2020年10月 1日

生サーモンから卵まで 広がる代替食イノベーション

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「生サーモンから卵まで 広がる代替食のイノベーション」。動物性食品の代替を目指す各国企業のイノベーションが止まりません。今回は、これまで扱ってこなかった注目の代替食イノベーションをお伝えします。
ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

代替食品業界で
目覚ましい技術革新が起きている

 昨今、環境問題への意識の高まりなどを背景に動物性食品の代替が肉類を中心に進むなか、本連載では植物性肉や培養肉の動向を繰り返しお伝えしてきました。しかし、動物性食品の代替は肉類にとどまらず、生食用サーモンや卵の代替品が登場するなど、様々な食品の分野へと広がりを見せています。また、代替肉の分野においても、これまでの主流であった植物性肉(Plant-Based)や培養肉(Cultured-meat)に加え、発酵の技術を活かした"発酵肉"とも言える肉作りの新技術にも注目が集まっています。

 テクノロジーの急速な進展を背景に、動物性食品の代替イノベーションは世界各地で日々進化を遂げています。そこで今回は、これまで本連載でスポットライトを当ててきた植物性肉や培養肉以外の注目の代替食品とその技術革新の動向についてお伝えします。

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生サーモンから卵液まで
注目の代替食品領域

 以前、本連載でも特集したプラントベースド・シーフード、すなわち植物成分による魚介類の代替食品の話題。プラントベーシド・シーフードの分野は、水産資源の減少など代替によって解決が期待される課題が山積していながら、食肉の分野ほどにはその代替品の開発が進んでいるとは言えません。その背景の一つとして挙げられていたのが、生の魚介類がもつ繊細で独特な食感を植物成分で再現することの技術的なハードルの高さ。魚介類は生食で提供される機会が多いだけに、生の魚介類の食感の再現がこの分野の成長には不可欠と考えられていました。

 そんななか、驚きのニュースが今月、米国はサンフランシスコに拠点を構えるスタートアップWildtype(ワイルドタイプ)社から発表されます。創業者が心臓病専門医と元外交官という異色の経歴を持つ同社は、独自の細胞培養技術で開発した生食用サーモンの代替品のテスト販売に協力するシェフの募集を開始すると発表。一般に培養肉の生産では、細胞を大型タンクなどで培養したのち、細胞足場と呼ばれる環境のもとで細胞を組織化させますが、ワイルドタイプ社は独自の足場構築技術を開発し、それによってサーモンの味と食感を再現するとしています。商業化にはまだ5年ほどかかるということですが、これまで難しいとされてきた生の魚介類の代替食品の商業生産が実現するか大きな注目が集まります。

 また、コロナ禍で代替食品の躍進が続くなか、アメリカで大幅な販路の拡大を発表し話題となっているのが、やはりサンフランシスコに拠点を持つスタートアップEat Just(イート・ジャスト)社が販売する植物性卵です。同社は、もやしの原料として知られる緑豆をベースとした植物性卵「JUST Egg」(ジャスト・エッグ)を販売。ジャスト・エッグは、ボトルにパッケージされた植物性卵液で、加熱調理をすることで従来の鶏卵と遜色ない風味を再現できることに高い定評があります。今年1月にはシート状に加工した冷凍ジャスト・エッグの発売も開始した同社は9月、ジャスト・エッグの販路を全米に拡大すると発表し、ウォルマートなど全米の主要なスーパーマーケットでの販売開始が予定されています。

JUST Eggの調理紹介

代替肉の第三極に
発酵技術を活かした"肉づくり"

 生食用魚介類や卵液など、新たなテクノロジーを活かした様々な代替食品の分野が台頭しつつあるなか、すでにその市場をめぐって世界各地で多くのプレーヤーが凌ぎを削る代替肉の分野でも、新技術の台頭に注目が集まっています。

 その技術とは、日本人にも馴染み深い「発酵」技術です。代替食品に関する市場調査等を行うThe Good Food Institute(GFI)は今月、発酵技術を活かした動物性食品の代替市場の動向をまとめたレポートを公開。このレポートでGFIは、今年(2020年)1月1日から7月15日までで、発酵タンパク質の分野には既に400億円以上(4億3538万ドル)の投資が行われていると発表しています。これは代替タンパク質分野全体への投資額(15憶ドル)の約30%を占める金額です。これまで主流であった植物性タンパク質と培養タンパク質に加え、発酵タンパク質が「第三の柱」として台頭する可能性にいま世界の注目が集まっています。

 チーズやキムチ、味噌などに代表される発酵食品自体は我々にとって馴染み深いものでありますが、この発酵技術をタンパク質の生産に初めて利用したのが、1985年に英国で創業したQuorn(クォーン)社です。同社はマイコプロテインと呼ばれる糸状菌の発酵を利用し、牛肉や鶏肉の代替肉を生産。GFIによると、この発酵技術はバイオマス発酵と呼ばれ、微生物の成長スピードの速さを活かすことで、短期間でタンパク質を豊富に含んだ食品の生産が可能となります。このバイオマス発酵によって代替肉の生産に取り組むスタートアップが近年急速に増えており、米国・コロラド州に拠点を置くMeati(ミーティ)社などがその代表格として知られています。

ミーティ社による商品紹介

 こうしたバイオマス発酵に加えて、精密発酵(precision fermentation)と呼ばれ、固形物を作るのではなく特定の機能を持った成分の生成を目的とした発酵技術の台頭についてもGFIは指摘します。本連載でも取り上げた大手代替肉メーカーであるインポッシブル・フーズが"肉感"の再現に利用していることで知られる物質「ヘム」は、この精密発酵の代表的な例です。また、最近では米国・カリフォルニア州に拠点を持つPerfect Day(パーフェクト・デイ)社が精密発酵の技術を利用した代替牛乳を生産しており、同社の代替牛乳を使用したアイスクリームが現在発売されています。

パーフェクト・デイ社の商品紹介

 代替食品の開発はテクノロジーと密接な関係にあることから、その進化のスピードはまさに日進月歩とでも言うべきもの。そして、その進化の特徴は速さだけでなく、対象となる食品領域の広大さや、世界各地で多発的にイノベーションが発生していることにも見られます。ついこの前までは不可能と考えられていたことが、数年もしくは数ヶ月後には現実のものとなるイノベーションの世界が、食の世界でも当たり前になりつつあるのです。

 我々の未来の食はいったいどのような姿になるのか。そして、未来の食に対して我々はどう対応すべきなのか。食のイノベーションを追いかけながらじっくりと考えてみる必要があるのではないでしょうか。

2020年928日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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