2020年12月11日

コロナで加速 食の健康志向で変わる世界の食習慣

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「コロナで加速 食の健康志向で変わる世界の食習慣」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

肥満による感染リスク増
コロナで高まる食の健康志向

新型コロナウィルスの感染拡大によって世界中で生活のあり方が大きく変化するなか、生活スタイル同様に変化したと言われるのが、食と健康に対する我々の考え方です。

米・ノースカロライナ大の研究によると、肥満であることによって、新型コロナウィルスへの感染リスクは46%、入院リスクは113%、重症化リスクは74%、死亡リスクは48%、それぞれ高くなることが指摘されており、コロナ禍のいま、食を通じたヘルスケアには高い注目が集まっています。

肥満による感染リスク増を背景に、イギリスやメキシコなどでは「感染対策」としての肥満対策に乗り出す動きも一部で見られ始めています。また、新型コロナウィルスの最初の確認国でもある中国では、食の健康志向が高まるなか、豚肉などのこれまで大量に消費されてきた畜肉に代わって、大豆やエンドウ豆などを原料とした植物性由来の代替肉が急速に消費者の間で広まりつつあります。

コロナ禍によって、食の健康志向が加速するなか、食における"健康重視"の流れは今後の世界の食習慣を少しずつ変えていくかもしれません。

ジャンクフードの販売禁止も
肥満対策に乗り出す各国

肥満による新型コロナウィルスの感染リスクや重症化リスクが高まるという研究結果が報告されるなか、新型コロナウィルス対策、ひいては将来の感染症対策として、政府が肥満対策に乗り出す動きが一部の国では見られ始めています。

英紙・ガーディアンは先月、イギリス政府が、スナック菓子などのジャンクフードに関するオンライン広告の全面的な禁止措置を検討していると報道。同紙によると、イギリスでは小学校を卒業する児童のうち3人に1人がBMIの数値が25以上の肥満状態にあり、さらにイングランドでは成人の3人に2人が同様の肥満状態にあるとされます。

当初、イギリス政府は小児肥満対策を目的に、21時までのインターネットやテレビでのジャンクフードに関する広告の禁止を検討しているとされていましたが、オンライン広告の全面的な禁止によって対象が全世代へと拡大された形です。

この、いささか強烈な対策検討の背景の1つとされるのが、今年4月のボリス・ジョンソン首相自身の新型コロナウィルスへの感染です。ジョンソン首相は今年45日、新型コロナウィルスへの感染にともないロンドンの病院へ入院し、一時は集中治療室に入るなど重篤な症状に陥っていたとも伝えられています。

身長175cmのジョンソン首相は今年3月の時点で体重が110kg以上あったと言われ、ガーディアンなどによると、首相自身、自らの肥満が重症化につながったことを強く認識しており、こうした政府首脳の個人的な体験が今回のジャンクフード規制の原動力ともなっています。

また、コロナ禍でのジャンクフード規制に乗り出す動きは中米のメキシコでも広がっています。メキシコのタバスコ州議会は、今年8月、18歳以下の青少年への指定ジャンクフードの販売を禁止する法案を賛成多数で可決。米紙・ワシントンポストによると、この"ジャンクフード禁止法"はオアハカ州でも可決され、メキシコに32ある州のうち少なくとも10州で同様の法案が審議されています。

メキシコは世界で最も高い肥満率であるとも言われ、OECDの調査によると、2012年時点で、国民の70%以上がBMIの数値が25以上の肥満状態にあると試算されています。ジャンクフード禁止法を可決したタバスコ州議会のある議員は声明で、「新型コロナウィルスの感染拡大は、子供たちの健康を守る政策をもたらしたという意味において、歴史的な契機となった」とコメントしており、コロナ禍が食の健康志向への転換に影響を与えています。

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健康志向の高まりで拡大する
中国の巨大代替肉市場

コロナ禍によって一部の国でジャンクフード規制が進む一方、肉類の消費に変化が起きているケースもあります。

新型コロナウィルスの最初の確認国でもある中国では、コロナ禍をへて消費者の間で食の健康への意識が高まり、大手コンサルティングファーム・マッキンゼーの調査によると、中国では75%の消費者が、コロナ禍以降はより健康的な食生活を送りたいとアンケートに回答しており、英国やメキシコのように肥満度が高くない中国においても食の健康志向が重視されつつあります。

中国での食の健康志向の流れを反映しているのが、国内での代替肉の消費拡大です。これまで、牛肉や豚肉などいわゆる「レッドミート」の発がん性への懸念を背景に、代替肉は健康面で評価されてきましたが、中国の政府系英字紙・チャイナデイリーは、豊富なタンパク質や低コレステロールなどの代替肉の栄養的な側面が中国では評価されていると指摘します。

また、中国では2018年以降、アフリカ豚熱(ASF)が家畜の豚の間で流行しており、日本経済新聞によると、その影響で豚肉価格はASF流行以前の2.7倍に高騰しています。こうした食肉価格の高騰によって代替肉が相対的に低廉化したことも、中国での代替肉の躍進の背景として指摘されます。

中国は世界全体の食肉消費量の27%を占め、なかでも豚肉の消費量に占める割合は世界全体の約4割とも言われます。よって、この中国での代替肉の市場拡大は各代替肉メーカーにとって大きなチャンスであり、世界の主要な代替肉メーカーの中国参入が相次いでいます。

CNNによると、植物性代替肉(プラントベース)の世界最大手の米・ビヨンドミートは、今年9月、中国・浙江省に大規模な製造拠点の建設計画を発表し、さらに同社は、中国市場に特化した商品として、豚ひき肉の植物性代替肉を開発。巨大な中国の代替肉市場での存在感を強めています。

中国国内のメーカーも代替肉市場のシェア拡大に向けて攻勢を強めており、チャイナデイリーによると、広東省に拠点を置スターフィールド・フードサイエンス・アンド・テクノロジーは、中国の大手ファストフードチェーンのディコスと提携して、プラントベースのチキンバーガーなどを販売すると発表しています。

ジャンクフードのみならず、肉類の消費にも大きな影響を与えつつある、コロナ禍により加速する食の健康志向。これまでも本連載では新型コロナウィルスの感染拡大と代替肉の躍進との関係をたびたび取り上げてきましたが、コロナ以後の長期的な食のトレンドに目を向けると、こうした人々の間に広がる健康重視の流れが代替肉の市場拡大に果たす役割はますます大きなものとなりそうです。

2020年129日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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