2020年10月21日

ブレグジットで揺れる英国・食のエシカル

「ワールド・エシカルフード・ニュース」担当 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「ブレグジットで揺れる英国・食のエシカル」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

ブレグジットと食のエシカル

「エシカルはおいしい!!」にも寄稿されているロブ・ハリスンさんが創刊した雑誌『エシカル・コンシューマー』は、1989年にイギリス・マンチェスターで誕生しました。イギリスは、動物福祉(アニマル・ウェルフェア)の概念が世界で最初に提唱された国のひとつでもあり、世界のエシカル消費の潮流では、常に英国がその中心にあります。

そのイギリスでいま、エシカルな食、とりわけ今後の食品基準をめぐり、国内で大きな波紋を呼ぶ事態が起きています。そのきっかけは、近年世界を賑わせているイギリスのEUからの離脱、いわゆる「ブレグジット」に伴い、世界各国と締結し直すこととなった通商協定です。

本連載では今年6月にも、「食エシカル基準がBrexitで変わる?」と題して、この問題を取り上げました。イギリスは国内で生産される食品について高い生産基準を設けており、その厳しさは世界でもトップクラスと言われるもの。しかし、ブレグジットをきっかけにアメリカをはじめ、各国と通商協定を締結するなかで、自国の生産基準を下回る環境で生産された食品が外国から輸入されてしまうのではないか。そんな危機感が英国内では農業界を中心に高まっています。

特に英国内で関心が高い懸案が、米国からの輸入食品。特に、米国産の鶏肉をめぐる問題です米国では鶏肉の加工工程での消毒に次亜塩素酸水を用いますが、英国をはじめヨーロッパでは水は使わず冷気をあて空冷させるエアチルと呼ばれる方式が一般的。EUでは1997年にこの次亜塩素酸水による消毒が禁止されており、ヨーロッパではこの「Chlorinated Chicken」(塩素消毒チキン)への反感が非常に強いとも言われます。

したがって、イギリスをはじめ、ヨーロッパにおいて通商問題と食品の品質基準との関係が議論になるのは今回が最初ではなく、特に米国との間では長年にわたり論争が続いてきた分野であります。

しかし、ブレグジットによりEUを離脱したイギリスにとって、米国はEU域外への輸出の約3割を占める最重要パートナー。さらに自国の市場開放は同時に、英国産農産物の米国への輸出拡大にもつながります。現在も交渉中の英米通商協定をめぐる今回の問題、その複雑さも相まって、市場開放を進めたい政府と農業界との対立が、議会を舞台に繰り広げられています。

食品基準を守れ
相次ぐ法律による保護の試み

各国との通商交渉が続くイギリスでは、過度に基準を下回る輸入品の国内市場への参入を阻止しようとする動きが農業界を中心に活発になります。すでに本連載ではお伝えしたように、下院の農業担当委員会議長を務めるニール・パリッシュ議員らは、農業法を一部改正し、国産食品と同等の生産基準や高い関税率を輸入食品に課すことを目指しましたが、今年5月、下院は51票差でこれを否決。

この後も全英農業者組合(NFU)を中心に、輸入農産物の生産基準の設定を求める署名運動が展開され、前回の本連載記事公開時点でその署名数はすでに100万を超えるなど、今後の動向に注目が集まっていました。

そして、議会上院にあたる貴族院にも動きが見られました。上院のグランチェスター議員らは、輸入食品にも国産食品と同等の生産基準をクリアすることを義務付ける、農業法改正案を議会に提出

上院は賛成多数でこの改正案を可決しますが、先週月曜に採決が行われた下院は、これを否決。政府側は、輸入食品の生産基準などについてはすでに存在する規制によって十分対応可能であり、新たな立法による規制は不要だとする従来の主張を繰り返しました。

しかし、規制推進派による議会での抵抗はまだ終わったわけではありません。

強硬に反発する政府
英国の食のエシカルはどうなる

規制推進派で、NFU出身のカリー上院議員は独自の農業法改正案を議会に提出します。この改正案は、個別の通商協定ごとに当該協定が食品基準に与える影響について、第三者機関による精査を政府に義務付けるもの。NFUをはじめ農業界は、この改正案の成立を目指してロビー活動を積極的に展開し、9月22日、上院はこの改正案を可決します。

あとは下院での採決を待つのみとなりましたが、ここで政府側が反発を強めます。

イギリスの議会法では、政府の歳出などに関連する事項のみを目的とする旨を下院議長が認定した法律案は、金銭法律案と呼ばれ、この場合、下院が先議権(先に審議を開始する権利)を持つと定めています。

そこで政府は、現在一時的に設置されている政府の農業貿易委員会の常設化をその内容に含むカリー議員の改正案は、この金銭法律案にあたると主張し、下院議長に対してこの認定を求めています。つまり、カリー議員の改正案が金銭法律案として認定されれば、上院での採決は無効となり、規制推進派にとっては不利な状況となることは間違いありません。

こうした政府による強硬な姿勢に対して、当のカリー議員は「違反と指摘されるとは思いもしなかった」とコメントした上で、下院での審議すら開始させない政府を批判。また、政府の対応を受け、カリー議員は内容を一部変更した改正案を再度上院に提出します。

新たな改正案は、通商協定の締結前に、その影響評価を議会に報告するよう政府に求めるもの。従来の案と比較すると、態度を軟化させたものの、カリー議員は議会が協定への意見を表明できることが重要だと話します。

政府はこれまで、従来の規制の活用によって塩素消毒済みの鶏肉などの輸入食品への制限をかけることが可能だと主張してきました。しかし、一部メディアの報道によると、米国などとの相互の市場開放を進めたい政府は、鶏肉など、懸案となっている食品を含めた大幅な規制緩和を目指しているとも伝えられており、政府説明への不信感も徐々に高まっているものと見られます。

エシカル先進国イギリスで、議会を舞台に繰り広げられている食のエシカルをめぐる攻防戦。これまで世界の最先端を走ってきたとも言えるイギリスのエシカルな食のあり方がブレグジットを通じて、どのように変容するのか。そして、農業界やイギリスの消費者たちはこれに対してどのように対応をするのか。前回の本連載で取り上げたEUにおける食品表示の問題とあわせ、ヨーロッパの食の行方に注目が集まっています。

2020年1019日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
一橋大学法学部在学中。生まれながらの食いしん坊で、佳い食あふれる世の中に寄与するための行政的アプローチに関心を持つ。大学在学中はこれまで農業系学生団体に所属し、主に農業現場の課題のリサーチを行なってきた。食べることをこよなく愛し、一日3食の充実に執念を燃やす。
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