなるでしょう。

エシカルな食の推進に向けて野心的な動きを見せてきたEUが直面した代替乳の表示規制問題。議会が規制強化を承認したいま、行政執行を担うEU政府や、代替乳メーカーは極めて難しい局面に立たされています。

2020年1026日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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