2020年5月19日

家畜があふれているのに、お肉が買えない!?(Ethical Food News Picks 2020/04/23-2020/05/12)

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか? 一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。
前回、イギリスで牛肉や豚肉の高級部位が余っているというニュースをお伝えしましたが、今回は舞台をアメリカに移し、「にも関わらず、お肉が買えない」というパラドキシカルなニュース。その理由と背景とは? 
もっと知りたい方は、ぜひリンク先(※英語)の記事をご覧ください。

世界各地で深刻となる肉不足
その背景には食肉処理場の抱える問題が

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新型コロナウィルスの感染拡大は世界各地の食料供給に重大な影響を及ぼしていますが、特に大きな影響が出ているのがアメリカです。2020518日現在、アメリカは世界で最も死者数が多く、長引くロックダウン等による経済への影響も盛んに報道されています。

そんなアメリカの食の現場で起きている最も深刻な問題の一つが、食料生産の最前線である第一次産業へのコロナ禍の影響です。

レストランをはじめとした外食産業の需要が激減するなか、野菜、果物、牛乳や卵などの農産物の大量廃棄が第一次産業の現場では重大な問題となっています。とりわけ、畜産業においては、牛乳や卵の外食需要の減少に加えて、家畜を屠殺する食肉処理場の操業停止による影響が深刻です。屠畜先の閉鎖によって家畜の殺処分が増加しており、こちらもアメリカ国内では大きなニュースとなっています。

卵や牛乳が廃棄され、多くの家畜が殺処分を余儀なくされる一方で、食肉や卵などのサプライチェーンが断絶された結果としてスーパーマーケットなど店頭では畜産物の品不足が深刻になりつつあります。そして、この畜産物にまつわる矛盾した実態はアメリカだけでなく、いま世界の多くの国で発生しているのです。

特に、食肉処理場の操業停止は世界各地で多発しており、そこからは「安すぎる食べ物の値段」の裏側にある現代の食が抱える根深い課題が見えてきます。今回は、コロナ禍で明らかとなった食肉の世界が抱える問題にスポットライトを当てます。

増加する家畜の殺処分
一方で店頭では品不足が深刻に

ミネソタ州 1日あたり1万頭の豚を殺処分

https://www.startribune.com/in-minnesota-10-000-pigs-are-being-euthanized-a-day/570222062/ 202056日 Star Tribuneより)


デラウェア州とメリーランド州で200万羽の鶏が殺処分に
https://www.nytimes.com/2020/04/28/us/coronavirus-chicken-poultry-farm-workers.html?referringSource=articleShare
 (2020428日 The New York Timesより)

アメリカの畜産の現場では、食肉処理場の操業停止に伴う豚や鶏など家畜の殺処分の増加が深刻になっています。

養豚飼育が盛んな中西部ミネソタ州では、1日あたり1万頭の豚が肉になることなく殺処分され、東部デラウェア州とメリーランド州にまたがるデルマーバ半島では、ある養鶏場で200万羽近くの鶏が殺処分となったことが衝撃をもって伝えられました。

しかし、多くの家畜が肉になることなく殺処分されていく一方、スーパーマーケットなど小売の店頭では肉の在庫が不足するという現場の実情とは矛盾した実態が広がっています。この背景にあるのは、相次ぐ食肉処理場の操業停止です。

米大手食肉タイソン 国内の主要な豚肉処理プラント操業停止

https://www.cnbc.com/2020/04/23/coronavirus-forces-tyson-foods-to-shutter-two-major-us-pork-plants.html (2020423日 CNBCより)

アメリカでは、多くの食肉処理場での新型コロナウィルスの感染拡大が相次いで発生し、その結果、最大手のタイソンやJBSをはじめ、国内の食肉供給を担う処理場の多くが操業を停止するという事態に陥っています。特に、上の記事で紹介したタイソン社の処理場は、単独で国内の豚肉生産の5%を担う規模であっただけに大きなニュースとなりました。

処理場の相次ぐ一時閉鎖を受け、4月末時点で、アメリカ国内の豚肉生産量は昨年比で25%から30%ほど下落していると見られています。

こうした国内の食肉処理場の操業停止により食肉のサプライチェーンが断絶された結果、小売の現場では品不足が深刻な事態となっているのです。

スーパーマーケットの肉不足のなか、どこで肉を買うべきか?

https://www.businessinsider.com/meat-shortage-where-to-buy-meat-online-during-coronavirus-pandemic-2020-42020512日 Business Insiderより)


4月以降、アメリカ国内の店頭での肉不足は深刻さを増しており、特に鶏肉は4月の1ポンドあたりの小売平均価格が過去40年での最高値を記録するなど、品不足の影響が価格面にも現れてきています。この大量の家畜の殺処分と店頭での肉不足という不釣り合いな現状の大きな要因となっている食肉処理場の操業停止ですが、この問題は実はアメリカに限ったことではなく、多くの国が同様の事態に陥っています。

各国で相次ぐ
食肉処理場の操業停止

「カオスでクレージー」:世界各地の食肉処理場がコロナウィルスの感染拡大への対応に苦慮
https://www.theguardian.com/environment/2020/may/11/chaotic-and-crazy-meat-plants-around-the-world-struggle-with-virus-outbreaks (2020511日 The Guardianより)


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カ所以上の食肉・加工食品工場で感染被害が出ているアメリカを筆頭に、アイルランド、スペイン、オーストラリア、ドイツ、ブラジル、カナダ、イギリスなどで、従業員の間での新型コロナウィルスの感染拡大により、操業停止に追い込まれる処理場が多数発生していることが報道されています。

カナダでは、カーギル社の処理場で949人の感染が確認され、オーストラリアでもメルボルンにある処理場で70人の感染が確認されるなど、各国の感染拡大の状況は深刻ですが、ここで問題となるのは、なぜ食肉処理の現場で、特に感染拡大が相次いでいるのかという点です。


感染拡大の背景は、安価さを追求して生まれた過酷な労働環境


コロナウィルス感染拡大で食肉業界の過酷な労働環境が明らかに

https://www.euronews.com/2020/05/12/covid-19-outbreaks-in-german-slaughterhouses-expose-grim-working-conditions-in-meat-indust (2020512euronewsより)

各国で相次ぐ食肉業界での新型コロナウィルスの感染拡大。この背景として指摘されているのが、過酷な食肉業界の労働環境です。

ドイツのとある食肉処理場では、200人以上の従業員が新型コロナウィルスに感染していることが明らかとなり、このうちほとんどが東欧などからの移民労働者でした。欧米の食肉業界はこうした移民労働者によって支えられているケースが多く、移民労働者たちは安い賃金で長時間の労働を余儀なくされることも少なくありません。

先に紹介したドイツの事例では、従業員は長時間労働に加え、会社側から用意された住居での共同生活を送っており、1つのベッドルーム内で2〜3人が生活している状態でした。政府当局はこうした過酷な労働環境と生活環境が感染拡大につながったとしており、移民労働者への依存が大きい各国の事例でも同様の事情から感染が広がったものと思われます。

アメリカではコロナウィルスへの感染率が貧困度合いに比例して高くなっていることが報告されていますが、食肉業界でも低賃金の過酷な労働環境がゆえに感染拡大が多発していると見られています。

つまり今回の一連の食肉にまつわる問題の根本には、安く食べ物を手に入れることを過剰なまでに求めている現代社会が抱える構造的課題があり、安価な食料供給の現場の歪みがコロナウィルスの感染を機に顕在化したものと考えられます。

ニューヨーク大学教授で、食品政策学者のマリソン・ネスル氏は、今回の問題について「低コスト化と生産性の向上により利潤の向上を図ってきた長年の食肉業界の慣行の結果だ」と指摘しています。

食肉処理場での感染が拡大したアメリカやオーストラリアなどは、日本にも多くの食肉を輸出しています。日本人にとっても今回の事態は他人事ではありません。スーパーに並ぶ安い食べ物の背景には何があるのかを考え直す機会ではないでしょうか。

2020年518日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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