エシカル消費の本場、ヨーロッパでのエシカルな食に関する最新トピックを北海道大学の小林国之先生に解説していただきます。今回のテーマは食料主権。今回も小林先生の「中学生でも分かる、食のキーワード解説」、必見です!
【聞き手:市村敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】
どんな食べ物を作るか
そして食べるか
ーー小林先生、今回のテーマは「食料主権を考える」です。「食料主権って、なにそれ!?」という人にも分かるように、解説をお願いします!
小林先生(以下、敬称略): 食料主権、普通は馴染みがない言葉ですよね。でも、エシカルな食のあり方を考える上でのキーワードです。基礎から丁寧にお話していきます。
ーーありがとうございます。まずは、「食料主権って何?」ということです。普通、「主権」という言葉は、「国民主権」や「国家の主権」というように、政治用語として使いますよね。
小林:そうですね。政治用語としての主権は「その国の政治を決める権利」という意味合いで使われます。だから、国民主権というのは、「その国の政治のことを決める権利が国民にある」状態を指します。
「食料主権」という言葉でも基本的には同じで、「食のあり方を決める権利」と理解するのが最もシンプルな形になります。
ーーなるほど。その「食のあり方を決める」というのは、つまり、消費者が自分たちで決めるということなんでしょうか?
小林:そういう意味でもあります。ただ、そう聞くと「そんなこと言われなくても、日々何を食べるかくらい、自分たちで決めているよ」と思う方もいらっしゃるでしょう。なので、この食料主権の概念を正確に理解するために、これが誕生した経緯をお話しさせてください。
食料主権、英語では「Food Sovereignty」と言いますが、この概念を生んだのは「ビア・カンペシーナ」という世界中の中小農業者によるネットワーク団体でした。
このビア・カンペシーナは、世界各地の先住民を含む、零細農業者たちがグローバルアグリビジネスによる搾取に反対して、自分たちの権利を主張するために1993年に結成した組織です。
ーーグローバルアグリビジネスというのも、一般にはなかなか知られていない存在ですね。
小林:そうですよね(笑)。これも簡単に説明しておきましょう。
まず、アグリビジネスというのは、農薬や種子などの農業に必要な資材の販売や、農産物の流通・加工などを行う企業を指します。そして、そのうち世界中に資材や農産物を販売するような大企業のことをグローバルアグリビジネスと言います。具体的には、アメリカのカーギルなどの穀物関連企業や、農薬や種子を販売するモンサントなどが有名です。
グローバルアグリビジネスが販売する資材は、世界のどこで農業をするにしても欠かせない存在となっています。また、発展途上国ではグローバル企業のプランテーション化が進んでいることも問題になっています。
つまり、ビア・カンペシーナが問題視したのは、自分たちの農業がグローバルアグリビジネスによって支配されている状況だったのです。
ーーなるほど。ただ単に、「自分自身で何を食べるかを決める権利」というわけではなく、「農業をどう行うかを決める権利」ということで食料主権はスタートしたわけですか。
小林:そういうことです。ただ、次第に消費者目線で「自分たちが食べるものを決める権利」という意味でも食料主権は注目されるようになりました。農業がグローバル企業に支配されているということは、「どんな食べ物を作るか、そして食べるか」ということを決められないということですからね。
ちなみに、ビア・カンペシーナは、2007年に「食料主権の定義」というのを決めていて、まとめると「健康で文化的な食料の生産のあり方を、環境、健全な生態系に配慮した持続的な農法によって実現し、自分たちが何を食べるか、どのような農業を行うか、を自分たちで定義できる権利」ということになりました。
これもなかなか広い概念で、途上国の農家の人権保護や環境保護など、色々な文脈で食料主権という言葉は使われています。ただ、「自分たちで物事を決められるか」を大切にしているという意味では共通しています。
自給率アップが目的?
食料安全保障とは何が違う?
ーーここまでのお話で食料主権が何を意味しているのかは分かりました。でも、それは要するに「外国の大企業に頼らずに自分たちで食料を自給できるようになろう!」ということのようにも思えます。そうなると、自給率の低い日本ではよく「食料安全保障が大切だ!」とが言われますが、食料安全保障と食料主権はどう違うのでしょうか?
小林:食料安全保障と食料主権はまったく違う概念です。
食料主権というのは「どのように食べ物をつくり、またどのようなものを食べるかを自分たちで決める権利」のことです。
一方で食料安全保障は、積極的に外国から食料を調達することを重視する概念です。
というのも、食料安全保障の目的は「いかに食料を安定的に調達するか」にあります。そして、現代世界で安定的に食料を調達するために最も有効なのは、グローバル市場を活用して食料の輸入を行うことであるという論理のもと、いかに外国からの食料輸入を安定的に行うかを重視しています。
ですから食料安全保障の発想が悪いということではなくて、日本のような国では現実的に食料安全保障がとても大切なんですね。ただ、そのことと、「適切な食のあり方を決める主導権を、外国ではなく自分たちが持つこと」を重視する食料主権とはまったく違います。
ーーなるほど。では「食料主権=自給率アップが目的」というのは、どうでしょう?
小林:そういう側面はありますが、必ずしもそういう関係にはならないと思います。
食料主権はあくまで「自分たちで適切な食のあり方を決める権利」なので、必ずしも自給する必要はないはずです。なぜなら、もし食料を自給しないと自分の食のあり方を決められないのであれば、食料主権はほぼ実現不可能な概念ということになってしまいます。
なので、食料を輸入すること自体が食料主権に逆行することだとは思いませんが、現在の日本のような形で外国に依存している状態は「食料主権がある」とは言えません。つまり、食料を輸入するのであれば、その輸入先の国とどのような価値観を共有して、どのような食料を買うかを考えることが重要なのではないでしょうか。
とは言っても、もう少し具体的な話がないと食料主権のイメージが湧かないかもしれませんね。
後編では具体例を踏まえつつ、日本でいま食料主権がなぜ大切かについてもお話したいと思います。
ーーぜひお願いします!後編では「今こそ日本で食料主権を考えるべき理由」についてお話しいただきます。
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