2022年1月25日

結局、培養肉はどうなる? アメリカとEUでの販売認可の行方は

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「結局、培養肉はどうなる? アメリカとEUでの販売認可の行方は」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

2035年でも市場の0.7%
培養食品はどこまで伸びるのか

生きた牛などの動物から採取した細胞を培養させてお肉の形に成形する培養肉については、この連載でもたびたび取り上げてきました

培養肉はいわゆる代替肉の1つですが、前回の連載でも取り上げたプラントベースと呼ばれるものとは異なり、販売にあたり政府からの認可が必要です。そして、現在のところ、培養肉の販売認可が出ているのは、唯一シンガポールのみです。

シンガポール政府が鶏肉タイプの培養肉に世界初の販売認可を出したのは、2020年12月のこと。ですから、昨年の今頃は「次はどこの国で培養肉が売られるのか!?」が大きな話題となっていました。しかし、結局のところ、2021年に新たに培養肉に販売認可を出した国はありませんでした。

プラントベースに比べて販売のハードルが高い培養肉がどこまで市場で広がるのか、という予測をめぐっては、以前からコンサルティングファームなどがレポートを発表しています。最初に予測を発表したのは2019年のATカーニー。下の表が示すように、2035年には世界の肉類市場全体のうち22%が培養肉になると予測されていました。

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このATカーニーの予測は培養肉の可能性を示す資料としてたびたび引用されてきました。しかし、2021年に入って他の大手コンサルティングファームが発表した市場予想のレポートでは「培養肉はそこまで広がらない」という見解が示されています。では、これらの予測も簡単に確認してみましょう。

スクリーンショット 2022-01-20 19.58.25.png上のグラフは大手コンサルティングファームのボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が2021年3月に公表したレポートから引用した、2035年までの代替タンパク質市場の成長予測です。

これによると、2035年時点で培養肉を含む細胞培養食品は代替タンパク質市場の6.2%ほどのシェアにとどまると予測されています。タンパク質食品の市場に占める代替食品全体のシェアは11%ほどと予測されているので、タンパク質食品市場全体に占める培養食品のシェアは約0.7%ということになります。対象が若干異なるとはいえ、ATカーニーの予測とはかなり異なります。

そして、20216月にはマッキンゼー・アンド・カンパニー(マッキンゼー)も培養肉に関するレポートを公表しました。

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上のグラフは低成長(Low growth)、中成長(Medium growth)、高成長(High growth)と3つのシナリオに分けて、2030年時点での培養肉市場の規模を金額(左)と重量(右)でそれぞれ予測したもの。これによると、中成長シナリオでは2030年時点で世界の培養肉市場は2兆円規模になっているものと予測されています。2019年のATカーニーのレポートでは、2030年時点で培養肉の市場規模が14兆円と予測されていたことを考えると、このマッキンゼーの予測もかなりシビアな見方であると言えます。

ということで、当初見込まれていた成長規模に懐疑的な見方が強まっている培養肉ですが、果たしてこのまま萎んでいってしまうのでしょうか。もう少し最近の培養肉事情について、各国での動向をまとめてみましょう。

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培養シーフードが整備先行か
アメリカでの規制事情

まずはアメリカです。アメリカでは鶏肉タイプの培養肉を中心に開発を進めるUpside Foods(アップサイド・フーズ)社が2021年中の市販開始を目標として掲げ、カリフォルニア州に年間180トンの培養肉の生産が可能な開発拠点まで設けました

しかし、2021年中には米国当局からの販売認可は下りず、いまだ販売開始には至っていません。このアップサイド・フーズの他にも、イスラエルの有力メーカー・Future Meat TechnologiesFMT)社も現在、米国当局に認可の申請をしています

認可を出すにあたりどの部分がボトルネックになっているのかは公表されていませんが、論点となっているのはおそらく表記の問題と思われます。

培養肉の表記の問題については、以前にも本連載で取り上げました。現在のところ、培養肉の英語表記Cultured meat」、「Cell based meat」、「Lab-grown meat」などと様々で、培養肉を市販するにあたっては政府当局が表記の指針を設ける予定です。

米国では培養肉は農務省(USDA)と食品医薬品局(FDA)が共同で規制を担当していますが、このうちUSDAが昨年9月に、培養肉の販売表記に関するパブリックコメントの募集を開始。当初、募集期間は2ヶ月間とされていましたが、その後、12月までこの期間は延長され、いまだ培養肉の販売表記の指針等は明らかにされていません。

培養肉の販売開始に必要な規制の整備がなかなか進まない一方、魚類の細胞を培養して生産する"培養シーフード"の方が先に販売開始となるのでは、ということも予想されます。

なぜなら、培養シーフードについては食品医薬品局(FDA)が単独で規制を担っているためです。こちらは表記についてもパブリックコメントの募集が終わり、Cell Based」と「Cell Cultured」が有力案として示されています。さらに、バイデン政権発足後も空席が続いてきたFDA長官に、オバマ政権下で長官を務めたロバート・カリフ氏が再任される見込みも立ち、今後FDAによる規制行政が本格的に動き始めるのでは、との見方もあります。

米国では培養肉と並んで、培養シーフードの研究開発も進んでおり、生食用サーモンを細胞培養で生産するWildtype社の技術は以前からNHKなど日本のメディアでも紹介されています。もしかすると、培養鶏肉よりも先に培養サーモンが市場に出回るようになるかもしれません。

EUで販売はできるのか
カギになるのは「特定多数決」?

アメリカ同様に、培養食品の規制動向が注目されるのがEUです。

EUでは、世界で初めて本格的な培養肉を開発したマーク・ポスト氏率いるMosa Meat(モサ・ミート)社などが販売認可取得に向けて動いています。また、最近では食肉メーカーでは世界最大手のJBSが、スペインの培養肉メーカーを買収し、2024年までに欧州で培養肉の販売を開始することを目標に掲げています

このようにEU(ヨーロッパ)でも培養肉の研究開発は進んでいますが、EUでの販売認可取得はかなりハードルが高いと見られています。というのも、培養肉の販売認可を規制するEU法によると、培養肉が販売認可を得るにはEU加盟国の代表者から構成される委員会で、多数の賛成を得なくてはならない、と定められているためです。

さらに、ここでの多数決は単純に加盟国の過半数の賛成があれば良いというものではありません。「特定多数決」と呼ばれるEU独特の採決方法となります。

特定多数決では、55%以上の加盟国による賛成に加えて、賛成国の総人口がEU全体の人口の65%以上であることが可決のための条件です。つまり、単純な多数決よりも可決のハードルが相当高いのです。

EUでは遺伝子組換え食品の販売も同様の方法で認可される必要がありますが、特定多数決で加盟国の意見がまとまることはほぼありません。現に、遺伝子組換え食品の販売を認可するかどうかが、特定多数決で決したことは一度もないのです

培養肉については、畜産業が盛んなフランスなどが否定的な立場をとることが予想され、特定多数決でEU加盟国の意見がまとまることは難しいと考えられます。また、遺伝子組換え食品には加盟国の意見が一致せずとも販売認可を出す制度が存在しますが、培養肉の場合はそれがありません。

よって、EUでいつ培養肉を販売できるようになるかはかなり不透明な状況となっています。

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より現実的な方針か
添加物としての細胞販売

このように米国やEUで培養肉の販売認可が下りる見通しがつかないなか、一部の培養肉メーカーがビジネスとして重視し始めているのが、原材料、あるいは食品添加物としての培養細胞の販売です。

イスラエルのMeaTech 3D社は、昨年12月に3Dバイオプリンターを利用して110gの牛肉タイプの培養ステーキを生産したと発表しました。しかし、同社が最初に市場へ展開する商品は培養した脂肪細胞となる予定で、プラントベース代替肉などを生産するメーカー向けへの販売を行うと見られています。

もちろん添加物としての使用であっても培養食品には販売の認可が必要となりますが、牛肉や鶏肉としての完成品で販売するよりは消費者の抵抗感やコスト面でのハードルが和らぐ可能性もあります。

今後、培養された食品や添加物がどのような形で市場に流通されることになるのか、そして2022年こそはこの業界に何か動きがあるのか、引き続き注目していきたいと思います。

2022年1月21日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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