2020年8月27日

コロナ禍がもたらす「グリーンウォッシング」

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは、コロナ禍がもたらす「グリーンウォッシング」。コロナ禍をへて、食のサステナビリティへの関心が世界的に高まる一方、同時に「グリーンウォッシング」と称される問題の対処が課題となりつつあります。
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コロナ禍であらわとなった
食品サプライチェーンの脆さ

新型コロナウィルスの感染拡大による影響、いわゆる"コロナ禍"のなか、食の分野で世界的な現象として見られているのが、食品の持続可能性や安全性への関心の高まりです。アイルランドの大手食品メーカー・ケリーグループが実施した調査によると、アンケートに回答した消費者のうち50%が、自身が消費する食品についてより責任を持って選びたいと回答し、この割合はこれまでの調査で最も高いものでした。また、同じ調査において、地元で生産されたローカルな食品を買うためなら高い金額であっても購入するかという質問には、48%の消費者から肯定的な回答が得られ、コロナ禍をへて食の分野における持続可能性や地産地消の重要性がより一層高まっていると、スコットランドの大学研究機関は指摘します。

ところで、なぜコロナ禍によってそうした持続可能性や地産地消への関心が高まるのでしょうか?自宅で過ごす時間が増え、家庭で調理をする機会が増加した結果、食による健康などへの関心が高まっているのではないかとも一部では指摘されますが、持続可能性や地産地消にスポットライトが当てられている状況を踏まえると、注目すべきは春ごろに各地で相次いだ食品サプライチェーンの崩壊です。感染拡大が世界的に拡大しつつあった今年春頃、国際的なヒトの移動制限や物流の停滞、あるいは生産現場でのクラスター発生などによって、欧米を中心に食品サプライチェーンは危機的状況に陥ります。本連載でも繰り返し取り上げてきた食肉業界はもちろん、春に旬を迎える青果物の収穫をめぐっても混乱が相次ぎました

これまでも長大な食品のサプライチェーンをめぐっては、その脆弱性が理論上は指摘されていたものの、今般のコロナ禍によってその懸念が現実のものとなります。こうしたサプライチェーンの綻びはメディアで盛んに報道され、一部の食品については実際に店頭で品不足が発生し、小売価格の上昇にもつながりました。このような事情を背景にして、多くの消費者が現代のフードシステムにおける脆弱性を強く認識。かねてから欧米で関心の高い気候変動への懸念などとも相まって、食の持続可能性(サステナビリティ)や地元産品の買い支えへの関心が高まっているのではないかと考えられます。

サステナビリティがより一層重要となる、ポストコロナの食の世界。規模の大小を問わず、多くの食品メーカーが消費者からのサステナビリティに関する要望に応えていくことが求められますが、本格的なポストコロナ時代の到来を前に、一部ですでに懸念が表明されているのが、食品の"ウソ"のサステナビリティ表記。いわゆる「グリーンウォッシング」と呼ばれる問題への対応です。

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"持続可能性"はよい商売」
グリーンウォッシングとは何か

食品メーカーのサステナビリティへの取り組みのアピールは単なる倫理的問題にとどまらず、事業の収益性の観点からも重要であることが調査によって指摘されています。米国・ニューヨーク大学のビジネススクールが消費財分野を対象に実施した調査によると、商品パッケージ表記などマーケティングにおいて商品のサステナビリティを宣伝した場合、すべての商品群において、2018年には2013年と比較して売上高が29%増加し、消費財市場全体の成長率に比べてその成長率は3.3倍にも上ると指摘されます。調査を行ったテンシー・ウィーラン教授は「あらゆる産業において企業が認識し始めていることは、持続可能な事業がよい商売になるということです」と述べ、サステナビリティへの貢献を企業がアピールすることは企業の収益に直結する重要な要素となりつつあります。

コロナ禍を経て、ますます重要となる食に携わる企業のサステナビリティへの貢献。ここで問題となるのが、実態を伴わない「サステナビリティ」を喧伝する、"Greenwashing"(グリーンウォッシング)と呼ばれるものです。グリーンウォッシングという言葉の起源は、1980年代にアメリカ人環境保護活動家が、宿泊先のホテルで「環境を守るために」タオルの再利用を呼びかける案内を目にした際、ホテルがとりわけ環境に配慮した取り組みをせずタオルの再利用についてのみ環境保護を謳うのは、単にタオル洗濯のコストを削減したいからであって、こうしたホテル側の態度は真にサステナブルではないとして批判したことにあると言われ、それ以後、欧米ではグリーンウォッシングという語は広く用いられるようになります。

現在、グリーンウォッシング批判の矛先になる対象は大別して2種類のケースです。第一に、自社の主要な事業への環境的な側面からの批判を退けるため、表面的なサステナビリティへの貢献を喧伝する場合。アマゾンやマクドナルドなど、気候変動に対する影響を批判される大企業がサステナブルな取り組みを開始するとこの種の批判が集まります。そして第二に、商品パッケージやマーケティング上で、実態を伴っていないのにも関わらず「グリーン」や「サステナブル」などの文句を謳い、誤った印象を消費者に与える場合です。ポストコロナの食の世界では、後者の意味でのグリーンウォッシングが横行する可能性が懸念され、消費者はその商品がサステナビリティの実態を伴ったものであるか検証することが難しい上に、サステナビリティを考慮した"真にエシカルな"食品の価値が正当に評価されない事態にもつながりかねません。

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食品のグリーンウォッシング
"真にエシカル"をどう守る?

グリーンウォッシングを排し、サスナビリティへの関心を高める消費者が正しく食品を選び買い求めるために必要なことは何か。ここで求められるのが、透明性の高い食品のラベリング規制です。日本でも食品ラベリングについては「オーガニック」表示を規制するJAS法などによってこれまでも優良誤認の問題に対応してきたものの、ポストコロナで課題となるのはより幅広い分野を網羅した世界標準のラベリング制度の設計。今や、食品と環境との関わりは農薬や化学肥料使用の問題を超えて、水産資源管理や熱帯雨林伐採の問題、ひいては生産現場での労働者の人権問題など様々な分野に広がっており、世界標準となる包括的なラベリングの制度設計によって、商品のサステナビリティについて正しい情報を消費者に届けることが必要です。

グリーンウォッシング対策 必要な徹底した透明性
2020年8月19日 Food Navigator

サステナビリティについて情報の透明性を高めるためのラベリングについて、いま世界ではどのようなベクトルで議論が展開されているのでしょうか。英メディアのフード・ナビゲーターは、グリーンウォッシング対策として、ラベリングにおける徹底した透明性、消費者に読みやすい媒体での情報提供、そしてグローバル統一基準の確保が必要であると社説を展開。「エシカルに関するグローバルな統一基準がないままでは消費者からの懐疑論は無くならない」として、エシカル性に関する基準を整備した上で、その基準に基づいて第三者機関が商品を正当に評価。さらにそれらの情報を商品に添付したバーコードリーダーなどで消費者に分かりやすい形で提供することが必要と強調します。

食品のラベリングについては、本連載でも以前に「認証マークのその先へ」と題して欧米での議論の動向をご紹介したように、すでに欧米では各食品分野で認証マークを付すことでサステナビリティの情報提供を進める体制が整備されています。しかし、一定基準を満たした食品に対して一括して付される認証マークでは透明性を欠いているという意見も欧州を中心に近年強まっており、現在は認証取得品のなかでさらに細分化したランク評価を与えようとする議論も活発に行われています。

ポストコロナにおいてグリーンウォッシングが問題として深刻化することが見込まれるなか、これまで欧州を中心に展開されてきたラベリング規制の議論はさらに加速すると予想されます。各国が連携しグローバルな展開としてポストコロナのグリーンウォッシング対策が必要となる上で、日本としてもラベリング規制の議論の動向を注視し柔軟にかつ迅速に対応を検討することが求められます。しかし、日本ではいまだ認証マークすら普及が十分であるとは言えず、早急の制度整備とグローバルスタンダードへの対応が喫緊の課題となるでしょう。

2020年824日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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