2020年11月18日

「肉税」に未来はあるのか その背景と現実味を考える

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「『肉税』に未来はあるのか その背景と現実味を考える」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

「肉税の導入を」
高まる議論の背景は

近年、世界では牛肉や豚肉をはじめとした肉類にとりわけ重い税率を課す"肉税"Meat Tax)の導入を求める声が高まっています。デンマークやスウェーデン、ドイツなどでは、この議論が数年来にわたって展開されており、イギリスでも今月、国内の保健機関が2025年までに肉税を導入すべきだと提言しました。

そもそも、この肉税なる新たな税は、何を背景に提案されているものなのでしょうか。肉税は、いわゆる"悪行税"Sin Tax)と呼ばれる租税タイプのひとつで、家畜の飼育による地球環境への悪影響や過剰な畜肉の摂取による人間の健康へのリスクを懸念して、肉類の消費を抑制することを目的とする税です。日本でも導入されているタバコ税なども代表的な悪行税として知られています。

本連載ではこれまでも触れているように、近年、畜産業が与える地球環境への悪影響には世界的に大きな関心が集まっています。国連食糧農業機関によると、人間の活動によって発生する温室効果ガスのうち、約15%は畜産業に関連する活動に由来すると試算されており、さらに、このうち80%は、消化の過程でメタンを排出する牛などの反芻動物の飼育によるものと言われます。

「肉類は体に悪い」というのも、欧米を中心に幅広い支持を得つつある言説です。肉類の過剰な摂取は、ガンや心臓疾患の発病との関連性が指摘されており、2015年には国際がん研究機関が、"レッド・ミート"と称される陸生哺乳類(鶏などを除くほとんどの家畜)の畜肉について、「おそらく発がん性を有する」という評価を発表。比較的多くの肉類を摂取する欧米などでは、健康維持のために肉類の摂取を控える層が一定程度存在することが知られています。

このように環境面と健康面の双方から、肉類の摂取を控えることには合理性があると考えられており、肉税が検討されている背景にはこうした事情があります。これまでも、食品への悪行税としては、"ソーダ税""ジャンクフード税"などが様々な国・地域で導入されてきました。そして、肥満対策を念頭に置いたこうしたソーダ税などは一部では成功を収めているとも言われますが、果たして同じように肉税も推進されるべきなのでしょうか?

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"ソーダ税""ジャンクフード税"
肉税とは異質な先例たち

肉税の是非を考えるにあたって、まず、多くの国・地域で実施されているソーダ税やジャンクフード税の動向を見る必要があるでしょう。大量の甘味料を使用した飲料や、ポテトチップスなどジャンクフードの過剰な摂取は肥満につながり、高い肥満率は医療費などの社会的なコスト増にもつながることから、これらの食料品の購入に特別重い税率をかけることで消費を抑制する試みが各地で行われています。

メキシコでは、2014年から10%のソーダ税が施行され、導入初年の2014年にはソーダ類の売上は前年比で6%減少しました。また、東欧のハンガリーでも、2011年から大量の糖類や塩分を含む加工食品に対するジャンクフード税が施行され、ある研究によると、この税の導入で加工食品の消費量は3%以上減少したとされます。

このように、特定の食品の消費量を減らす上で課税にはある程度効果があるとも考えられますが、注意すべきは、こうした食料品への課税が、低所得者ほど負担が大きくなる「逆進性」と呼ばれる性質を持つことです。特に、ソーダやジャンクフードのような生活必需品とはいえないものとは異なり、肉類は食生活に欠かせない重要な食料品です。つまり、肉税を実施すれば、低所得者層の生活への影響は、ソーダやジャンクフードとは比較にならないほど大きくなる可能性があります。

この点で参考になるのが、かつてデンマークで実施された"ファット税"と呼ばれる取り組みです。デンマークでは2011年、食品に含まれる飽和脂肪の量に応じて課税するファット税が導入されました。課税対象は飽和脂肪の割合が2.3%以上の食料品で、課税割合は1kgの飽和脂肪に対して16デンマーク・クローネ(当時の為替レートで約240円)。具体的には250gのバターであれば33円ほどのファット税が課されました。

このファット税の導入後、デンマークでは食料品価格がインフレ傾向となり、隣国のドイツまで食料品の買い出しに出かける国民が増加。結果的に、デンマーク政府はわずか1年でこのファット税の廃止を決断します。仮に肉税を導入した場合、2011年のデンマークのように食料品価格の全体的な高騰が予想され、特に重い負担を抱えることになる低所得者層向けの対策をいかに設計するかが重要なポイントとなるでしょう。

肉税の効果
そして、その現実味は?

では、具体的に肉税を導入するとなった場合、その税率はどの程度になるのでしょうか。2016年にオックスフォード大学のマルコ・スプリングマン教授らが行った試算によると、地球温暖化などの環境問題の対処のためには、世界各国で平均して、牛肉で40%、ラム肉で15%、鶏肉で8.5%、豚肉で7%、鶏卵で5%、それぞれ価格が上昇するよう税率を設定する必要があるとされています。

この提言された課税プランの実施による肉類の消費減によって、全世界で年間10億トンの温室効果ガスが削減されると試算されており、これは、2018年度の日本の温室効果ガス排出量が約12億トンであったことを考えると、相当に大きな効果と言えます。

また、肉類の消費減は、ガンや心臓疾患のリスクを低減することから医療費の削減にもつながるとされ、スプリングマン教授らの試算を分析した米紙・アトランティックによると、米国民の肉類摂取量が政府の推奨値まで減少すれば、2050年には米国全体で少なくとも4820億ドル(約50兆円)ほど医療費が削減されると試算されます。なお、現在、米国での平均的な肉類の摂取量は、政府の推奨値の2倍ほどです。

一方、こうした食料品への悪行税では、課税と並行して、より"望ましい"食料品を低所得者層が購入しやすくなる対策を同時に講じる必要があります。英紙・ガーディアンによると、前述のメキシコでのソーダ税では、税の増収分が学校での水の無償提供のための予算に充てられ、貧困家庭を中心に安全な水を飲むことが容易になったことがソーダの消費減につながったとされています。

スプリングマン教授らの試算でも、肉税で増加した税収分を、低所得者層向けの対策費用にまわすことが必要と指摘されており、具体的には野菜などの食料品を買い求めやすくするための補助金などが必要とされています。

これまで世界各地で導入されてきたソーダ税などと同等に議論されることの多い肉税ですが、ソーダやジャンクフードとは異なり、生活必需品への課税となるだけに、逆進性を含めた人々の生活への影響は大きく、他の悪行税と単純な比較はできません。また、肉類を摂取することの健康への影響も、ソーダなどと比べるとそこまで明確なものとも言えず、消費を抑制するための課税に理解が集まるかどうかも未知数です。

地球環境への影響を考えれば、近年、日本でも導入されている環境税の一種として扱うことも考えられますが、いずれにしても低所得者層を中心に大きな負担となる租税であるだけに、逆進性の緩和策も含めた慎重な議論が求められます。

2020年1116日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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