2021年2月14日

独で雄ヒヨコの殺処分禁止へ アニマル・ウェルフェアの最新事情

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「独で雄ひよこの殺処分禁止へ アニマル・ウェルフェアの最新事情」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

代替肉とコロナ禍で増す
アニマル・ウェルフェアの重要性

日本でも代替肉の話題が徐々に身近なテーマとなってきました。本連載では、昨年末に「日本でも食べられる!代替肉バーガーを徹底レポート」でもお伝えしましたが、代替肉は今後、低価格なファストフードでますますその存在感を高めていくでしょう。

低価格層で代替肉による置き換えが進むと、従来の牛肉や豚肉などの「畜肉」が果たす役割はどのようなものになるのでしょうか。この未来予想図を描くことは難しいですが、筆者の個人的な意見としては、今後、畜肉はより上質な「高級路線」を目指すことが必要になってくるのではと感じています。

そこで注目したいのが、上質な畜産物を、より良い家畜の飼育環境の中で生産する工夫です。こうした取り組みは、一般にアニマル・ウェルフェアとも呼ばれ、もとは1960年代に英国議会で提唱された原則です。このアニマル・ウェルフェアを重視することは、感染症によるパンデミック対策としても有効であるということもあって、コロナ禍で一層注目を集めています。

日本では最近、元農林水産大臣が養鶏業界関係者から不正に賄賂を受け取っていたことが発覚しました。報道によれば、この事件はアニマル・ウェルフェアの取り組みが義務化されることを恐れた養鶏業界関係者が賄賂によって当時の農水大臣からの便宜を期待したもので、ネガティブな形ではありますが、アニマル・ウェルフェアの存在がマスコミでも広く報道されました。

アニマル・ウェルフェアの取り組みには相応の設備投資費がかかるため、日本での浸透にはまだ時間がかかりそうですが、先に述べたように、今後はアニマル・ウェルフェアが重要な役割を果たすことになるでしょう。

ということで今回は、いち早くアニマル・ウェルフェアに取り組んできたヨーロッパで、いま活発に議論されているテーマを取り上げます。

ドイツやフランスで相次ぐ
雄ヒヨコの殺処分禁止

良いアニマル・ウェルフェアとは、動物の苦痛を最小限になった状態のことを指し、そのためには様々な工夫が必要とされます。最も分かりやすいのは、家畜1頭あたりの飼育スペースをなるべく広く確保するというものですが、他にも家畜の飼育から屠畜までの間に多様な工夫が求められます。

なかでも、いまヨーロッパで注目されているのが、養鶏業界で慣行となっている"Chick culling"と呼ばれる雄ヒヨコの殺処分の話題です。

雄鶏は卵を産まず、肉も雌鶏より少ないため、雄ヒヨコは誕生してまもなく、粉砕機などによって殺処分されることが養鶏業界では慣行とされてきました。これまで、動物愛護団体などがこの慣行の廃止を求めていましたが、雄ヒヨコの飼育コストを低減するための有力な代替策がなく、慣行の廃止は難しいとされてきました。

しかし、近年では孵化前にヒヨコの性別を判断する技術の開発が進んでおり、ヒヨコに孵る前の痛みを感じない段階で処分をすることも近い将来可能になると考えられています。

このヒヨコのアニマル・ウェルフェアに関する技術開発をリードしている国が、イスラエルです。本連載では以前にも取り上げたように、イスラエルはユダヤ教の宗教観念を背景にアニマル・ウェルフェアへの関心が極めて高い国でもあります。

イスラエルのスタートアップ、eggXYt's社はゲノム編集技術を応用して卵の性別を判断する技術を開発。さらに、同じくイスラエルのSooS Technology社は、音波振動を利用した卵の性転換技術の開発を進めるなど、ヒヨコの殺処分を防ぐための技術開発をめざましい発展を遂げています。

SooS社の技術紹介

こうした技術革新を背景に、ドイツ政府は今年1月、孵化前に性別を判断することで、養鶏業者に残酷な雄ヒヨコの殺処分を禁ずる政令を閣議決定し、2024年からの本格的な規制運用開始を目指すことになりました。

同様の雄ヒヨコの殺処分禁止はフランスでも検討が進んでおり、アニマル・ウェルフェアへの関心が高まるなか、今後各国で規制が整備されていくことも考えられます。

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イギリスは家畜の生体輸出禁止へ
焦点となる経済的支援

ここで、他国でのアニマル・ウェルフェアの話題も確認してみましょう。

最近、イギリスで話題となっているのが、家畜の輸送方法に関する議論です。

家畜を農場から出荷する際に、生きたまま(生体)の家畜をトラックなどに乗せて長時間輸送することは、家畜にとってストレスが大きくかかります。よって、ヨーロッパのアニマル・ウェルフェア推進団体などは、家畜の生体輸送に時間制限をつけるなどのルールを整備することを求めてきました。

早くからアニマル・ウェルフェアに取り組んできたEUでは、昨年5月に発表された食料政策「ファーム・トゥ・フォーク戦略のなかで、家畜の生体輸送について規制を設けることが目指されているものの、現在のところ家畜の生体輸送に具体的な制限はつけられていません。

しかし、ここにきて、EUに先んじて生体輸送に制限を設ける国が現れます。それが、昨年EUを離脱したイギリスです。

英政府は、EU離脱の移行期間であった昨年12月、国外への家畜の生体輸出を禁止する方針で検討を進めていることを発表。ここには、家畜の生体輸送を規制できていないEUとの違いを際立たせ、EU離脱の正当性を強調したい政治的思惑もあると指摘されますが、動物保護団体などからは「アニマル・ウェルフェアにとって前進だ」と歓迎の声が上がっています。

政府当局はこの規制を早ければ2021年中にも施行させたい考えですが、家畜の生産者団体などは反発を強めています。

イギリスの農業誌「Farming UK」は、牛など反芻動物の生産流通業関係者の発言を掲載。「家畜の生体輸出が禁止されるのであれば、国内の食肉処理場の処理能力を上げる必要がある。これまでの生体輸出に関わってきた輸送業者など、規制により大きく影響を受ける企業への責任を政府は負うべきだ」との意見を紹介しています。

政府当局はこうした事業者からの意見も参考にしながら、規制の導入に向けた準備を進めるものと見られ、経済的な影響への懸念をどこまで反映した規制となるかに注目が集まります。

ドイツやイギリスなどの例からも分かるように、アニマル・ウェルフェアの推進は、事業者の経済的な影響への配慮がセットで必要となります。これは日本における例の贈収賄事件でも浮き彫りとなった、アニマル・ウェルフェアの難しい部分と言うことができるでしょう。

事業者の経済的な負担を増やすことなく、より良いアニマル・ウェルフェアを目指すためには、先のヒヨコの事例のように技術開発を進めることも重要ですが、少々値段が高くてもアニマル・ウェルフェアに配慮した商品を買い支える消費者の存在が不可欠です。

今月からオーストラリアのマクドナルドで、使用する卵をすべてアニマル・ウェルフェアの認証をクリアしたものに切り替えるというニュースもありました。外食や小売の業界でアニマル・ウェルフェアへの取り組みが進んでいくことも、消費者の意識変化に影響を与えていくことになるでしょう。

2021年210日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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