2020年11月11日

昆虫飼料は循環型社会の救世主か 各地の最新事情

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「昆虫飼料は循環型社会の救世主か 各地の最新事情」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

昆虫の活用は
"グリーン"な飼料の有力案

今年7月、本連載では「気候変動で注目される、昆虫飼料の可能性」と題して、肉用若鶏(ブロイラー)向けなどに開発が進む昆虫飼料について取り上げました。大豆をはじめとした家畜の飼料用穀物の栽培は、南米アマゾンでの熱帯雨林減少につながっていると欧米を中心に批判が高まっており、そうした穀物に代わる新たな飼料としてミールワームなどの昆虫への注目が高まっているという動向をお伝えしました。

今週のエシカルフードニュースは、そんな昆虫飼料に関する動向について続報をお届けします。日本でも菅首相が先日の所信表明演説で2050年までの温室効果ガス排出量ゼロを打ち出すなか、世界各国で進む昆虫飼料の研究開発事情は注目すべきものです。

ファストフードレストラン
昆虫飼料の牽引役に

最近の昆虫飼料についての動向でまず興味深いのは、ファストフードチェーンによる昆虫飼料の研究開発の取り組みです。本連載でもすでにご紹介したように、植物性肉などの代替肉をはじめとした、畜産業のイノベーションの広がりにおいて、大量の畜産物を消費するグローバルなファストフードチェーンの役割は非常に大きなものとなっています。

昆虫飼料については、2018年にマクドナルドが持続可能な飼料として昆虫および海藻類の飼料研究を支援すると発表。同社は、ブロイラー向けの昆虫飼料の研究開発に資金提供を行い、その結果、昆虫飼料は従来の大豆中心の穀物飼料に比べて、鶏の体内での消化が良好で、肉の品質向上などにも有効ということが明らかになりました。しかし、当時は飼料としての昆虫のコストが高いことが指摘され、本格的に飼料として利用が開始されるには至りませんでした。

しかし、マクドナルドの取り組みから2年後の今年、再びファストフードチェーン向けのブロイラーで昆虫飼料の活用を模索する動きがスタートします。

今回、研究開発を発表したのは、イギリスなどを中心世界35ヵ国でグリルチキンを提供するレストランチェーン・ナンドスNando's)。同社の英国およびアイルランド部門は、2030年までに商品に含まれるカーボンフットプリントを半分に削減することを目指しており、この計画に伴って、ブロイラー向けの飼料として昆虫および藻類の利用を進めるための研究を行うと発表しました。

同社によると、今回のカーボンフットプリント削減に向けた一連の取り組みによって、商品価格を改変することはないとされており、コストを抑えた上での持続可能な飼料の利用をどこまで実現できるかに焦点が当てられるものと見られます。

養殖飼料や肥料にも
広がる昆虫飼料の可能性

昆虫飼料の活用が進むのは、家畜向け飼料の分野に止まりません。フランスの飼料メーカー・Ynsect(インセクト)社は、高効率な垂直農場で繁殖させたミールワームを原材料に、ペットや魚介類の養殖向けの飼料を販売。さらに、今年に入ってからは、パリ郊外に年間10万トンの生産能力を持つ世界最大の昆虫飼料製造拠点の建設にも着手し、2022年の稼働を目指すとしています。

インセクト社がターゲットとしている養殖向け飼料は、これまで魚粉や魚油などの水産資源や大豆への依存度が高く、水産資源量の減少や大豆栽培による森林伐採などへの影響が懸念される分野です。そうしたなかで、バッタなどの昆虫を粉末状に加工した昆虫飼料への期待が高まっており、サーモンの養殖が盛んなノルウェーなどでは大手養殖業者などの間で昆虫飼料の活用に乗り出す動きも現れています。

さらに、昆虫飼料の二次的な活用方法の研究が進んでいることも注目されます。イギリスでは現在、政府の出資を受けた昆虫飼料の研究開発プロジェクトが進行しており、このなかで飼料用に飼育されているアメリカミズアブの排泄物の土壌肥料としての活用に向けた研究が行われています。

この英国での昆虫飼料プロジェクトは、昆虫の繁殖に食品廃棄物を利用しており、食品廃棄を家畜や養殖向け飼料に転換させ、さらにその副産物として農地で使用する有機肥料を生産する循環型農法の実現に期待が高まっています。なお、実際の圃場での肥料としての実証実験は今後、拠点となる大学施設で進めるとされています。

こうした多面的な機能が期待される昆虫飼料ですが、普及のためには法制度などの整備が必要とされます。現在、昆虫飼料の開発研究を積極的に進めているEUにおいても、毛皮用以外の家畜に昆虫飼料を与えることは禁止されており、養殖向け昆虫飼料の利用も2017年に許可されたばかりです。

家畜のなかでも、特にブロイラーなどの分野では昆虫飼料の有用性が多くの研究から指摘されており、これまでの大豆などの穀物への依存からの脱却が期待されますが、EUをはじめ、現在、昆虫飼料を禁止している各国での規制改革への道筋は不透明なものと言えるでしょう。本連載で直近数回にわたって取り上げてきたEUでの一連の規制改革をめぐる攻防に見られるように、家畜への昆虫飼料の解禁は既存の多くの飼料メーカーからの反発に遭うことが予想され、改革への道のりは容易なものではありません。

森林伐採や水産資源への負荷など、環境問題の有力な解決策として注目される昆虫飼料。日本を含め、温室効果ガスの実質ゼロ化を多くの国が目標として掲げるなか、各国がどのようにして、持続可能な代替飼料の普及を進めるのか。その対応に注目が集まります。

2020年1111日執筆

※本サイトに掲載の文章の部分的な引用を希望される場合は、サイト名・記事タイトル・著者を明記の上でご利用ください。また引用の範囲を超える文章の転載・写真の二次利用については編集部の許諾が必要です。

プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
市村敏伸の記事一覧

最新記事

人気記事