2021年11月22日

グラスフェッド・ビーフを考える 後編「牧草牛はサステナブルか?」

北海道大学大学院農学研究院准教授 小林国之

エシカル消費の本場、ヨーロッパでのエシカルな食に関する最新トピックを北海道大学の小林国之先生に解説していただきます。今回のテーマはグラスフェッド。今回も小林先生の「中学生でも分かる、食のキーワード解説」、必見です!

【聞き手:市村敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】

「グラスフェッドは環境に悪い?」
見落とされていることは何か

ーー前編では主に牛肉について、ヨーロッパでのグラスフェッドの状況についてお話を伺いました。ヨーロッパではグラスフェッドが持続可能(サステナブル)な畜産業のあり方として注目される一方で、一部では「グラスフェッドが本当にサステナブルと言えるのか?」という議論があるということでしたね。これは一体どういうことなのでしょうか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林先生(以下、敬称略):「グラスフェッドの方が(グレインフェッドよりも)環境への負荷が大きくなる」と主張する人がいるということです。

なぜ正反対の主張が成立しうるのか、分かりやすく整理してみましょう。前編で説明した通り、穀物を餌として与えるグレインフェッドに比べ、草を餌にして育つグラスフェッドの牛は、成長スピードが遅くなります。だからグレインフェッドの牛と同じ大きさの牛に牧草だけで育てようとすると、牛をより長期間飼育する必要があります。

そして、牛が長く生きていればいるほど、それだけ多くの温室効果ガス(メタン)が牛の体内から発生します。つまり、同じ量のお肉を生産するために排出されるメタンの量を比較すると、グラスフェッドの方がグレインフェッドよりも多くなる。これがグラスフェッドの持続可能性に懐疑的な人たちの主張です。

ーーなるほど、グラスフェッドで長期間飼育することは非効率的だと。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:この主張はその通りで、客観的な事実としては全く正しいです。

飼育期間の問題に加えて、草を食べる方がメタンを多く発生させるということもあります。なぜなら、メタンは牛が反芻(はんすう)を行う過程で出るもので、牛がこの反芻をするのは人間などが消化できない草を消化するためです。つまり、人間でも消化できる穀物を食べていれば、反芻する必要はあまりないので、メタンの発生量も少なくてすみます。

それなら高カロリーな穀物をたくさん与えて、一頭あたりの肉の量を増やし、かつ短期間で出荷できる生産性の高いグレインフェッドの方が環境に優しいじゃないか、と。こういうロジックなんですね。

ーーうーん、確かにそうですね。グレインフェッド派の主張にも説得力があるように思えてきました。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:でも、よく考えてみてください。持続可能性というのは、温室効果ガスの排出量だけで決めてしまっていい問題なのでしょうか?

前編でもお話した、アニマル・ウェルフェア、土壌、あるいは生物多様性への影響を考えるとグラスフェッドの方に大きなメリットがあります。アメリカのグレインフェッド牛は、ほとんどが「フィードロット」といわれる飼育方法で育ちます。そしてこの飼育方法は、水質汚染や、抗生物質の多用の観点からも問題点を多く抱えています。

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フィードロットの様子。囲いの中で運動量を制限した上で牛を肥育し、穀物などの飼料を与える。

それにも関わらず、温室効果ガスの排出量が改善されるからグレインフェッド(フィードロット)の方が優れていると言っていいのでしょうか。持続可能性を考えるためには他の要素も総合的に考えないといけません。

ーー「持続可能性」という視点から総合的に判断して今後のあるべき畜産の姿をグラスフェッドと仮定すると、グラスフェッドの生産性の低さがネックになりそうです。この点はどう考えるべきでしょうか。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:グラスフェッドが世界の畜産の主流になると仮定すると、現在の畜産物の生産量が維持できないことは確実です。

なので、畜産のあり方を変えると同時に、お肉を大量に消費する食生活のあり方も持続可能なものへと変えていかなくはいけません。つまり、以前にもこの連載で議論したレスミートについて真剣に考えるということですね。

ーーつまり、将来の畜産のあり方を考えるということは、レスミートを受け入れられるかという議論につながるということでしょうか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:そういうことですね。先ほど、グレインフェッド推進派の「生産性を高めることが持続可能性を高める」という議論を紹介しましたが、グラスフェッドを推進する議論とは、前提として「レスミート」を受け入れるか否かという部分が食い違っているように感じます。

つまり、持続可能性を多角的に考える立場は、そもそも「今消費している量のお肉を食べることが必要なのか?」という問いかけを前提としています。もちろん、これはレスミートの回でもお話したことですが、彼らはお肉を食べることを否定はしていません。食べる量の問題です。

一方、アメリカの畜産業界などで主流の考え方は、現在のお肉の消費量を維持することを前提に、いかに環境負荷を減らすかということを議論しています。なので、前者と後者では、お肉の消費量というフレームを刷新するか維持するかで議論の目的が異なってしまっています。

ーーでは、総合的な持続可能性を考えると、アメリカやヨーロッパではお肉の消費量を減らしつつ、グラスフェッドを基本とした畜産に転換していくことが最適解といえるでしょうか。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:個人的にはアメリカ型のフィードロット(グレインフェッド)は変えていく必要があると思います。そもそもグレインフェッドというのは、アメリカで穀物が余っていた時代に始まったものですが、今は穀物も貴重な時代です。人間が食べられない草を肉に変えるという本来の畜産のあり方に回帰する時だと思います。

ただ、お肉の消費を減らす、つまりレスミートを進めるべきかどうかはアメリカやヨーロッパという広い地域を"ひとくくり"にして考えることはできません。この部分は、ぜひレスミートの回での議論を読者の皆様にご覧頂きたいですね。

日本の持続可能な畜産を考える

ーーアメリカと同じく、日本でも大量の穀物を餌として牛に与えることが一般的です。そこで、日本での持続可能な畜産とはどのようなものなのか。最後にこの点をお話いただければと思います。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:これは日本が抱える農業や自然環境の問題と結びつけて考える必要があると思います。

日本では山の手入れがされなくなり、山地の荒廃が全国で深刻になっています。また、耕作放棄地が増加し、農地の荒廃も進んでいます。この問題を解決する存在として、畜産の可能性を考えてみてはどうでしょうか。

例えば、荒廃した山で刈られた草を牛の餌として活用する。そして、山の草を食べて大きくなってきたら、荒廃した農地で育てたトウモロコシなどの作物を与えて、最終的にお肉とする。こうすれば国土保全と農地保全の両方を、畜産を利用して実現することができます。

ーー国土保全と農地保全に資する畜産こそ、日本型の持続可能な畜産というわけですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:そうだと思いますね。このことを、最近私が見てきた具体例も交えて説明しましょう。

先日、北海道の黒松内町というところに行ってきて、アメリカ人と日本人のご夫妻がやっていらっしゃる農場を見学してきました。このご夫妻はもともとアメリカで牧場をやっていたのですが、黒松内に移住して耕作放棄地でアンガス牛10頭を飼っています。彼らは耕作放棄地で牛を飼うことによって農地の再生を目指していて、その牛のお肉はいずれハンバーガーにして販売するそうです。

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黒松内町で肥育されているアンガス牛(小林先生撮影)

もちろん、完全なグラスフェッドで育ったそのお肉が日本人の口に合う味かは分かりません。でも、私はそのハンバーガーを食べることで黒松内の環境保全に関わりたいと思っていますし、こうした環境保全に資する方法で牛を飼うことを基本にしながら、日本人好みのお肉になるように少しずつ改良していくことが大切だと思います。

ーー「お肉を食べて環境保全に貢献できる」ということですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:そういうことです。こうした畜産業の方針は国も打ち出していて、今後ますます重要性が高まってくるのではないでしょうか。

ただ、アメリカやヨーロッパと同じく、安いお肉をたくさん食べられるという食生活を見直すことは日本でも必要でしょう。

ーーそうすると、畜産業の究極の目的は食べることではなく、環境保全への貢献ということなのでしょうか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:「食べることだけではない」ということでしょうね。畜産業を通して環境を守ることと、お肉を食べること。この2つは互いを補い合うもので、セットで考えるべきです。もちろん、お肉を食べてもらえないと畜産業の経営は成り立たないわけですから(笑)。

畜産業や農業というのは、真空状態では存在し得ないものです。自然のなかで行うからこそ様々な関係性が付随していて、畜産業も、食べ手である人間との関係以外に様々な関係性のなかに成り立っています。

この関係性を削ぎ落としてきたのがアメリカ型の現代の畜産業です。しかし、畜産と自然環境の関係に歪みが生じている今こそ、人間が食べられないものを食べられる形に変えるという畜産の普遍的な機能に立ち返って、将来の畜産のあり方を考えるべきではないでしょうか。

ーー日本型の持続可能な畜産、ぜひ応援していきたいですね。今回も分かりやすいお話、ありがとうございました。次回もまた、食のキーワードを教えてください!

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プロフィール
小林国之(こばやし・くにゆき)
1975年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了の後、イギリス留学。助教を経て、2016年から現職。主な研究内容は、農村振興に関する社会経済的研究として、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社、2005、『北海道から農協改革を問う』筑波書房、2017などがある。
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