エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「プラントベースを牽引する代替乳 人気のオートミルク最新事情」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。
米国では市場の15%を占める存在に
プラントベースミルクの台頭
前回、本連載では先月発表された代替タンパク質に関する注目のレポート「Food for Thought: The Protein Transformation」の内容について取り上げました。
このレポートで披露されていた分析のなかでも、今後最も成長することが見込める代替タンパク質の分野が代替乳製品であるという予測は、代替肉が注目されている昨今の日本でのトレンドからすると意外なものだったかもしれません。
しかし、欧米などでは植物ベースのプラントベースミルクが近年大きくその市場シェアを伸ばしています。Plant Based Foods Associationの調査によると、米国の飲用乳市場全体に占めるプラントベースミルクの割合は、2019年には13.9%、さらに2020年には15.2%まで伸びたのです。
また、マーケット調査会社のMintelの調査を引用した米メディア・Food Diveによると、米国では成人の約40%がプラントベースミルクなどの代替乳を日常的に摂取する家庭で生活しているとも言われています。
こうしたプラントベースミルクなどの代替乳の台頭の背景として指摘されるのが、コロナ禍による健康意識の高まりです。
先の調査を実施したMintelのアナリストは、Food Diveに対して、「プラントベースミルクの消費者のうち39%は、プラントベースミルクが牛乳に比べて健康に良いと感じて購入している」とコメント。実際にはタンパク質含有量などの観点では牛乳の方が優れているという研究結果もあるものの、健康意識の高まりがプラントベースミルクにとって追い風となることは間違いないようです。
しかし、ひとくちに「プラントベースミルク」と言っても、その原料には様々な種類があります。日本で最も一般的なものといえば、大豆を使った豆乳ですが、他にもアーモンドやココナッツなど、色々な種類があり、欧米でいま最も注目を集めているのがオート(オーツ麦)です。
スターバックスで売り切れ続出
オートミルク大手 Oatlyとは?
欧米のオートミルクブームを牽引しているのが、スウェーデンのメーカー・Oatlyです。
Oatlyのオートミルクはプラントベースでありながら濃厚でクリーミーな味わいに定評があり、同社は近年世界規模で市場シェアを急速に拡大しています。今年2月には、米国での新規株式上場(IPO)を計画していることが報道され、米メディアによると、その時価総額は5000億円以上にも上ると推定されています。
さらに、Oatlyの名が広まるきっかけとなったのが、米国アメフトリーグの優勝決定戦・スーパーボウルでした。スーパーボウルは米国だけで約1億人がテレビ中継を視聴する米国最大のスポーツイベントです。
Oatlyは今年2月のスーパーボウルのテレビ中継で、米国では初となるテレビCMを放映。その内容がネット上では大きな話題となりました。
この歌う男性は、OatlyのCEO トニー・ピーターソン氏。オーツ麦畑のなかでCEO自ら「It's like milk, but made for humans. Wow, wow, no cow.」と熱唱しています。
この歌詞は、「まるでミルクのようだ。でも、これは人類のために作られた。そう、牛ではないんだ!」という意味。この"脱力系演出"と歌詞の内容がSNS上では物議を醸し、大きな話題となりました。
こうして知名度を高めるOatlyですが、看板商品のオートミルクの人気も米国では飛躍的に高まっています。
このスーパーボウルでCMから約1ヶ月後の今年3月、大手コーヒーチェーンのスターバックスは、全米各地の店舗で、Oatly製のオートミルクを使用したメニューの提供を開始すると発表。オートミルク専用のアイスエスプレッソなどもメニューに追加され、スターバックスによると、これらの商品は通常メニューとして常時取り扱われるとのことです。
このスターバックスでのOatly製品の取り扱い開始は、大きな反響を呼ぶことになりました。
その結果、オートミルクへの高い需要に供給が追いつかず、オートミルクの在庫を切らすスターバックス店舗が続出。米メディアは、「想像以上の高い需要に一部店舗で在庫切れが発生している」とするスターバックス担当者のコメントを報じています。
Oatly側も米国内を中心に高まる需要に対応するため、大消費地ニューヨークに隣接するニュージャージー州に生産拠点を新たに設ける計画を進めるなど、供給体制を強化してきたい考えです。
乳業界と代替乳メーカー
高まる対立の行方
Oatlyをはじめ、プラントベースミルクが市場シェアを拡大する一方で、苦境に立たされているのが乳業メーカーです。
米国では2019年11月に、最大手のDean Foodsが連邦破産法11条の適用を申請。この背景について、米メディア・NBCは、消費者からの牛乳以外の乳製品への需要が高まったことを経営破綻の背景として指摘しており、プラントベースミルクをはじめ代替乳の高まる人気が乳業メーカーにとって大きな脅威となりつつあります。
こうしたなかで、乳業界や酪農家と代替乳メーカーとの間での対立も激しくなっています。
Oatlyは今年1月、自社イギリス部門の公式Twitterで「飛行機や自動車などの交通輸送と比べて、畜産業はより多くの二酸化炭素を排出している」という旨の広告文を投稿。これにイギリス国内の農家などが強く抗議する事態となりました。
英農業専門メディア・Farmers Weeklyは、英政府統計を引用しながら、英国での温室効果ガスに占める排出割合は、交通輸送が27%に対して、農業部門は10%程度であると主張。農家の間でも、消費者に誤解が広がることが強く懸念する声が上がりました。
また、乳業界と代替乳メーカーとの対立は、商品名などの表記の分野でも強まっています。
EU議会にあたる欧州議会は昨年10月、代替乳を使用した製品のパッケージや広告で「ミルク」や「チーズ」等の既存の乳製品に関係する表記を使用することを禁止する法案を可決。この背景には、酪農業界などによるロビー活動の影響も指摘されています。
さらに米国でも、各州で州法などによって代替乳の表記を規制する動きが広がっており、直近では全米で3番目に多い人口を抱える東部ニューヨーク州でも同様の州法が州議会で審議されています。
当然、代替乳メーカーはこうした規制に強く反発しており、特にOatlyは欧州議会を通過した規制について見直しを求める請願運動を主導するなど積極的な活動を展開しています。
今後、市場シェアが拡大することが予測され、現に欧米では人気が高まりつつあるプラントベースミルクですが、いかに既存の乳製品との共存を図っていけるのかという課題は、まだまだ解決の道のりが見えてきません。
2021年4月14日執筆
※本サイトに掲載の文章の部分的な引用を希望される場合は、サイト名・記事タイトル・著者を明記の上でご利用ください。また引用の範囲を超える文章の転載・写真の二次利用については編集部の許諾が必要です。