2021年1月27日

水耕栽培はオーガニック? コロナ禍で注目のジレンマ

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「水耕栽培はオーガニック?コロナ禍で注目のジレンマ」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

コロナ禍と気候変動
注目集まる水耕栽培

コロナ禍によって世界的な規模で食生活に変化が現れているなか、野菜をはじめとしたオーガニック農産物(有機農産物)の売上増加が各地で話題になっています。

米国で公表されたレポートによると、昨年の米国でのオーガニック農産物の売上は14.2%(約10億ドル)増加して、およそ8800億円(85億ドル)に達しました。一方、慣行栽培品の売上も10.7%伸びています。

同様の結果は英国でも報告されています。消費動向調査を行うKantar Worldpanelによると201911月から昨年11月までの1年間の、英国でのオーガニック農産物の売上は12.9%増加し、慣行栽培品も8.9%ほど売上を伸ばしています。

こうした野菜や果実などの売上増加、とりわけオーガニックの売上増加の背景にあるとされるのが、コロナ禍によるステイホームと、食の健康志向の拡大です。

米国でのある調査によると、アンケートに回答した人のうち54%がステイホーム期間に自炊の機会が増えたと回答。さらに、特によく食べるようになった食品としては、サラダや野菜が挙げられています。

これは感染拡大による健康意識の高まりを反映したものと見られ、本連載では以前にも詳報した通り、肥満率が比較的高い欧米などではコロナの重症化を回避するために、食の健康志向が加速していると指摘されています。

農薬や化学肥料を使わないオーガニックは、一般に「安全な食」と見なされる傾向が強いものです。そうしたイメージが人々の健康志向とステイホームの増加と相まって、オーガニック農産物の売上増加につながっていると考えられます。

この傾向が続けば、今後オーガニック農産物への需要は世界的にますます拡大するでしょう。しかし、気候変動などによって、農産物の生産環境は年々厳しさを増しており、増大する需要に供給が追いつけるかどうかには懸念もあります。

そこで注目されるのが、屋内の人工的に管理された環境下で農作物を栽培する屋内農業(インドア・ファーミング)の可能性です。

後述の通り、屋内農業には垂直農法(ヴァーティカル・ファーミング)をはじめ、いくつかの種類があります。ただ、いずれの農法も原則として共通するのが、土壌を使わず作物の根に水をつけて育てる水耕栽培を行うことです。さらに、化学肥料や農薬を使わずに栽培を行うことが比較的容易なことから、コロナ禍と気候変動に直面する世界において、この屋内農業への期待が高まっています。

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米国ではトマトの出荷も開始
屋内農業の可能性は?

屋内農業による農産物の栽培と出荷はすでに一部で広がりつつあります。

米国・ケンタッキー州に拠点を持つAppHarvest社(アップハーベスト)は、自社生産したトマトを、今月からウォルマートやクローガーなど米国内の大手スーパーへと出荷すると発表。同社はケンタッキー州の大規模な屋内農業設備で、無化学肥料・無農薬で、かつ使用する水は100%雨水の再利用という環境でトマトの栽培に取り組んでいます。

アップハーベストを紹介する地元ケンタッキー州のメディア

上記の動画をご覧いただければ分かる通り、アップハーベストの栽培設備は太陽光を利用した環境です。一方、屋内農業では人工照明を利用した垂直農法と呼ばれる分野も存在します。

垂直農法はその名の通り、高層ビルなどの建物のなかで多層的な環境のもと農作物を栽培する方法で、発案者はアメリカ人微生物学者のディクソン・デスポミエ氏といわれます。デスポミエ氏は、中東諸国など農地に適した環境が少ないなかでの食料自給の方法として、高層ビルのなかで可能な農法として垂直農法を発案。事実、UAEなど中東諸国では、この農法を普及させるための動きも活発になっています

しかし、垂直農法は人工照明や暖房設備に莫大なコストがかかり、現在のところ、ハーブ類などの限られた作物のみが一部で販売されているに過ぎません。

よって、垂直農法の商業化に向けた道のりは長そうですが、先のアップハーベストのように、無化学肥料・無農薬で、気候の影響を受けずに安定した収量を得られる屋内農業の役割は今後ますます大きくなるでしょう。

ここで1つの問題が出てきます。それは、無化学肥料・無農薬で育った屋内農業の農産物が、いま世界的に需要が高まっている「オーガニック」を名乗れるのか?ということです。

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水耕栽培はオーガニックか?
米国では訴訟にまで発展

多くの国では、商品名などに「オーガニック」という表記を使用できるかどうかは法律で規制されています。日本の場合、JAS法に基づいて検査を受け、認証を得た農産物などにのみ「有機」や「オーガニック」などの表示が認められています。

ここで問題となるのは、屋内農業で活用される水耕栽培が、果たして各国で定められているオーガニックの要件を満たしているのかという点です。この問題について各国の対応は分かれています。

国際的にも有機農業を特に推進していることで知られるEUの規制は、オーガニックの要件に「土壌での栽培」を求めており、水耕栽培はこの要件を満たさないことから、「オーガニック」の表記を販売にあたって使用することはできません

日本も原則はEUの規制と同じく、水耕栽培に有機JASの認証を認めていません。ただ、水耕栽培が原則とされるスプラウト類については例外として、液肥を与えず人工照明を利用していない場合は有機JASの対象とされています。

一方、米国では現在のところ水耕栽培の農産物に「オーガニック」の表記が認められています。米・農務省(USDA)は2018年、諮問機関である全国有機基準委員会(NOSB)の勧告に反して、水耕栽培に「オーガニック」表記の使用を認める方針を公表しました。

しかし、米国の有機食品生産法(OFPA)では、有機農業の目的に「健全な土壌の育成」が掲げられています。そこで、一部の消費者団体はUSDAの2018年の決定がこの法の目的に反していると主張し、現在USDAを相手取り訴訟を起こす事態にまで発展しています

USDAの決定が有機農業の本来の趣旨に反していると批判を受ける一方、EUなどの厳格な規制にも批判の声は上がっています。

政治ニュース専門メディア・Politicoは、「持続可能な農業に向けたイノベーションの発達を阻害するEUの規制運用は馬鹿げている」とする垂直農法企業の関係者の声を紹介。持続可能な食料戦略を掲げながら、屋内農業に不利な規制をしくEUの現状を批判的に取り上げています。

水耕栽培を活用した屋内農業の役割は、コロナ以後の世界において安心で良質な農産物が求められるなかで、ますます大きくなるでしょう。そして、そうした屋内農業の農産物が「オーガニック」という看板を掲げることは、消費者への重要な訴求要素となり、屋内農業の普及に資することはもちろん、消費者が適切な選択を行うための一助にもなります。

しかし、各国でその対応が分かれているように、健全な土壌の育成との関係が深い有機農業に、水耕栽培を含めるべきかについては大いに議論の余地があり、屋内農業の役割がますます重要になるなか、日本を含め各国で今後検討を進めるべきテーマとなるでしょう。

2021年123日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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