2021年4月 9日

最新レポートで読み解く 代替タンパク質の可能性

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「最新レポートで読み解く 代替タンパク質の可能性」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

大手コンサルBCG
注目のレポートを発表

代替肉は将来、どれだけの肉を"代替"できるでしょうか? 

現在、代替肉市場は世界各地で盛り上がりを見せていますが、実際のところ、どこまでその市場が大きくなるのかは、いまだ不透明です。

代替肉市場を予測する際に、これまで2019年に国際的な大手コンサルティングファームの「ATカーニー」社が発表したレポートの数字が多く引用されてきました。このレポートによると2035年には肉類市場全体の売上に占める畜肉(動物由来の従来の肉)の割合は55%まで減少し、代わって細胞培養肉が22%、植物由来のプラントベース肉が23%を占めるまでに成長すると予測されています。

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出典:AT Kearny, How will cultured meat and meat alternatives disrupt the agriculture and food industry.

この予測図は欧米メディアだけでなく、日系メディアでもたびたび引用され、代替肉市場の可能性を裏付ける有力な根拠とされてきました。

しかし、このレポートが発表された2019年から、代替肉の市場環境は大きく変化しています。

昨年はシンガポールで世界初の培養肉の販売が開始されましたが、日々変化する代替肉市場の動向にあわせ、代替肉の将来の可能性への認識も新たにする必要があるでしょう。

そうしたなか、もう一つの大手コンサルティングファームである「ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)」が、代替肉や代替卵、代替乳製品などの代替タンパク質の市場動向を予測した注目のレポートを先月発表し、注目を集めています。「Food for Thought: The Protein Transformation」と題されたこのレポートは、BCGと代替タンパク質分野を専門とする投資ファンドのblue horizon社が共同で取りまとめたものです。

カギとなるのは価格均衡
2035年がターニングポイントに

このレポートの特徴はまず、代替タンパク質市場の拡大を左右する重要な要素として、"Taste"(味)、"Texture"(食感)、"Price"(価格)の3つを提示したこと。さらには、この3要素において、代替タンパク質が既存の動物性食品との「均衡」(Parity)をどのタイミングで達成できるかが、市場の成長にとって重要であるという分析を示したことが特徴的です。

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出典:BCG, blue horizon, Food for Thought: The Protein Transformation

上のグラフは、プラントベース、発酵タンパク質、細胞培養の3つの代替タンパク質カテゴリーにおける、味と食感で既存食品と遜色ない商品の今後の価格推移を示したものです。

ちなみに、発酵タンパク質とは、糸状菌の発酵などを使って生産されたタンパク質のこと。本連載でも以前に取り上げたことがありますが、最近ではプラントベース、細胞培養と並んで、代替タンパク質の第三の柱として注目度が高まっています。

さて、上のグラフに話を戻しましょう。これによると、最も早く価格面でも均衡状態になるのはプラントベースで2023年。続いて発酵タンパク質を利用した商品が2025年に、最後に細胞培養技術を利用した商品が2032年に価格面で均衡状態になると予測されます。

その結果、2035年にはこれら3カテゴリーの市場シェアがタンパク質分野全体の11%にまで拡大する。この未来予想図がこのレポートの"読み"です。

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出典:BCG, blue horizon, Food for Thought: The Protein Transformation

3カテゴリーの合計シェアが2035年までに11%になるとして、カテゴリーごとの内訳はどうなるのでしょう。上のグラフはその内訳推移を示したものです。

これによると、2035年には代替タンパク質の市場は年間9700万トン規模に成長。そのうち、71%はプラントベース、23%は発酵タンパク質、残りの5%程度が細胞培養になると予測されています。

さらに、このレポートは2035年の9700万トン(市場全体の11%)を市場規模のベースラインとしながらも、規制動向や消費者意識の変化にあわせて複数のシナリオを提示しています。

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出典:BCG, blue horizon, Food for Thought: The Protein Transformation

上のグラフは市場シェアに関するベースライン以外の3つのシナリオを示したもの。

まず、第一のシナリオは、温室効果ガスの排出削減を目指す政府からの行政的な支援が今後拡大したケース。この場合、2035年の市場シェアはベースラインの2倍となる22%にまで広がると予測されています。

続いて、第二のシナリオは今後の技術開発のスピードが上がり、味や食感の向上がベースライン想定よりも早まったケース。このシナリオでは市場シェアがベースラインより5%高い、16%になるとされています。

一方、レポートは消費者の心理的ハードルの問題も指摘しています。第三のシナリオは、消費者の心理が代替タンパク質に否定的に傾いた場合を想定しています。

米国、イギリス、ドイツで行われた消費者意識調査によると、66%の消費者は代替タンパク質について「好意的でも否定的でもない」と回答しています。仮にこの66%の消費者が、今後、代替タンパク質に否定的な方向に傾いた場合、2035年のシェアはベースラインより低い10%にとどまると予測されています。

代替タンパク質の中心は
肉ではなく、乳製品?

代替タンパク質の"価格均衡点"に注目した今回のBCGレポートは、価格均衡がプラントベース、発酵タンパク質、細胞培養の順番で達成されると分析。そのうち、最も早いプラントベース分野では2年後の2023年に畜肉との価格均衡が実現するとされています。

プラントベース代替肉の分野ではすでに低廉化の流れが加速しています。今年に入り、大手代替肉メーカーのインポッシブル・フーズはハンバーガー向け代替肉の卸売価格を1ポンドあたり6.8ドルまで下げると発表。米国における平均的な牛肉パテの卸売価格は1ポンドあたり5.3ドルとされており、プラントベース分野ではすでに価格面での均衡が実現しつつある状況です。

これまで代替タンパク質の分野では、こうした代替肉に注目が集まる傾向にありました。しかし、今回のBCGのレポートによると、今後最もシェアを大きく伸ばすのは肉類ではないとも予測されています。

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出典:BCG, blue horizon, Food for Thought: The Protein Transformation

このグラフは、代替タンパク質のうち、それぞれの食品分野のシェアがどの程度になるかを予測したものです。

これによると、2035年時点で最もシェアが大きくなる分野は乳製品で、代替タンパク質全体の36%を占めるとされています。また、肉類のなかでは鶏肉風味が最もシェアが大きく、全体の11%。魚介類の代替製品もこれに並んでおり、今後は多様な代替タンパク質が市場で台頭することが予想されます。

今後、代替タンパク質の市場がどのような成長を見せるのか。これまで注目されてきた味や食感にまつわる技術だけでなく、価格面での変化にも注目しながら、今後の動向を注視する必要がありそうです。

2021年43日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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