2021年9月13日

「培養肉」はなんと呼ぶ? 世界で進む表記のルール整備

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が盛り上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「『培養肉』はなんと呼ぶ? 世界で進む表記のルール整備」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

いよいよ日本政府も着手か
培養肉のルール形成

この連載の中心的テーマのひとつが代替肉や培養肉です。これまで、この分野で遅れをとっていた日本ですが、ここにきていよいよ、日本政府も代替肉や培養肉についてルールづくりに取り掛かり始めました。

先月20日、政府の規制改革推進を担当する河野太郎大臣は会見で、代替肉などのプラントベース食品の表記に関する指針を整備したと発表。それによると、「大豆使用」などのように植物性の原材料から作られたことが明記されていれば、代替肉であっても「肉」などの表記を使用することが可能ということになりました。

ちなみに、こうした代替肉などの表記の問題については、すでにアメリカやヨーロッパで規制が進みつつあり、一部では規制の厳しさをめぐって裁判に発展する例も見られています。しかし、アメリカでの裁判の動向などを見てみると、プラントベースであることを明記すれば「肉」や「ソーセージ」などの表記使用を認めるというラインで落ち着きつつあり、今回の日本政府の指針もそうした動向と歩調をあわせたと言えそうです。

話を河野大臣の会見に戻すと、大臣は同じ会見のなかで「日本の規制が追い付いておらず、新しい技術を使った食品の開発あるいは市場導入に影響があるという声」が届いていると指摘。

さらに、「『培養肉』等の新しい分野についての規制の在り方あるいはルールづくりについて、政府を挙げてしっかり対応していきたい」とも言及し、現在世界で唯一、シンガポールのみが販売を承認している培養肉についても、販売開始に向けて規制の検討を行っていく考えを示しました。

この河野大臣による培養肉の規制に関する発言に先立って、実は、6月に自民党内で培養肉も含めた細胞農業のルールづくりを進めるための国会議員による勉強会が発足しています。この勉強会、今秋には正式に議員連盟となる予定で、細胞農業に関する法律の整備などを進めるものと見られています。

いよいよ日本も培養肉のルール形成に着手しようというわけですが、培養肉についての規制、特にその表記をめぐっては技術開発で世界をリードするアメリカでさえも、いまだ方針が定まっていません。日本でも今後、表記の問題を中心に議論に時間がかかることになりそうです。

「培養肉」で大丈夫?
焦点となる表記問題

培養肉の規制をめぐって問題となるのは、「そもそも細胞培養によって作られた肉などを何と呼ぶべきか?」という点です。

現在のところ、日本では「培養肉」という通称が一般的ですが、アメリカなど英語圏では「Cultured meat」や「Cell based meat」、あるいは「Clean meat」など、様々な通称が使われています。

しかし、細胞培養食品はこれまでの食品とは異なる性質を持つだけに、その食品が細胞培養によるものなのかどうか、消費者がすぐに判別できる環境を整えることが必要です。そのために重要となるのが、政府などによる統一された表記指針の作成というわけです。

今後、日本でもこうした培養肉の表記に関する議論が進んでいくことになる見込みですが、先行してアメリカでは表記のルールづくりが進んでいます。

アメリカ政府で食肉の流通などを管轄する農務省食品安全検査局(FSIS)は今月2日、培養肉の表記について、培養肉を開発するメーカーなどから意見の公募を行うと発表しました。

今回の意見公募は、当局が培養肉の表記に関する原則を定めるための準備段階のひとつとされています。当局はこの公募で、消費者が適切に細胞培養由来の食品を判別しながら、かつ培養肉にマイナスのイメージを与えないような表記について、意見を集め議論を深めたい考えです。

一方、同じアメリカ政府でも培養シーフード、つまり細胞培養によって作られた水産物の表記については、すでに議論が比較的進んでいます。培養シーフードの規制を担当する保健福祉省食品医薬品局(FDA)は昨年10月の段階で表記に関する意見の公募を開始

この公募のなかでの議論では、消費者への印象調査の結果なども踏まえて「Cell Based」と「Cell Cultured」が有力な通称の候補とされており、FSISが実施する培養肉に関する意見公募ではどのような表記が有力候補となるのか、その結果が注目されます。

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アメリカ政府や日本政府が国内での培養肉の販売に向けてルール整備を進めようとする一方、最近、意外な国から培養肉の販売承認に関するニュースが飛び込んできました。

その国とは、中東・カタール。ブルームバーグの報道によると、カタール政府は米メーカー・イートジャスト社の培養鶏肉の販売を「もう間も無く」承認する予定とされており、さらに同社はカタールに大規模な培養肉の生産拠点も建設する計画と報じられています。

イートジャスト社は現在、世界で唯一、シンガポールでの培養肉の販売を認可されているメーカーで、カタール政府が正式に販売を承認すれば、シンガポールに次いで2番目の培養肉販売国となる見込みです。

シンガポールやカタールに続いてどの国で培養肉の販売が始まるのかに注目が集まりますが、日本やアメリカをはじめ、マーケットの大きな国では、表記などについて慎重なルールづくりが必要となります。各国が慎重な議論と産業育成のバランスをどう取っていくのか、今後も動向に注目です。

2021年98日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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