2021年9月 1日

FTAを考える 前編「そもそもFTAとは?なぜいま問題?」

北海道大学大学院農学研究院准教授 小林国之

エシカル消費の本場、ヨーロッパでのエシカルな食に関する最新トピックを北海道大学の小林国之先生に解説していただくこの連載。今回のテーマはFTA。一般の消費者には馴染みのないテーマですが、いまヨーロッパでは食の動向を左右する大きな問題として注目されています。

【聞き手:市村敏伸(エシカルはおいしい!! 編集部)】

食事情に大きな影響も
イギリスでのFTA問題を考える

ーー小林先生、前回のレスミートに続いて、今回のテーマはFTAです。今回も、中学生にも分かるようにこのテーマについてのご解説、よろしくお願いします!

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林先生(以下、敬称略):これまでのレスミートや農薬の話に比べるとFTAは少し難しいかもしれませんが、頑張ってみます(笑)

ーーまず、一般にはあまり馴染みのない「FTA」とは何か?簡単に教えてください。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:FTAとはFree Trade Agreementの頭文字をとったもので、日本語では自由貿易協定と呼ばれています。

国と国との間で行う貿易では、輸入品に関税と呼ばれる税をかけるなどして、輸入する側の国が自国の産業を保護することがあります。日本で考えると、海外から安い価格のお米が大量に輸入されると、日本産のお米が売れなくなってしまいます。そこで海外から輸入するお米に関税をかけて日本での販売価格を上げるなどの規制をかけている場合があります。

このように輸入国が自国の産業を保護しながら行う貿易を保護貿易と呼び、その反対、つまり貿易における障壁を可能な限り、取り除いて行う貿易を自由貿易と呼びます。ですから、FTAというのは、自由貿易を進めるために国と国の間で結ばれる協定というわけです。

ーーなるほど。このFTAがいまヨーロッパでどう話題になっているのでしょう?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png小林:FTAそのものは、そこまで新しいものではありません。日本もEUとのFTA2018年に結んでいます。

ただ、なぜFTAがいまヨーロッパで話題になっているかというと、イギリスのEU離脱、通称"ブレグジット"があったからです

今までイギリスはEUの一員として国際貿易に参加していたわけですが、ブレグジットによってイギリス自身が改めて世界各国とFTAを結び直す必要が出てきたのです。

FTAは貿易に関するルールなので、そこでは当然、食品の分野が重要になってきます。なので、イギリスでは今、新しく結び直すFTAでどのような食品を輸入するのか。その基準の設定が大きな問題となっています。

ーー自由貿易で外国からの食品の輸入がしやすくなるわけですから、どのようなFTAを結ぶのかはその国の食事情にも大きな影響を与えるものですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:そういうことですね。特にイギリスではアメリカとのFTA交渉の行方に大きな注目が集まっています

イギリスは農産物の品質基準を非常に高いレベルで設定している一方、アメリカ産の農産物の基準はそうとも限りません。ですから、イギリスの食のエシカル度合いにアメリカとのFTAがどう影響するのか注目されているわけです。

食の安全と"正直さ"
食をめぐるFTAの論点とは

ーーイギリスとアメリカのFTA、食の問題についての論点はどこにあるのでしょうか?

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:大きな論点はいくつかありますが、まずは食の安全です。

そもそもイギリスでは、遺伝子組換え技術の発達や2000年代初頭のBSE問題をきっかけに食の安全性への問題意識が高まり、それにあわせて自由貿易によって外国から輸入される食品の安全性についても関心が集まるようになりました。

具体的には、農薬基準や家畜飼育によって発生する抗生物質耐性菌が問題となりやすいです。特にアメリカとの関係で言うと、アメリカで肉用牛の肥育で使用される成長ホルモンや、鶏肉の消毒で使われる次亜塩素酸水の是非も代表的な論点ですね。

また、アメリカは国内での食中毒発生件数が非常に多く、そうしたこともアメリカからの輸入食品への懸念の背景になっているようです。

ーー食のエシカルのなかでも、特に食の安全に関する問題が大きな論点なのですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:そうですね。ただ、そこはイギリスですから、環境問題も重要なテーマの1つです

日本と違い、イギリスは大雨や洪水に慣れていない国なので、最近の異常気象の増加には非常に敏感です。そこで、アメリカなどでの工業的な食料生産による環境負荷への懸念が輸入食品への関心という形で現れています。

また、環境問題に関連して、「価格の公正さ」というのも貿易をめぐる食のエシカルでは重要な論点です。アメリカ産の農産物などは生産の過程で生じた環境負荷を価格に反映していない。つまり、工業的な生産方法で環境に負荷を与えながら、安価な農産物を輸出していることがよく批判されます。

一方、イギリスでは農業が持続可能な方法で行うことが当たり前で、その分、コストは高くなります。ですから、安いアメリカ産農産物と自国の農産物が同じ条件で競争にさらされるのは公正ではない。英語で言うと、"dishonest"(不正直)だという見方をします。

ーー日本でも輸入農産物の価格の低さは話題になりますが、それを環境問題と紐付けることは少ないですね。

スクリーンショット 2021-03-22 15.28.59.png 小林:イギリスの場合、持続可能性の観点で公正な条件ではないことが問題視されているので、逆に言えば、"honest"(正直)で公正な条件であれば価格競争は受け入れるというスタンスなんです。日本のように、低価格であること自体を問題視する姿勢とは若干異なります。

ーーなるほど。ヨーロッパでのFTA問題の背景と論点はよく分かりました。では、このFTAの問題を農産物の生産者や消費者はどう見ているのか。そして、食料自給率の低い日本がイギリスの動向から学ぶべき点はどこにあるのか。後編ではもう少しこの問題を深掘りしていきます。

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プロフィール
小林国之(こばやし・くにゆき)
1975年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了の後、イギリス留学。助教を経て、2016年から現職。主な研究内容は、農村振興に関する社会経済的研究として、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社、2005、『北海道から農協改革を問う』筑波書房、2017などがある。
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