2020年6月30日

肉食文化の未来- 高まるローカルと代替肉の存在感

北海道大学大学院 市村敏伸

エシカルな食について、いま世界ではどのような話題が上がっているのでしょうか。
一橋大学在学中で、佳い食のあり方を探究する市村敏伸が、海外のエシカルニュースをテーマごとにブリーフィングしてお届けします。今回のテーマは「-肉食文化の未来- 高まるローカルと代替肉の存在感」。本連載でこれまでも注目してきたコロナ禍を受けた食肉をめぐる環境の変化。今回は既存のサプライチェーンに変わりいま存在感を高めている、ローカルの役割と代替肉について。ワールド・エシカルフード・ニュースでは未来の肉食文化のあり方を追い続けます。
ニュースのまとめ翻訳に興味がある方は、ぜひリンク先(※英語)をご覧ください。

植物性肉の台頭と
肉食文化に求められる変革

世界ではいま、肉を食べるという行為のあり方が大きく変化しようとしています。きっかけはコロナ禍による食肉業界のサプライチェーンの崩壊。世界各地で同時多発的に発生した屠畜場での新型コロナウィルス感染拡大を端緒に各国での屠畜場閉鎖が相次いだことで、スーパーなど店頭では食肉の品薄が深刻な事態となりました。

店頭での肉不足とは対照的に売上を拡大させ、コロナ禍を追い風としたのがプラントベースドミートと呼ばれる植物性肉(代替肉)の分野。売上高を昨年比で2.5倍以上に伸ばし、これまではニッチな食品と思われがちであった植物性肉が、ここにきてアメリカを中心に食卓の主役に躍り出ようとしています。

コロナ禍によるサプライチェーン崩壊の影響のみならず、従来の肉食文化は、地球環境の側面からも見直しを迫られています。人間活動によって排出される温室効果ガスのうち約15%が家畜の飼育によって発生していると言われ、家畜の飼育や飼料の栽培に広大な土地と大量の水資源を必要とする畜産業のあり方は、コロナ以前から欧米を中心に変革を求められてきました。

コロナ禍による植物性肉の台頭と、コロナ以前から続く環境問題に端を発する肉離れ。世界ではこれらが同時に進行しており、まさに肉を食べるという行為のあり方そのものが大きく変わろうとしています。未来の肉を取り巻く環境はいかなるものになるのか。そして、いま世界では肉食文化の移ろいのなかでどのようなことが起きているのか。今回は肉食文化のこれからにスポットを当て、世界の最新動向をお伝えします。

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コロナ禍で見直される
ローカルの役割

世界各地で相次いだ屠畜場での新型コロナウィルスの感染拡大によって崩壊した食肉のサプライチェーン。各国で同時多発的に発生した背景には、移民を中心とした安価な労働力に大きく依存し、生産効率を追求してきた各国の食肉業界に共通する産業構造の問題が指摘されています。今週確認されたドイツ西部の屠畜場での1500人以上のクラスター発生は日本でも大きく報じられ、目にされた方も多いのではないでしょうか。

感染拡大が確認された屠畜場の多くは操業の一時停止に追い込まれ、これに伴い一部の国では店頭での深刻な食肉の品薄が発生。なかでも、特に大きな影響があったのがアメリカです。アメリカでの屠畜場閉鎖と食肉の品薄については5月18日付の本連載記事でもお伝えした通りですが、この問題を受けて一方で議論を呼んでいるのが、米国における大手食肉メーカーによる寡占の実態です。

アメリカでは一部の大手食肉メーカーが食肉市場のシェアの大半を握る構造が深刻となっており、牛肉市場では約80%を、豚肉市場でも約60%を最大手の4社が占めます。したがって、こうした大手メーカーの屠畜場でのクラスター発生が米国内の食肉サプライチェーンに与える影響は大きく、早い時期にクラスターが発生した最大手の一翼タイソン社の豚肉向け屠畜場は単独で国内豚肉供給量の5%を占める規模であったことも報じられています。

こうしたごく少数の大手企業が食肉供給の過半を担う集約化された産業構造はコスト削減による食肉の低廉化をもたらしましたが、今回のコロナ禍で明らかとなったのは、コスト削減の背景にある劣悪な労働環境や、集約化されたサプライチェーンの脆弱性の問題です。


大手の食肉メーカーが窮地に陥る一方、いま食肉業界で一躍その存在感を強めているのがローカルな小規模の食肉メーカーです。

大手屠畜場の窮地で追い風吹くローカルな食肉メーカー
2020526Business Insider

引用記事中のネブラスカ州の小規模な食肉メーカーでは、大手屠畜場の閉鎖で農家からの受注量が大きく増え、屠畜量は平時の倍に増加。経営者は「経営が劇的に上向き、新たなチャンスが到来している」と話し、長年、大手メーカーによる集約化の影で経営難に悩まされてきた「ブッチャー」とも呼ばれる小規模食肉メーカーにとって、コロナ禍が図らずも追い風となっています。

米国では法規制上、多くの小規模食肉メーカーで直接消費者に食肉を販売することは禁じられており、ローカルな屠畜場で処理されたのち食肉は農場から消費者に販売されます。家畜を飼育する農場が直接消費者に販売するスタイルは、コロナ禍で崩壊した長大なサプライチェーンへの不信感が高まる米国社会で需要が高まっており、各農場ではオンラインでの注文などを駆使して消費者のニーズに対応しています。サプライチェーンの脆弱性やそのエシカルさへの不信感が募るいま、重要なことは食べ物が「どこからきたのか」はっきりと目に見えることだと農家たちは話します。

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米国でつづく
代替肉の台頭

ローカルな食肉メーカーへの需要が高まる一方、同時に肉食大国アメリカでは植物性肉をはじめとした代替肉への関心がかつてないほどに高まっています。ローカルなブッチャーの躍進と代替肉の台頭は一見すると対立する関係のように思えますが、巨大な食肉サプライチェーン依存からの脱却のなかで共通の役割を果たしているとも言えるのかもしれません。

コロナ禍を追い風とした植物性肉の台頭については、6月2日付の本連載記事でもご紹介しましたが、このあとも米国では植物性肉を中心に代替肉にまつわる動きが次々と報じられています。

スターバックス インポッシブル・フーズとの提携を発表
2020624 CNBC

今月、植物性肉のリーディングカンパニーのひとつ、インポッシブル・フーズが、アメリカにおいてスターバックスと提携を進めることを発表。国内のスターバックス店舗において、同社の植物性肉を用いた朝食向けサンドイッチメニューの提供を開始します。これまでインポッシブル社は、ハンバーガーチェーンのバーガーキングとコラボした「Impossible Whopper」で知られてきましたが、コロナ禍を受けた市場の拡大を受けてスーパーマーケットなどの小売分野へも進出しており、今回の朝食メニューの販売で新たな顧客層の取り込みも図りたい考えです。

なお、スターバックスは、中国でインポッシブル社のライバル、ビヨンド・ミートと提携したパスタやラザニアなどのランチメニューを提供しており、植物性肉の拡大のなかで世界的なコーヒーチェーンの動向にも注目が集まります。

こうした植物性肉に加えて、食肉の品薄が深刻となるなか消費が拡大していることが明らかとなったのが、意外にもトーフ(豆腐)です。

肉不足のなか存在感を増すトーフ
2020622 LIVEKINDLY

マーケット調査会社ニールセンによると、328日までの2週間で米国では豆腐の売上高が前年同時期比で66.7%上昇。5月に入っても32.8%の売上増を記録し、食肉に代わる代替タンパク源として大豆を原料とする豆腐がこれまで以上にアメリカでは存在感を高めています。米国の豆腐市場で78%のシェアを持つ韓国・プルムウォン社は米国内の3つの工場での生産体制が追いつかず、本国の韓国からも豆腐を輸入することで対応しています。

米国での豆腐の売上増の背景には、他の代替肉食品と比較して安価であることが挙げられており、豆腐と同じく小売分野を主力とする植物性肉メーカーのビヨンド・ミート社の代替肉が450gあたり平均8.99ドル(約960円)であるのに対し、豆腐は400gあたり2.99ドル(約320円)と1/3程度の価格。これに加えて、植物性肉に比較して豆腐はカロリーが半分程度とヘルシーなイメージを持たれていることも豆腐の売上増加を支える要因となっています。

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学校教育で肉離れを推奨も
各国の動向は

ここまでアメリカでの食肉をめぐる動向を見てきましたが、世界の他の国ではどのような動きが出ているのでしょうか。まずはヨーロッパでの植物性肉をめぐる展開です。

ビヨンド・ミート 今年中の欧州での自社製造目指す
2020611 Food Navigator

ビヨンド・ミートは、オランダの食肉メーカー・Zandbergen社が運営する同社初のヨーロッパでの製造拠点をオランダ西部・ズーテルワウデに今月11日オープン。また、今年中にはオランダ東部のエンスヘーデに計画中の自社拠点においても製造を開始したい考えで、オランダから欧州各地、さらには中東やアフリカにも輸出を拡大させる方向です。

オランダでは、昨年4月から国内最大のスーパーマーケットのひとつアルバート・ハインがビヨンド・ミートの取り扱いを開始。また、大手食肉メーカー・VION社をはじめ、多くのメーカーが独自の代替肉開発に乗り出しており、オランダはいま欧州の代替肉分野において中心的な存在になりつつあります。

世界的にタンパク源の多様化への動きが加速する一方、そのプロセスをめぐり対立も。ニュージーランドでは、新たな学校カリキュラムに肉離れを推奨する内容が盛り込まれ、国内農家からは批判が集まっています。

ニュージーランド 新たな気候変動カリキュラムに農家ら懸念
202056日 ロイター通信)

ニュージーランドの中学校向けの新たなカリキュラムでは、気候変動対策の一環として肉類や牛乳などの畜産物の消費を控え、週に数日は肉類を摂取しない「ミートレス」の日を設けることを推奨しており、こうした内容に国内農家は懸念を表明しています。ニュージーランドでは輸出品の過半を農産物が占め、特にグラスフェッドと呼ばれる牧草を餌の主体として肥育された家畜の肉類や牛乳は、中国などから高い人気を誇ります。農業者や議会の一部の勢力は、教育の現場で畜産業に対するネガティブなイメージを植え付けることは将来の産業の衰退につながりかねないとして強く反発しており今後の展開に注目が集まります。

世界各地で進む肉食文化をめぐる変容。気候変動など環境問題に与える影響を注視しながらも、ローカルな食肉メーカーやアニマルウェルフェア(動物福祉)に配慮する農家との共存のあり方を踏まえながら、植物性肉をはじめとした代替肉などを食生活のなかに取り入れていくことが求められます。

2020年629日執筆

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プロフィール
市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院に在籍中。専門は農業政策の形成過程に関する研究。
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