エシカル消費の本場、ヨーロッパでのエシカルな食に関する最新トピックを北海道大学の小林国之先生に解説していただきます。今回のテーマはグラスフェッド。今回も小林先生の「中学生でも分かる、食のキーワード解説」、必見です!
【聞き手:市村敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】
「食文化があってこそ」
ヨーロッパ流 牛の飼い方とは
ーー小林先生、今回のテーマは「グラスフェッド・ビーフ(牧草牛)を考える」です。今回も分かりやすく、ヨーロッパでの食のキーワードについて教えてください!
小林先生(以下、敬称略): レスミートに続いて、またしても畜産の話題ですね。分かりやすく、かつ深くお話できるよう頑張ります。
ーーまず、グラスフェッド・ビーフとは何か?という点について簡単に教えてください。
小林:はい。グラスフェッドのグラス(Grass)とは英語で「草」、フェッド(Fed)は「与える」という意味。つまり、「牧草などの草を食べて育った」牛という意味です。日本では「牧草牛」とも言われたりしますね。
その他、牧草などの草を食べて育った乳牛から取れる牛乳を「グラスフェッド・ミルク」、それを原料に作ったバターを「グラスフェッド・バター」と呼ぶこともあります。
「牛って草を食べるのが普通なんじゃないの?」と思われるかもしれません。ですが、日本やアメリカではトウモロコシなどの穀物(グレイン=Grain)を餌として与えて育てる、グレインフェッドと呼ばれる方法が一般的です。
ーー牛が飼われている風景というと、牧草地に放し飼いにされているイメージがありますよね。
小林:たしかに、牛というのは反芻(はんすう)動物と言われ、人間が消化できない草を食べることに長けている生き物です。しかし、肉用牛として育てるのであれば、カロリーの高い穀物を与えて育てた方が早く成長するし、体も大きくなりやすい。なので、日本やアメリカでは穀物を与えて育てることが普通なんです。
ヨーロッパでもアメリカ型の穀物を餌の中心とした飼い方はあります。ただ、アメリカや日本と比べて、グラスフェッドが多いことにヨーロッパの畜産業の特徴があります。
ーーヨーロッパはどれくらいがグラスフェッド・ビーフ(以下、グラスフェッド)なんですか?
小林:これが統計的にはなかなか言えないところなんです。
というのも、ヨーロッパでは子牛の頃はグラスフェッドで飼って、お肉になる前の最後の数ヶ月は穀物を与えて飼うという方法が一般的で、そもそもグラスフェッドかどうかで線引きをすることが難しいんです。
ただ、アメリカのように離乳後すぐに子牛に穀物を与えるような飼い方をしているところは少ないので、そういう意味でヨーロッパではグラスフェッドが主流と言っていいと思います。
ーーなぜ日本やアメリカとは違い、ヨーロッパではグラスフェッドで牛を育てることが一般的なのでしょうか?
小林:理由としてまず挙げられるのは、ヨーロッパの方が牧草地に適した環境が多いことです。ヨーロッパでは伝統的に平地が少ない中山間地域で、草地資源を活かした畜産業が行われていて、地域ごとの伝統的な牛の種類(畜種)が今でも飼われています。
そして、その畜種に適した飼い方として、グラスフェッドが今でも選ばれているという側面もあると思います。
ーーつまり、牧草地が豊富なだけではなく、伝統的な畜種が今でも受け継がれていることもグラスフェッドが盛んな要因ということですね。
小林:そうですね。しかも、ヨーロッパの場合、各地域でその地域伝統の牛のお肉を食べるための料理文化がしっかり残されていることも大きいです。
グラスフェッドとグレインフェッドではお肉の味も違うので、草地で育ったお肉を美味しく食べるための肉料理の文化がないと、手間のかかる伝統的な飼い方は維持できません。ですから、ヨーロッパでグラスフェッドが今でも盛んな理由は「グラスフェッドのお肉を前提とした食文化が残されているから」と言えるかもしれません。
環境に優しい畜産?
グラスフェッドの利点とは
ーー日本とは異なりヨーロッパでグラスフェッドの牛の飼い方が盛んな理由はよくわかりました。でも、穀物を与えるグレインフェッドに比べて、グラスフェッドは何が優れているのでしょうか?
小林:当然、お肉の味が違うので、グラスフェッドのお肉の方が美味しいから好きという意見もあるでしょうが、これは主観的な問題ですよね。
客観的に言うと、まず、グラスフェッドの方がアニマル・ウェルフェア(動物福祉)の観点で優れています。
ーー動物福祉、つまり動物が苦痛を感じない環境で育てるということですね。
小林:そうです。先ほどもお話したように、牛の体は本来、草を消化することを前提に出来ているので、草を食べて育つ方が牛もストレスを感じずに育つことができます。
あとは、ヨーロッパでは伝統的な地域文化の保存という意味でもグラスフェッドは重要です。グラスフェッドは地域の食文化と密接に関わっていますからね。ただ、やはり最近はヨーロッパでもファストフードの影響力が強まっていて、伝統的な食文化を前提としたグラスフェッドのお肉の人気も下がってきているようです。
そうしたなかで、グラスフェッドの新たな価値として注目され始めているのが、環境にやさしい畜産のあり方という側面です。
ーー牛のゲップには温室効果ガスのメタンが含まれているということもあって、畜産業は環境に悪いものというイメージが一般的ですよね。
小林:確かにそうです。ただ、牛などを草原に放牧させることによって、実は空気中の二酸化炭素を土の中に蓄積させることができるんです。
このメカニズムを詳しく話すと難しくなってしまうので割愛しますが、簡単に言うと、土のなかで有機物が増えると、炭素をより多く土壌のなかに蓄積できるのです。そして、牛などを放牧させると草原の生物多様性の度合いが高まるので、炭素をより多く大気から土壌に蓄積させることができると言われています。
ーー牛を放牧させた方が、大気中の温室効果ガスを減らせるかもしれないと。
小林:この見方により、グラスフェッドは環境にやさしくてサステナブルというイメージが広がっているように感じます。
私の肌感覚で言うと、以前はヨーロッパのスーパーでわざわざ「グラスフェッド」と表記してお肉を売っていることはなかったですが、環境問題への意識の高まりと同時に、あえて「グラスフェッドのお肉」と呼ぶことが増えてきましたね。
ただ、実はアメリカの専門家などからは「グラスフェッドより、グレインフェッドの方が環境に良い!」という意見も出ていて、「グラスフェッドは本当にサステナブルなのか?」という議論が最近では重要になりつつあります。
ーーグラスフェッドは本当にサステナブルなのか?この議論、非常に気になるところです。このお話は後編でじっくりと伺いたいと思います!
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