2021年3月30日

海藻でメタンを82%削減も 家畜飼料のイノベーション

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「海藻でメタンを82%削減も 家畜飼料のイノベーション」。ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

持続可能な畜産業へ
カギとなる飼料イノベーション

畜産業による温室効果ガス排出への懸念が、世界的に高まっていることはご存知でしょうか。

「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)によると、飼料の栽培などの関連産業を含めた畜産業による温室効果ガスの排出量は、世界全体の排出量の14.5%を占めると試算されています。

こうした状況のなか、重要なのが既存の畜産業をいかに環境にやさしい「エコ・フレンドリー」なものに転換するかということ。いま、世界各地でこの転換に向けた対応が進んでいます。

一つは北風政策。一般的な家畜飼料である大豆の主要生産国の一つ、ブラジルでは、農地開発によるアマゾンの森林伐採が大きな問題となっています。特に2019年の就任以降、開発優先政策を掲げるボルソナーロ大統領のもとでアマゾンの森林破壊はますます深刻化しているとも指摘されます。

EUを含めたーロッパ各国は、このブラジルでの森林破壊への懸念を強めています。フランス銀行最大手・BNPパリバは、今年2月、2008年以降にアマゾンを開発した農地で生産された牛肉や大豆を取り扱う企業への融資を停止すると発表しました

一方で、家畜飼料のイノベーションにも注目が集まっています。大豆に代わる、環境負荷の低い飼料開発のほか、家畜の温室効果ガス排出を抑制する飼料開発の動きなどがあります。後者について、たとえば牛などの反芻動物は、消化の過程でメタン(ゲップに含まれている)を排出することで知られますが、メタンは重要な温室効果ガスのひとつです。このメタン排出を、与える飼料によって抑えようという研究です。

ということで今回は、世界各地で進む、家畜飼料イノベーションの世界をご紹介します。

昆虫飼料の可能性
CO2からエサができる?

鶏や豚の飼料として、大豆に代わる新たな飼料原料として注目を集めているのが、昆虫です。

本連載では以前にも「気候変動で注目される、昆虫飼料の可能性」と題して、昆虫飼料の動向をお伝えしました。各国でのブロイラーを対象にした実験では、飼料として昆虫と大豆を与えた場合では鶏肉の品質に差はなく、さらに昆虫を飼料とすることで少ない飼料量でブロイラーを育てることができることも報告されています。

こうした飼料としての昆虫の利点も背景に、今後の昆虫飼料の利用拡大が予測されています。オランダの金融機関・ラボバンクの報告書によると、現在の昆虫資料はペット向けを中心に全世界で1万トンの市場をもち、2030年までには50万トンの市場に成長するとしています。現在はペットや養殖魚向けにとどまっている用途も、今後拡大していくことが予想されています。

また、ラボバンクの報告書の内容を報じた米メディアによると、ペットと養殖魚向けに昆虫飼料の使用を許可しているEUでは、豚と鶏への使用解禁について議論が行われており、2022年までには使用が許可されるものと見られています。

昆虫飼料分野への投資額も増加傾向にあります。2020年には2019年の2倍以上の投資が昆虫関連企業に集まり、昆虫飼料の生産拠点の建設も相次いでいます。

フランスのInnovaFeed社は、動物向け飼料のアメリカミズアブの生産拠点を米国イリノイ州に建設する計画を昨年発表。この生産拠点では年間6万トンの飼料を生産予定で、ロイター通信によると、完成すれば世界最大級の昆虫飼料工場となります。

昆虫飼料への注目が集まる一方、新たな代替飼料の開発も進んでいます。

英紙ガーディアンによると、イギリスのDeep Branch社は、微生物に二酸化炭素と水素を与えた状態で発酵を行うことで、新たなタンパク質を生み出す技術を開発。このタンパク質を家畜飼料として利用する可能性に期待が高まっていると報じています。

同社の技術は、排出される二酸化炭素の有力なリサイクル方法としても注目が集まっており、同社は800万ユーロ(日本円にして約10億円)の資金調達に成功し、初の商業生産拠点をノルウェーに建設する計画を進めています。

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各地で研究進む
メタン発生抑制の飼料

飼料イノベーションによって、牛などの反芻動物から出されるメタンを抑制する研究にも注目が集まっています。

オランダの化学メーカー・DSM社は、牛の消化器官からのメタン発生を抑制する飼料添加物のBovaer®を開発。この添加物は牛の第一胃(ルーメン)に作用することで、メタン排出量を削減するものです。

今年1月、DSM社はオランダ国内で実施したBovaer®の効果実証研究の結果を公表。これによると、乾燥飼料1kgあたり80gのBovaer®を添加することで、メタン排出量は29%から40%削減されたとしています。

メタン発生を抑制する飼料研究はアメリカでも進んでいます。

カリフォルニア大学デービス校の研究チームは今月、肉用牛に飼料として海藻を与えることでメタン発生を抑制できるとする研究結果を公表しました。この研究では、飼料に80gずつ海藻を与えた21頭の肉用牛の成長動向を5ヶ月間にわたって調査。その結果、肥育スピードは通常の飼料を与えた他の個体と差がないものの、メタン発生量は82%削減されたと研究チームは発表しています。同チームは、今後は海藻を安定的に生産する環境の確保が課題としながらも、持続可能な畜産業の実現に向けて海藻によるメタン発生の抑制に期待感を示しています。

代替肉が環境対策として日本でも注目されつつありますが、それと同時に既存の畜産業をいかに持続可能なものとするかという課題への取り組みも不可欠です。各国で進む飼料イノベーションの動向から今後も目が離せません。

2021年326日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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