2020年9月24日

肉食革命、舞台はアジアへ 日本への黒船は?

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「肉食革命、舞台はアジアへ」。本連載でも最も注目している世界的な"肉食革命"の動向。これまでの畜肉に代わり、植物性肉や培養肉などの新たな肉食文化が世界的に台頭しているなか、アジア市場での各社の競争が激しさを増しています。
ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

代替肉市場の拡大
日本市場はどうなる?

本連載では、世界のエシカルな食の動向について、様々な角度からその事情をお伝えしてきましたが、そのなかでもとりわけ世界的な関心が高く、それゆえテーマとして取り上げる回数が多くなっているのが、植物性肉や培養肉などの新たな肉食文化の台頭の話題。なぜ今、植物性肉などのいわゆる「代替肉」に注目が集まっているのか、また細胞培養をはじめとした全く新たな手法による"肉づくり"とはどのようなものか。これまで本連載では幾度となく世界で進展する新たな肉食文化の興隆についてレポートをしてきました。

新進気鋭のスタートアップから大企業まで、世界各地で多様なプレーヤーが凌ぎを削る代替肉の世界。その動向は目まぐるしく変化し、日々様々なニュースが業界を賑わせています。そこで、我々日本人として関心を持つのが、世界を賑わせている最先端の肉食文化は日本にどう影響してくるのかということ。いまアジアの代替肉市場には、米国発のリーディングカンパニーである、ビヨンド・ミート社やインポッシブル・フーズ社をはじめ、世界の大手代替肉メーカーが続々と参入しています。

しかし、アジア市場と一口に言ってもその事情は多様で、多くのプレーヤーが参入する国・地域がある一方、日本市場への"大物プレーヤー"の参入はいまだありません。アジアに進出する代替肉メーカーの動きと、日本でも徐々に広がる代替肉市場。そこからは何が読み解けるのでしょうか。そして、日本での代替肉市場の展望はいかなるものなのでしょうか。

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熾烈な各社の争い
舞台はアジアへ

今月発表のニュースとして大きな注目を集めたのが、植物性肉のリーディングカンパニーであるビヨンド・ミート社の、中国・浙江州での大規模な製造拠点計画の発表(有料記事)です。ブルームバーグの記事によると、ビヨンド・ミート社が98日に公表した計画では、浙江州に2つの生産施設を建設中で、数ヶ月以内に試験生産を開始し、2021年初頭にも本格稼働を開始する予定とのこと。すでに中国国内のスターバックスやKFCなどのレストランチェーンで同社は植物性肉を提供するなか、本格的な供給網の整備を進めるものと見られます。中国をめぐっては、世界全体の食肉消費量の27%を占める市場規模と、近年のアフリカ豚熱(ASF)の流行による国内の豚肉価格の上昇などを背景に、多くの植物性肉メーカーが進出の動きを強めています。

ビヨンド・ミート社とともに代替肉の隆盛を牽引する一翼、インポッシブル・フーズ社は、特別行政区である香港およびマカオではすでに商品の販売を開始しているものの、中国本土での発売には至っていません。その背景にあるのが、同社が"肉感"の再現に使用している「ヘム」と呼ばれる物質の安全性の問題。ヘムは、大豆由来のタンパク質であるレグヘモグロビンを合成する遺伝子を酵母に注入し、この遺伝子改変された酵母を培養することで生産されます。レグヘモグロビンや遺伝子改変酵母について、EUなど各国政府からはその安全性を懸念する指摘が上がっており、中国政府は現在も安全性を調査中(有料記事)としています。

こうした代替肉市場開拓の動きは中国だけにとどまらず、アジア各地への波及を見せています。現在、中国国内の店舗でビヨンド・ミート社製の植物性肉を使用したフードメニューを提供するスターバックスは8日、植物性肉メニューの提供をアジア各国の店舗に拡大すると発表。対象となる国・地域は、香港、シンガポール、台湾、タイ、マレーシア、フィリピンなどで、各国の食習慣に合わせたオリジナルメニューを今月から発売予定としています。例として、台湾ではビヨンド・ミートを使用したボロネーゼペンネを、シンガポールではインポッシブル・フーズのバーガーパテを使用したラップサンドの提供開始が予定されています。

日本市場の動向は
"黒船到来"はあるのか?

米国発の代替肉がアジア各地に進出するなか、いまだ日本ではビヨンド・ミートやインポッシブル・フーズなどによる商品発売の予定は発表されていません。過去にはビヨンド社への投資家でもある三井物産との間で、同社の日本進出計画が取り沙汰されたこともありますが、その後計画は撤回。日本ではいまだ代替肉の知名度が高いとは言えず、国内の安定した食肉供給等も背景となって、世界的に見て市場としての重要度が高いとは言えません。

しかし、国内メーカーによる商品開発や、ファストフードなどを舞台とした植物性肉の提供は徐々に進みつつあります。大手バーガーレストランチェーン・フレッシュネスバーガーは、8月、大豆パテを使用した「THE GOOD BURGER」の試験発売を開始。パテには、熊本に拠点を置くスタートアップ・DAIZ社の商品を使用しており、パテをテリヤキソースとともにバンズに挟んだバーガースタイルで、10月1日から全店での発売を開始するとしています。

また、大手カフェチェーンのドトールも今月17日より、大豆ミートサンドの一般発売を開始しました。さっそく筆者も先日、ドトールの店舗で大豆ミートサンドを買い求めたのですが、食感のアクセントとして、きんぴらゴボウを取り入れ、和風トマトソースとともに大豆ミートを全粒粉バンズでサンドしたオリジナリティ溢れる一品です。同社によると、3月から実施した試験発売での好評を受けての一般発売とのことで、今後より広い消費者層に植物性肉が受け入れられるのか、その動向が注目されます。

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ドトール:大豆ミートサンド(筆者撮影)

世界的にも、ファストフードチェーンが植物性肉の市場拡大に寄与した役割は大きく、日本においても今後、ファストフードでの提供が進むことで代替肉市場全体の拡大が期待されます。また、スターバックスやKFCなど、日本にも数多くの店舗を擁するレストランチェーンがアジア市場での代替肉の提供を拡大すれば、日本国内のそれらのチェーン店舗での提供から多くの代替肉商品が日本に進出することも十分に予想され、いわば"黒船"とも言える海外勢のアジアでの動向が日本市場に与える影響にも注目が集まります。

環境問題への関心などを背景に世界的に進む、代替肉の隆盛を含めた一連の「肉食革命」。これまでこの分野では遅れをとってきた日本でも、今後本格的に代替肉の台頭などが加速するとみられるなか、その受け入れには食品安全や食品表示、あるいは畜産業との関係など、様々な観点から十分な議論と準備が不可欠です。代替肉のアジアでの市場拡大に伴い、近い時期にもあると予想される本格的な"黒船"の到来を前に、国内での検討の加速が待たれます。

2020年922日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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