2021年6月 2日

培養肉の動向アップデート 初の環境負荷レポートも公表

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「培養肉の動向アップデート 初の環境負荷レポートも公表」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

昨年販売スタートの培養肉
今後の業界の行方は

昨年末にシンガポールで世界初の発売が始まった培養肉。生きている動物から採取した細胞を人工的に培養して増殖させ、お肉の形に成形したものです。

本連載では以前からこの培養肉について、世界の動向をお伝えしてきました。ですが、最近は培養肉の話題を取り上げる機会が少なく、最後に培養肉のテーマを扱ったのは今年2月でした

この間も世界の培養肉業界では様々なニュースが報じられました。ということで、今回は培養肉業界の最新動向をアップデートしてお伝えしていきます。

培養肉業界にとって明るいニュースもある一方、今後の業界の課題を指摘する話題もあり、培養肉業界の今後はまだ慎重に見守る必要がありそうです。

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広がるシンガポールでの提供
販売国は広がるか

まずは培養肉業界の成長にまつわる話題からご紹介しましょう。

2021年、世界の培養肉業界の動向の中心は、やはり、シンガポールで世界初の販売にこぎつけたEat Just(イート・ジャスト)社です。

イート・ジャストは、昨年12月からシンガポール国内のレストラン「1880」において、細胞培養で生産した鶏肉「GOOD Meat」を含む料理を提供していますが、今年4月からは培養肉を含むメニューのデリバリー対応も開始しました

デリバリーは大手宅配アプリのfoodpanda経由の注文で、メニューはシーザーサラダ、カツカレー、チキンライスの3種類。いずれのメニューも23シンガポールドル(約1900円)程度と手頃な価格設定で、多くの消費者が培養チキンを体験することになりそうです。

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デリバリー対応のメニューをツイートするイート・ジャスト社CEOのジョシュ・テトリック氏。

さらに、今月にはホテル大手マリオット系列の「JWマリオットホテル・シンガポール・サウスビーチ」内のレストランでもGOOD Meatの提供がスタート。このレストランも店内での提供とあわせて、デリバリーでの提供にも対応しており、シンガポールではますます培養肉の普及が進んでいくことになりそうです。

現在のところ、世界中で販売許可が下りている培養肉は、イート・ジャストがシンガポールで販売しているGOOD Meatのみ。ですが、2021年中には他のメーカーも培養肉の販売を見込んでいます。

なかでも最有力とされているのが、米国カリフォルニア州に拠点を置くMemphis Meats(メンフィス・ミーツ)社です。メンフィス・ミーツは、以前の本連載記事でもご紹介した培養肉スタートアップですが、同社は今月に入り、社名を「UPSIDE Foods」(アップサイド・フーズ)に変更。

アップサイド・フーズは、培養した鶏の細胞と植物性成分をハイブリッドさせた培養鶏肉を今年中に販売予定で、今回の社名変更は本格的な商品展開を前にしたブランド戦略の一環とされています。

アップサイド・フーズは現在のところ、販売開始に向けて政府当局の承認を待っている状況ですが、イート・ジャストに続く、培養肉の販売開始となるか注目が集まります。

また、他の有力メーカーの動向では、世界初の培養肉開発に成功したマーク・ポスト氏率いるオランダのMosa Meat(モサ・ミート)社も2022年に最初の商品発売を予定しています。

さらに、イスラエルの有力メーカーであるAleph Farms(アレフ・ファームズ)社は今年1月、日本での商品展開に向けて三菱商事との業務提携を発表。同社は培養牛肉の開発で知られ、今年に入ってからも世界初の培養リブアイステーキを発表するなど、今後の開発動向が注目されます。

培養肉は「エシカル」なのか?
電力問題という落とし穴

培養肉を使用した商品の販売に関するニュースが飛び込んでくるなか、培養肉の今後の課題を指摘するレポートの発表も一部では話題となりました。

オランダの独立系シンクタンク・CE Delftは、今月、培養肉生産による環境負荷を試算したレポートを発表。このレポートでは、培養肉生産に関わる15社の協力のもと、使用電力源による影響などを含む、培養肉生産に関わる全ての環境負荷を試算しています。

こうした環境負荷の試算手法は、通称「ライフ・サイクル・アセスメント」(LCA)と呼ばれるものです。ある製品の生産が環境に与える影響は、原材料生産や流通など、その生産に関わるあらゆる過程を考慮して算出することでより正確に測定できます。その手法がLCAなのです。

そして、今回の培養肉に関するLCA試算は世界でも初の試みとなります。

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上のグラフでは、横軸で左から順番に、肉不使用タンパク質、豆腐、培養肉(持続可能な電力を使用)、鶏肉、豚肉、培養肉(化石燃料などによる電力を使用)、肉用牛の牛肉、乳用牛の牛肉をとり、それぞれの環境負荷を比較したものです。

このなかで興味深いのは、牛肉に次いで環境負荷が大きくなるのは、従来型の発電による電力を使用して生産した培養肉であると試算されている点です。

石油をはじめ化石燃料を使用する火力発電は、日本やアメリカでは最も発電量の割合が高くなっています。こうした従来型の発電による電力を使って培養肉を生産すれば、豚肉や鶏肉よりも環境負荷は大きくなると、このレポートは指摘しています。

一方、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを利用するなど、電力の環境負荷にも配慮すれば、培養肉の環境への影響は肉類のなかで最も小さくなるとされています。

環境保護の側面からもその可能性が評価されている培養肉ですが、電力問題という意外な落とし穴にも注意する必要がありそうです。

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上記のグラフは培養肉のみをピックアップし、消費電力による環境負荷を比較したものです。右が従来型発電で、左が持続可能な発電による生産によるものを示しています。同じ培養肉でも電力源の差によって、環境負荷の値は3倍近く異なっており、化石燃料への依存をどれだけ断ち切れるのかが培養肉業界の大きな課題となりそうです。

2021年527日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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