2020年9月 2日

プラントベースドな海の幸

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「プラントベースドな海の幸」。いまやプラントベースドは肉だけでなく、魚介類にまで広がりつつあります。今回はそんなプラントベースド・シーフードの現状に注目します。
ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

資源減少の問題
魚介類の未来は植物にあり?

これまで本連載で"プラントベースド"といえば、プラントベースド・ミート、すなわち植物性肉について世界的な動向を繰り返し取り上げてきました。しかし、プラントベースドと称される植物由来の成分によって従来の食品の再現を目指しているのは、食肉の分野だけのことではありません。アーモンドミルクなどが台頭しつつあるミルク分野をはじめ、チーズなどの乳製品をプラントベースドで代替する商品も近年急速に市場での存在感を増しています。そして、コロナ禍の世界で植物性食品がかつてない注目を集めるなか、次なるプラントベースドとしてにわかに盛り上がりを見せているのが、シーフード。すなわち、マグロやサーモンなどの海の幸を植物成分によって再現する動きです。

これまでプラントベースド・シーフードの商品開発は食肉に比べて進んでこなかったものの、魚介類を植物成分で代替することへの動機は十分に存在し、その筆頭に挙げられるのが、水産資源減少の問題への対応です。
フードジャーナリスト・佐々木ひろこさんが取り上げられているように、日本近海でもクロマグロをはじめとした貴重な水産資源が減少の一途を辿っています。「エシカルはおいしい‼︎」でも漁業関係者による独自の取り組みや、国際的な非営利団体・海洋管理協議会(MSC)による認証制度の整備について伝えてきました。日本でも水産資源減少の問題への対応を進めていますが、水産庁によると世界における1人あたりの水産物消費量は過去50年で2倍以上に増加しており、この増加傾向は今後も継続することが見込まれます。

水産資源は限りある一方、増大する需要にいかに対応するか。現在世界的に養殖技術の革新も進んでいますが、マグロなど需要の大きい一部の魚種は現状では養殖が難しいことも知られています。そこでいま、世界的に期待が高まっているのが植物成分による魚介類の再現。コロナ禍を受けて世界的に植物性肉市場がかつてない活況に沸くなか、"次なるプラントベースド"として、プラントベースド・シーフードへの注目が欧米メディアでは盛り上がりを見せています。

食肉に比べて、食感の再現へのハードルが高いとも言われる魚介類。
"プラントベースドな海の幸"の現実味はいかほどなのでしょう?

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多様な期待の背景
課題は食感再現の技術

プラントベースドの魚介類に注目が集まる要因は、資源減少への懸念からだけではありません。英・BBCはプラントベースド・シーフードへの期待が高まっている背景について、複数の要因を指摘します。

ヴィーガン・シーフード 次なるプラントベースドのトレンドか?
202063 BBC

BBCによると、エビをはじめとした甲殻類は世界で最も一般的なアレルゲン(アレルギーを引き起こす物質)であることから、植物成分によってこれらの食品の代替が可能となれば大きな市場となる可能性があり、また近年、漁業労働者の人権侵害の問題への関心もイギリスなどを中心に高まっています。さらに、ミルクや乳製品に比べて単価も比較的高いこともプラントベースド・シーフードの可能性が期待される要因とされ、すでにイギリスでは2018年にヴィーガンフィッシュを提供するレストランも開業。人気を博しています。

しかし、さらなる普及にはまだまだハードルは高いのが現状です。牛や豚などの動物とは異なり、魚介類は生育環境の劣悪さなど動物福祉(アニマル・ウェルフェア)の観点での議論に上がることが少ないこと、キリスト教においては魚介類は肉とはみなされず、禁欲期間でも魚介類の摂取は許容されてきた歴史があります。こうした文化的背景もあり、プラントベースド・シーフードの市場は非常に小規模なものにとどまっており、植物性食品の市場調査を行うThe Good Food InstituteGFI)によると、プラントベースド・シーフードの市場規模はすべての植物性肉類の売上のうちわずか1%を占めるに過ぎません。

また、食感の再現などの技術的ハードルも、植物性肉に比較して高い点が課題としてあげられています。生の魚介類がもつ繊細で独特な食感を植物成分で再現することは、現状の技術では極めて困難で、現在欧米などで販売されているプラントベースド・シーフードの多くが常温でパッキングされたツナなど、生の食感の再現が不要なフレーク状の商品となっています。これらの問題は、今後の植物性食品市場の拡大による投資がもたらす技術革新や、細胞培養などの新たな手法によってクリアされていくことが期待され、コロナ禍を受けて植物性食品に世界的な関心が集まるなか、技術革新の動向が注目されます。

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商品開発の動向は
鍵となるフレキシタリアン

期待は高いものの、まだまだ今後の成長が重要であるプラントベースド・シーフード。成長の可能性を考える上でカギとなるのが、いわゆる"フレキシタリアン"と呼ばれる層の取り込みです。フレキシタリアンとは、ヴィーガンやヴェジタリアンのように動物性食品を原則として口にしないわけではなく、基本は菜食主義でありながら動物性食品も食べるときは食べる、すなわち自身の嗜好やTPOに応じて柔軟(フレキシブル)に動物性食品も摂取する層のことです。環境問題などへの関心はあるものの、過度にストイックな食生活を送ることが難しいと感じる欧米の人々の間で広がりつつある概念です。現在の欧米での植物性食品の成長の背景には、こうしたフレキシタリアン層が大幅に拡大していることがあると考えられています。

欧米では元来、魚介類をヘルシーで栄養価の高い食材として捉える傾向が強いと言われ、フレキシタリアンのなかにはヘルシーさや健康への関心を理由に植物性食品を選ぶ層が一定数存在することから、魚介類特有の栄養価やヘルシーさを植物成分で再現することが可能となれば、元来の魚介類へのイメージとも相まってプラントベースド・シーフード市場は拡大していくと見込まれます。すなわち、市場の拡大にあたっては、食感の再現と並んで栄養価の充実が大きな課題となるのです。

では、実際の商品開発はいまどこまできているのでしょうか。
プラントベースド・シーフードの分野におけるフロントランナーのひとつが、米・ニューヨークに本拠を構えるスタートアップ・Good Catch Foods(グッド・キャッチ・フーズ)です。

2017年に創業した同社は、エンドウ豆、大豆、ヒヨコ豆など6種類をブレンドした独自の植物性タンパク質や海藻パウダーなどを原料としたツナをはじめ、冷凍のフィッシュバーガーパテやクラブケーキなども販売。オメガ3脂肪酸など魚介類に多く含まれる栄養素を取り込んだ同社の製品は高い評価を得ており、現在、米大手スーパー・ホールフーズなどニューヨークを中心としたスーパーマーケットや、レストランなどで提供を行なっています。

また、大手植物性肉メーカーによる参入も発表されました。食品世界最大手のひとつ・ネスレは現在、ヴィーガンブランド「ガーデングルメ」を立ち上げ、植物性肉などを中心に植物性食品の充実を進めていますが、先日、同ブランドから植物性ツナ「Vuna」をリリース。Vunaはサラダやピザ、サンドイッチなどのトッピングとしての利用が期待され、同社は発表のなかで「栄養価は本物のマグロと遜色ない」と強調。同社拠点国のひとつスイスから販売を開始し、今後販売をさらに拡大させる方針です。

水産資源の保護などの動機を背景に広がりを見せつつあるプラントベースド・シーフード。現状では常温保存の商品や冷凍品のみが販売されているものの、コロナ禍を受けた植物性食品市場の活性化などによって、今後の技術革新が期待される余地は大きく、市場拡大への期待感は高まっています。昨今、日本でも深刻な水産資源の減少が盛んに報道され、問題への関心も高まりつつあります。島国に暮らす我々にとって身近な環境問題に関連するだけに、プラントベースド・シーフードの日本での普及の可能性は意外にも大きいのではないでしょうか。

2020年831日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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