エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「気候変動サミットで『食』の環境対策は加速するのか」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。
気候変動サミットの開催
削減に向けた方法論は?
先月22日から、米国・バイデン大統領の主催で気候変動サミットがオンラインで開催されました。
このサミットには日本の菅首相や中国の習近平国家主席をはじめ、約40カ国の首脳が参加。日本では、菅首相が温室効果ガスを2030年までに2013年比で46%削減する目標を発表したことが大きな話題となりました。
日本だけでなく、各国もこのサミットにあわせて新たな温室効果ガス削減目標を発表。米国は2030年までに2005年比で50%〜52%削減するという、従来の目標値を2倍以上引き上げた削減目標を発表し、イギリスに至っては2035年までに1990年比78%の削減目標を新たに設定するなど、各国がこれまで以上に高い削減目標を掲げました。
ここで問題となるのが、いかにその目標を達成するかという方法論です。
当然、自動車をはじめ交通手段や火力発電などの見直しを進めることが重要であることは言うまでもありません。しかし、農業の分野でも環境対策のための見直しが迫られています。今回は特に、米国での農業分野の環境対策に注目してみたいと思います。
米国環境保護庁によると、2019年の米国での温室効果ガス排出源を産業別にみると、農業(畜産業含む)は約10%を占めるとされています。なお、全世界でみると、農業部門は全体排出量の25%を占めているというのが通説です。
農業部門からの温室効果ガス排出量をいかに削減していくか。今月開かれた気候変動サミットをきっかけに、米国ではこの議論に注目が集まっています。
バイデン大統領も直接言及
カーボンファーミングへの期待
農業部門の温室効果ガス排出削減の議論で、主なテーマとして取り上げられるのが、カーボンファーミングと、肉類の消費削減です。
まずは、カーボンファーミングについて。カーボンファーミングとは、以前本連載でも紹介しましたが、大気中の温室効果ガス量を抑制するための土壌有機炭素を活用するための農法のこと。例えば、光合成を行う植物で農地を覆うことなどによって、農地の土壌中により多くの土壌有機炭素を貯留し、大気中のCO2をはじめ温室効果ガスを減らすことを目指します。
日本のある研究によれば、地球全体の農地における土壌炭素量を0.4%増加させれば、大気中で1年間に増加している炭素量を相殺できるとも言われ、この土壌有機炭素は気候変動を食い止める大きな可能性を持ちます。
バイデン大統領も先日の気候変動サミットの冒頭、スピーチのなかで「農家の皆さんが最先端技術を活用することで、我々の土壌は炭素削減の新たな最前線になるだろう」と発言。土壌を活用した環境対策の可能性に期待感を示しました。
では、どうすればこの土壌中の炭素を増やすことができるのでしょうか?
土壌炭素は、土壌中の有機物の数に比例して土壌中での貯留量が多くなる性質を持っています。つまり、土壌中の有機物を増やすことが重要なのです。
このための農法として注目されているのが、繰り返しとなりますが、カーボンファーミング(Carbon Farming)なのです。この農法では農地を過度に耕さずに地表を植物で覆い、さらに同じ農地内で複数の作物を育てる混作・間作・輪作を行うことなどによって、土壌中の有機物を増加させるというわけです。
米国では気候変動サミットでのバイデン大統領の発言にもあるように、このカーボンファーミングを推進する動きが本格化しつつあります。連邦議会上院農業委員会のスタバノウ委員長は就任前のインタビューで、カーボンファーミングの推進を政策の最優先事項のひとつに挙げました。
しかし、このカーボンファーミングについては実効性を疑問視する声も少なくありません。
英誌・Natureが発刊する気候変動に関する学術誌『Nature Climate Change』に掲載された「気候変動緩和への不耕起農法の限定的な効果」と題された論文は、カーボンファーミングなどによって土壌中に追加で貯留される有機土壌炭素の量は限定的と主張。「カーボンファーミングの手法は土壌の質の改善には有効であるが、気候変動緩和の効果は誇張されている」と批判します。
このようにカーボンファーミングの推進には賛否の声が分かれていますが、これ以上に議論を呼んでいるのが、農業の気候変動対策におけるもう一つの論点である肉類の消費削減です。
肉をめぐるフェイクニュース
肉の消費減に過度な期待?
バイデン大統領が気候変動サミットを主催した後、アメリカでは、とある"フェイクニュース"が話題を呼びました。
それが、「バイデン・ハリス政権が肉類の消費削減を目指そうとしている」というもの。消化過程でメタンを排出する牛をはじめ、畜産業が温室効果ガスを排出することはよく知られていますが、気候変動サミットで新たな削減目標を掲げた政権が、肉類の消費対策に乗り出そうとしているというニュースがSNSなどで出回りました。
右派系メディア・Foxニュースが報じたことを皮切りに、トランプ前大統領に近い共和党関係者が次々にこのニュースを拡散。ネット上で大きな話題となりました。
しかし、ヴィルサック農務長官は今週月曜日、正式にこの報道を否定。「世界的に肉類の消費量を減らす動きがあることは事実だが、米国政府がこれを推進しているという事実はない」とコメントしました。
昨今の米国での代替肉ブームからも分かるように、畜産業と環境問題の関係性は欧米では大きな社会問題として認識されつつあります。今回のフェイクニュース騒動は、米国での畜産業への社会的な関心が強くなってきているからこその結果だったのかもしれません。
一方で、温室効果ガス削減に向けた取り組みとして畜産業の問題ばかりを取り上げる、こうした欧米での傾向に警鐘を鳴らす動きもあります。
畜産学研究が盛んな米・カリフォルニア大学デービス校のフランク・ミトローナー教授は同大のコラムで、「米国の畜産業による温室効果ガス排出量は全体の4%に過ぎず、畜産業からの排出量だけを削減しても本当の意味での解決にはならない」と主張。一般の人々に身近で注目されやすい畜産物だけでなく、化石燃料のあり方も見直さなければ実質的な対策にはならないことを強調します。
カーボンファーミングにせよ、肉類の消費問題にせよ、重要な問題であることは確かですが、農業分野は全世界の排出量全体の25%を占めるに過ぎず、ことアメリカでは10%ほどの割合でしかありません。今後も身近な食料や農業の問題は大きく取り扱われることが予想されますが、同時に、より深刻な問題にも目を向けることを忘れてはならないと、ミトローナー教授は指摘しています。
食や農業の分野での環境対策の効果を慎重に見極めながら、より大きな課題を意識する姿勢が、野心的な温室効果ガス削減目標を掲げる各国には求められることになりそうです。
2021年4月28日執筆
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