エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「緑の党の大物ヴェジタリアンが農相に アニマル・ウェルフェア改革を急ぐドイツ」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。
農業担当大臣に
環境保護政党の大物
ドイツでは昨年12月、16年間に渡って首相を務めたアンゲラ・メルケル氏がついに退任しました。後任の首相に就いたのは、昨年9月の総選挙で与党・キリスト教民主同盟(CDU)に勝利した中道左派・社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツ氏。首相交代と同時に、16年ぶりの与党交代が実現する形となりました。
この政権交代に伴い、農業担当大臣も刷新されました。これまで連邦食料・農業大臣を務めていたユリア・クレックナー氏(CDU所属)に代わり、新たに農相に就任したのは、緑の党所属のジェム・オズデミル氏です。
オズデミル氏は、先の総選挙で大きく躍進した環境保護政党・緑の党の共同党首を務めた経験もある人物。今回のドイツ新政権は、緑の党を含む3党での連立政権となっており、オズデミル氏の他にも副首相、外務大臣、環境大臣が緑の党から起用されています。
緑の党は、この連載でも取り上げたドイツでの肉税導入議論を主導してきた政党であり、その名の通り、環境保護を党是に掲げています。その党で共同党首も務めた大物が農業・食料政策の舵取りをすることになったわけです。ファームトゥフォーク戦略を掲げ、農業のグリーン化の機運が高まっているヨーロッパでは、早くも"オズデミル農政"の行方に大きな注目が集まっています。
"ベジタリアン大臣"
最優先課題は動物福祉か
オズデミル農相は昨年12月8日に就任演説を行いました。そのなかで、とりわけ強調されているのがアニマル・ウェルフェア(動物福祉)重視の姿勢です。
我々は、環境保護や気候問題への対処と同様に、よりよいアニマル・ウェルフェアに向けた改革においても、農家の方々を支援しなくてはいけません。また、私はこの国で最も強く、動物の権利を擁護する立場にあります。私の信ずるところによれば、農業と環境は"どちらか"で良い問題ではないのです。
-オズデミル農相就任演説(2021年12月8日)
動物の権利というと、一般には「動物が殺されない権利」を指します。現に、オズデミル氏はベジタリアンであると報じられており、「ベジタリアンを強制か!?」と身構えてしまいますが、オズデミル氏は地元新聞とのインタビューで、ヴィーガニズムなどを政府として支援することはないと明確に線引きをしています。
お肉を食べたい人はどうぞ食べてください。そして、お肉を生産している人もどうぞやってください。ただし、アニマル・ウェルフェア、気候保護、そして我々の環境を害することのない方法であることが条件です。
-シュトゥットガルター・ツァイトゥング紙とのインタビュー(2021年11月26日付)
さらに、オズデミル氏は年明け1月の連邦議会での演説でもアニマル・ウェルフェアの改善に向けた施策に取り組む姿勢を見せ、具体的な方針についても言及しました。
動物を使用する人には、可能な限り動物を保護する義務があります。我々は、動物のための畜舎を建てるのではなく、動物を畜舎に適応させてきました。その結果、究極の効率性が実現されましたが、畜舎は断じて"保管場所"ではないのです。連立政権の協定では、畜産業の転換に向けた農家の支援を目標に組み込みました。今年後半には、透明性と拘束力のある畜産業のラベリング制度を創設します。
-オズデミル農相連邦議会演説(2022年1月14日)
この「畜産業のラベリング制度」の詳細は明らかになっていませんが、飼育環境に応じたアニマル・ウェルフェアのレベルを商品パッケージ上で示すものとなるでしょう。拘束力のある表示制度によって、意欲的な農家の取り組みが市場で評価される環境をつくることが狙いと見られます。
オズデミル農相を補佐するシルビア・ベンダー次官によれば、このラベリング制度はソーセージやチーズなどから順次表示を開始して、最終的には「サラミをトッピングしたピザ」などの食品にまで表示の対象を拡大させる計画です。当局はすでに制度設計などを進めているとされていますが、このラベリング制度の導入にあたっては、すでに課題も指摘され始めています。
今後この制度をめぐって論点となりそうなのが、輸入品の扱いです。今回のアニマル・ウェルフェア表示の義務化はあくまでドイツ政府による措置であって、ドイツが輸入する食品を製造する外国メーカーに対しても拘束力があるのかは不透明です。この点について、EUメディアのユーラクティブは、ドイツ国内で生産された食品のみが表示義務の対象で、他のEU加盟国などから輸入される食品への表示は自主的になるだろうと指摘しています。
ドイツ政府は今後、EU全体でこうしたラベリング制度を設けるよう働きかけたいとしています。しかし、現在のEUにおける規制では、食品の生産環境に関する情報表示の義務化は衛生面に関係する場合にのみ認められており、アニマル・ウェルフェア表示をEU全体で制度化するのはハードルが高いという見方もあります。
どうなる!?
肉税の導入
ところで、オズデミル氏が所属する緑の党は、以前より肉類に対する特別な課税、いわゆる肉税を導入すべきという議論を推進してきた政党です。今後、肉税導入にむけた議論は本格的に進むのでしょうか?
オズデミル氏はいまだ肉税導入に関する方針などをはっきりとは示していませんが、先ほどから確認しているオズデミル氏のスタンスを見ると、少なくとも導入に向けた検討が進みそうな"雰囲気"はありそうです。
就任以来、繰り返し強調されているように、オズデミル氏はアニマル・ウェルフェアの改善に向けた農家への支援を非常に重視しており、そのための財源として肉税による税収が充当される可能性は大きいためです。現に、緑の党が2019年から提案している肉税は、アニマル・ウェルフェア改善予算に充てることを想定しています。
もちろん、肉税の導入によって食品価格が高騰すれば世論の反発が大きくなることは間違いありません。しかし、オズデミル氏は議会演説のなかで、畜産物の価格が過度に低くなっている状況を問題視する姿勢を示しています。したがって、価格高騰に対する世論の反発を押し切ってでも肉税を導入する可能性はそれなりにあると言えるでしょう。
スーパーマーケットで販売されている豚肉価格1ユーロあたりの農家の手取り収入が22セントしかないような現状を我々は容認すべきではなく、価格を引き上げること以外に選択肢はないのです。
-オズデミル農相連邦議会演説(2022年1月14日)
こうした農家への支援重視の姿勢を打ち出しているオズデミル農相には農業関係者もおおむね好意的と報じられています。今後、ヴェジタリアンの大物閣僚のもと、ドイツのアニマル・ウェルフェア改革がどのように進むのか、注目です。
2022年2月2日執筆
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