2020年10月 7日

代替肉は「肉」を名のれるか? 表記をめぐる対立

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「代替食品の表記をめぐる対立と畜産業」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

代替食品の台頭と
顕在化する表記をめぐる対立

 前回の連載記事でもお伝えしたように、いま世界では多様な代替食品の開発が進み、植物性肉や植物性乳製品など、すでに多くの商品が市場で消費者の支持を得つつあります。こうした代替食品のマーケットが広がるなか、各地で顕在化しているのが、代替食品の表記の問題。例えば、植物性肉のソーセージを「ベジタリアン・ソーセージ」と表記して販売した場合、一般的にソーセージは動物性食品なので、畜肉を使用していないのにも関わらずソーセージと表記することには問題があるのではないか。こうした議論について、一部では訴訟問題にまで発展しており、各地でメーカーと規制派の間で対立が深刻化しています。

 日本においても、食肉加工の業界団体から代替肉の表記による消費者の誤認について懸念が表明され、国内で代替肉市場が徐々に拡大するなか、この表記に対する問題意識は高まりつつあります。代替食品の表記問題については、多くの国で畜産業団体から代替食品に従来の肉類や乳製品を想起させる名称の使用禁止を要望する声が上がっており、ここには単なる消費者誤認への懸念を超えた、産業としての代替食品の台頭への危機感が現れています。ニュージーランドやイギリスの一部の地域などでは、代替肉を推進する政府の方針に対して畜産農家が強く反発するなど、代替食品と畜産業の共存をいかに実現するかが世界的な課題となるなか、こうした表記問題への対応は極めて重要な課題のひとつです。

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欧州での規制強化
反発するベジタリアン団体

 早くから代替食品の表記問題に関する議論を始め、対応の検討を進めてきたのがEUです。2017年、EUの最高裁にあたる欧州司法裁判所は、ドイツ企業が植物性のチーズを「Plant Cheese」や「Veggie Cheese」と表記して販売した事件について、動物性食品を規制するEU法に違反すると判断。いくつかの例外は示したものの、たとえ植物成分由来であることを表示したとしても、植物性食品は「Milk」、「Cream」、「Butter」などの乳製品に関係する名称を表記することはできないとする判決を下し、これに対してメーカーなどからは困惑の声が上がりました。

 欧州ベジタリアン連合(EVU)は声明で、判決による法解釈は消費者の一般的な認識とは矛盾しており、現に植物性ミルクなどは長年にわたって問題なく販売されてきたと主張。さらに、この表記をめぐる問題は「経済的動機を背景に議論されている」とし、表記に関する議論と乳製品メーカーなどの業界権益との関係性を指摘しています。

 2019年には、欧州議会の農業委員会が「Steak」や「Sausage」など肉類の名称について、植物性肉の商品表記での利用禁止を支持すると発表。この「Meaty names」(ミーティー・ネームズ:肉っぽい名前)に関する規制については、欧州議会での審議が検討されている段階で具体的な法制度には至っていませんが、EU加盟国の間ではすでに独自の規制に乗り出す動きが出始めています。フランス政府は今年6月、植物性食品への、ミーティーな表記の禁止を定める規則を施行。これは、違反について最大で罰金30万ユーロ(約3,700万円)を課すという厳しい規制です。

 仏議会に法案を提出したモロー下院議員は、仏南部で肉牛を飼育する畜産農家の出身で、今回の規制について、自身のツイッターへの投稿のなかで「誤った表記に対抗する重要なもの」とその意義を強調。

 食品の透明性を高め、消費者による誤認を防ぐと立法趣旨を説明する政府や議会に対して、EVUは激しく反発しています。EVUの広報担当者は、「代替肉食品に従来の肉類の名称をつけることは、消費者が商品の特徴を理解する上で重要な役割を果たす」とした上で、「全く新しい食品の名前を代替肉につけることは、消費者にとっての複雑さがかえって増すだけだ」と主張。EVUは今後、当該規制の撤回を求めていくとしています。

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米国で相次ぐ訴訟
複雑な規制の線引き

 代替食品の表示規制が欧州で強化される一方、米国においても一部の州では同様の規制を設ける動きが出ています。全米州議会議員連盟によると、2019年8月現在、26州で合計45の代替肉の食品表示に関する規制法案が議会に提出されており、このうち14州で合計17の規制がすでに施行されています。また、連邦政府レベルでもこうした代替食品の表示規制を進めるロビー活動が進んでおり、農務省と連邦食品医薬品局は今年8月、培養肉の表記に関する規制策定の開始にあたり、パブリックコメントの募集を開始すると発表しました。

 こうした強まる規制に対して、メーカーや業界団体は各地で州政府などを相手取り訴訟を提起しています。米メディアのフード・ダイブによると、これまでに少なくとも、ミシシッピ州など4つの州で、代替食品の表示規制をめぐり訴訟が提起され、このうちカリフォルニア州では、大手ヴィーガンチーズメーカーのミヨコズ・キッチンが販売するバターに対して、州が「Butter」などの商品表記の変更を求めたことを受け、同社が合衆国憲法修正1条で保障される表現の自由の侵害を理由に今年2月に訴訟を提起。連邦裁判所は8月、州側の主張を退け、「Butter」などの表記を引き続き同社が使用することを認める判決を下しました

 一連の訴訟において州側は、動物性食品でない同社の商品がバターとして販売されることで消費者の間で混乱が生じると主張しましたが、連邦裁判所カリフォルニア北部地区のリチャード・シーボーグ判事は、このような州側の主張について「経験的な観点から説得力に欠けると判旨において述べています。しかし、同判決においてシーボーグ判事は、同社による「hormone-free」(ホルモン剤不使用)や、revolutionizing dairy with plants」(植物による革命的な牛乳)の表記は、消費者に誤解を与える恐れがあるとして使用を認めておらず、個別の事案ごとに慎重な対応が求められる表示規制の難しさが浮き彫りとなりました。

強まる表示規制
高まる畜産業界の危機感

 欧米各地で強まる代替食品の表示規制と、それをめぐり顕在化する対立。米国の多くの州で成立している規制の背景には、畜産業団体による強いロビー活動の存在が指摘されており、フランスでの規制と同様、畜産業界が中心となって代替食品の表示規制に動いていることは明らかです。したがって、各地で強まる対立は代替食品メーカーと既存の畜産業界との動物性食品市場をめぐる新旧の勢力争いとも言えるでしょう。そして、相次ぐ規制強化は畜産業界によるその存亡をかけた危機感の現れです。

 事実、米国では昨年から今年にかけて、大手牛乳メーカー2社が相次いで倒産米国ではすでに国内市販乳市場の14%を植物性乳が占め、コロナ禍を経て代替肉市場が大きな成長を見せている今、代替食品は畜産業にとって大きな脅威となりつつあります。

 代替食品と畜産業の共存を目指すことは果たして可能なのか。そもそも、代替肉をはじめとした代替食品の台頭は、畜産業による環境への影響や感染症のリスク、あるいは肉類の過剰摂取による健康面の問題など、多様な要因を背景としています。しかし、本連載ではこれまでも指摘したように、動物福祉(アニマル・ウェルフェア)などを重視したエシカルな畜産はこれらの問題をクリアし、さらには畜産物の品質向上にも寄与します。代替食品と畜産業の共存の実現に向けては、エシカルな畜産へと畜産業が舵をとることこそが、解決の糸口となるはずです。

2020年106日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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