2020年10月14日

代替食品の表示規制 岐路に立つEU

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「代替食品の表示規制 岐路に立つEU」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

今月の欧州議会で変わる?
注目したい食品表示の規制改正

 本連載では前回記事でその問題の概要をお伝えした、代替肉をはじめとする代替食品の表示規制。数多くの分野で代替食品の開発が進む欧米では、代替食品メーカーと既存の動物性食品を生産する畜産業界などとの間で、食品名称などの表記をめぐる問題で対立が深刻となっています。つまり、植物性肉のソーセージを「ベジタリアン・ソーセージ」と表記して販売した場合、一般的にソーセージは動物性食品なので、畜肉を使用していないのにも関わらず「ソーセージ」と表記することには問題があると畜産業界側などが主張。この点をめぐり、畜産業界のロビイングを受けた米国の一部州政府などが規制を施行させ、こうした規制の合憲性について、一部では訴訟問題にまで発展しています。

 そして、前回記事ではお伝えできなかったものの、代替食品の表示規制について、注目の動きがEUで起きています。欧州議会は10月19日から22日にかけて、代替食品の表記に関する重要な規制改正の審議を行うとしており、この改正が成立するか否か、にわかに注目が高まっているのです。

 来週、欧州議会での審議採決が行われるのは、EUの共通農産物市場政策における規制の一部改正について。この改正案は実に200項目以上にも及びますが、なかでも注目されるのが、Amendment 165(修正165条)と呼ばれる畜肉食品の表示に関する項目と、Amendment 171(修正171条)と呼ばれる牛乳と乳製品の表示に関する項目です。

 畜肉食品の表示については、修正165条で「現在、食肉及び食肉カットに使用されている食肉関連用語および名称は、動物の食用部分のみに使用が認められる」とする規制が新たに加えられる予定で、さらに同条は、『「ソーセージ」、「ステーキ」、「バーガー」など、現在食肉製品に使用されている名称は、畜肉を含む製品にのみ使用が認められる』とも規制。現在世界的に販売されている植物性肉を使用した商品は、「ビヨンド・バーガー」や「インポッシブル・ミート」など、食肉を連想させる名称(いわゆる"ミーティーな表記")を用いているため、今回の規制が成立すればそうした名称の使用が規制されることになります。

 さらに、代替肉への規制以上に厳しい規制となるのが、牛乳と乳製品の表示について定めた修正171条です。これまでもEUでは、代替乳製品について従来の乳製品に関連する名称の使用を禁止した裁判所の判断が下されるなど、代替乳の名称表記には規制がかけられてきましたが、今回の規制案では、「直接か間接かを問わず、あらゆる牛乳および乳製品に関する商業的な表記」を、代替乳製品に使用することを禁止。これにより、商品名称はもちろん、パッケージイラストでヨーグルトやアイスクリームなどの乳製品に似せたものを使用することも規制対象となると見られており、さらに解釈次第では、「牛乳使用のバターに比べてCO2排出量が半分」といった、マーケティングの文言で「バター」に言及することも規制対象となるのではと懸念されています

European Alliance for Plant-Based Foodsによる修正171条への反対を呼びかける動画

混乱と矛盾
規制強化の問題はどこに

 代替肉と代替乳に関する表示規制の強化には、様々な観点から批判の声が上がっています。まず、最大の疑問として指摘されるのが、こうした代替食品への規制強化は消費者保護に資するのかという点。畜肉を使用していないにも関わらず、ソーセージやバーガーなどの食品を名乗ることは、消費者の誤認につながるというのが規制推進派の主張ですが、実際に消費者がそうした誤認を起こすのかどうか。反対派は、長年「ミルク」として販売されている豆乳やアーモンドミルクを例に挙げ、そうした誤認が実際に発生するとは考え難いと主張します。また、代替食品が「代替元」の食品の名称を用いず、全く新しい名称で販売されれば、かえって消費者は混乱することが予想され、規制推進派の「消費者保護」は実態にあわない詭弁ではないかとも指摘されます。

 さらに、消費者以上に混乱が生じるのが代替食品のメーカー側の対応です。これまで商品名などで使用してきた名称の使用が規制されれば、大幅なパッケージ変更やマーケティング計画の刷新などを迫られることとなり、その人的および金銭的なコストは莫大なものです。仮に規制強化が成立したとしても、おそらく施行までは一定の猶予期間が設けられるものと思われますが、いずれにしてもメーカー側の負担の大きさは計り知れません。

 また、EUがこうした代替食品への規制強化を進めることは、EU自身の政策にも矛盾します。EUは、今年5月に発表した食料政策であるファーム・トゥ・フォーク戦略(F2F戦略)において、植物性肉の普及促進と、牛肉や豚肉などのレッドミートや加工肉の消費量削減を政策目標として盛り込んでいます。しかし、一連の代替食品への規制が実現すれば、F2F戦略の政策目標とは矛盾した規制強化とも捉えられかねず、EUのF2F戦略を通じた環境問題などに対する"本気度"にも疑問が生じるでしょう。

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ロビー活動による阻止はあるか?
規制成立までの攻防戦

 今月19日から22日にかけて欧州議会で審議予定の一連の食品表示規制案。EUの通常立法手続によると、第一読会と呼ばれるこの欧州議会での審議で、「承認」もしくは「修正」と採択されれば、このあと当該分野を担当する各国閣僚で構成される理事会に諮られ、ここで議会での決定が承認されると、正式に規制成立となります。なお、EUではすべての加盟国で国内法と同等に適用される法行為を「規制」(Regulation)と称しています。

 現在、複数の植物性食品の業界団体などが欧州議会議員などに対して規制成立阻止に向けたロビー活動を展開しており、さらに請願署への署名活動も併せて行っています。活動の中心となっている団体のひとつであるProVeg Internationalによると、署名はすでに12万人分ほど集まっており、議員への最終的な提出までには15万人に達する見込みとしています。しかし、一般的に欧州議会の第一読会での承認による立法成立率は80%近く、規制の成立阻止に向けたハードルは高いものと見られます。

 EUは環境問題などへの意識が極めて高いことなどから、代替食品にとっては世界で最も有望な市場のひとつですが、今回の規制強化が実現すれば、その影響は深刻です。現在、米国の連邦食品医薬品局も、培養肉や植物性肉などの代替肉の表示規制を検討しているとも報道されており、EUでの規制動向が世界的にも大きな影響を与えることになりかねません。F2F戦略をはじめ、環境問題などに働きかける意欲的な食品政策を進めてきたEU。その"本気度"が試されています。

2020年10月13日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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