2020年5月26日

空前の人手不足を、食べ手が支援するヨーロッパの農業

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか? 
一橋大学在学中で佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「人手不足で悩むヨーロッパ農業、それを支える消費者」。日本でも問題になっている問題にヨーロッパはどのように立ち向かっているのでしょうか。
もっと知りたい方は、ぜひリンク先(※英語)の記事をご覧ください。

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物流だけじゃない
各国の食の現場で起きている危機

「ワールド・エシカルフード・ニュース」では、前々回前回と食肉にスポットライトを当て、新型コロナ禍における食料のサプライチェーン上の問題を取り上げてきました。新型コロナウィルスの感染拡大で影響を受けている食の問題として、もうひとつ目を向けなくてはいけないのが、食料供給の川上にある農業での深刻な人手不足です。

ヨーロッパをはじめとした多くの先進国では、収穫など繁忙期の農作業を外国からの季節労働者に大きく依存しており、コロナ禍での国境を超えた移動の制限によって春から初夏の収穫期を迎えるなか、繁忙期の労働力不足が深刻になっています。

いかにして収穫するための労働力を集めるか。イギリスでは先週、チャールズ皇太子がSNS上で国民に農作業への協力を呼びかけるビデオメッセージを出すなど、各国が対応に迫られています。日本でも、外国人技能実習生らの来日ができなくなっている影響で、一部地域では作業人員を確保できず、やむを得ず収穫できなかった作物を廃棄するなど深刻な事態となりつつあります。

今回は、この農業の現場での深刻な人手不足への対策について、「エシカルの本場」イギリスでの取り組みを中心にご紹介していきます。

早くから深刻となった
ヨーロッパでの人手不足

コロナ禍の移動制限に苦しむフランスの農家たち

https://www.euronews.com/2020/04/17/french-farm-producers-suffer-during-the-covid-19-restrictions2020424euro newsより)

ヨーロッパでは、農作業の人員をポーランドやルーマニアなどの東欧諸国からの季節労働者に依存しているケースが多く、新型コロナウィルスの感染拡大によって国境を超えた移動が制限された結果、早くから農業での人手不足は問題となっていました。特に、アスパラガスやレタスなど、春から初夏にかけて旬を迎える野菜の収穫作業での人員の不足は、農作物の廃棄にも関わる重大な問題です。

EUは、農作業に従事する季節労働者の移動規制を緩和するよう各国に呼びかけるなどの対策を講じますが、そもそも飛行機などの交通機関がストップしていることから抜本的な解決策とはなりませんでした。こうした事態を受けて、ヨーロッパ各国では独自の対策に乗り出す動きが加速していきます。

フランスで「農業部隊」に20万人の応募

https://www.japantimes.co.jp/news/2020/04/09/world/200000-apply-frances-agricultural-army-virus-grounds-migrants/#.XsoYXy8_DaY202049The Japan Timesより)

イギリスの農場が収穫手伝いのためルーマニアへチャーター機を手配

https://www.euronews.com/2020/04/16/uk-food-firm-charters-plane-to-fly-in-romanians-to-help-with-harvest2020416 euro newsより)

フランスではコロナ禍によって数万人が解雇されるなか、アスパラガスやイチゴ、トマトなど収穫期が差し迫った農作物の収穫に協力する「農業部隊」を募集し、約20万人の応募が集まりました。また、イギリスの大手農業法人では、150人のルーマニア人労働者を自社の農場に迎えるため、ルーマニアへのチャーター機を手配。ドイツでも、複数の農場が労働力を確保するために東欧へのチャーター機を手配するなど、農作物の廃棄を避けるために早くから様々な動きがヨーロッパ各地で見られました。

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イギリスで進む
消費者からの支援

事態の長期化に伴い深刻さを増す農作業の人手不足と、農作物の大量廃棄の危機を前に各国で様々な取り組みが行われるなか、特筆すべき大規模な対策を打ち出したのは、やはり「エシカルの本場」ことイギリスでした。

国民に対して、このサイトを利用して人手が不足する農作業に協力するよう広く求めました。それが「Pick for Britain」です。

Pick for Britain公式サイト
https://pickforbritain.org.uk

このサイトでは、収穫スタッフはもちろん、収穫した農作物の梱包スタッフからトラクターやフォークリフトの運転手まで、幅広く農作業の現場で必要とされている職種を募集することによって、より多くの消費者が農作業へ協力しやすいよう工夫されており、8万人が不足していると試算される農業の人手不足解消を目指します。

サイトの立ち上げ自体は4月下旬に行われましたが、先週以降、このPick for Britainへの参加を呼びかける運動がイギリス国内では加速しています。

英大手スーパーのウェイトローズ 7万人の農作業スタッフ募集のためTV局と連携

https://www.farminguk.com/news/waitrose-and-itv-to-help-farms-recruit-70-000-workers_55686.html2020520Farming UKより)

まず大きなニュースとなったのは、チャールズ皇太子がツイッター上で農作物の収穫作業への協力を呼びかけたビデオメッセージです。

このビデオ内でチャールズ皇太子は、「我々が今年もイギリスの果物と野菜を収穫するためには、大勢の人々の助けが必要だ」「収穫の作業は大変な仕事かもしれないが非常に重要なもので、成長している作物が廃棄となる事態は回避しなくてはならない」と話し、Pick for Britainへの参加を強く呼びかけています。

また、イギリスの大手スーパーマーケット「ウェイトローズ」は、国内最大のTV局の1つである「ITV」と連携して、約7万人の農作業人員を確保するための広告戦略を開始すると発表しました。このキャンペーンは、TVなどあらゆるメディア媒体に持つウェイトローズの広告枠を利用して農作業への協力を呼びかけ、SNS上では学生や若者向けにPick for Britainの認知度を高めるためのコンテンツを掲載していくというもの。また、Pick for Britainで農作業に協力した中から数人に密着取材を行い、ITVがドキュメンタリー番組を制作することも発表され、国内メディアをフルに活用した広報戦略によって秋にかけて7万人は必要と見込まれる農作業人員の確保を目指します。

日本でも深刻
農作業の人手不足

実習生ら来日できず農家ピンチ 収穫できず廃棄も

https://mainichi.jp/articles/20200519/k00/00m/040/183000c2020519日 毎日新聞より)

収穫などの繁忙期の作業を外国人技能実習生らに依存していた日本の一部地域でも、ヨーロッパと同様に人手不足による農作物の廃棄が広がりつつあります。福岡県久留米市では、収穫期を過ぎて成長し過ぎた小松菜が数トン単位で廃棄され、農家の損失が深刻な事態に。日本でも、一部自治体で休職者と農家をマッチングし賃金の一部を助成する取り組みや、観光業で働く外国人従業員を農家に派遣するなど、行政やJAを中心に様々な対策が行われています。

農作物の廃棄は、最悪の場合、農家の廃業にも繋がりかねません。農家の廃業によって、食料生産の基盤が揺らぐようなことになれば、我々消費者への影響は深刻です。将来の安定した食料の生産を維持していくために、スーパーマーケットなどの小売業者や一般消費者を中心に農家への支援を進めるイギリスをはじめとしたヨーロッパでの動きは、大いに日本の参考となるのではないでしょうか。

2020年525日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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